バニラアイス

和島秋

バニラアイス

 あの日は景色が歪んで見えた。それほどまでに暑く、蝉の声が鳴り響き、いつもうるさい監督の声も僕の定位置であるセンターまでは聞こえてこなかった。

 小学生だったあの頃、僕は野球に明け暮れていて、たぶん全力だった。あの日は何の試合だっただろう。練習試合だったか、その日限りの小さな大会だったか。僕は決勝打を打った。八回裏ツーアウト一塁二塁、右中間へのスリーベースヒット。ふらふらっと弱った蚊のように飛んだ白球は、ライトとセンターの間に音もなく落ちた。外野の頭を超えたわけでもないのに、ちょっとだけ速かった足と、拙い小学生レベルの守備のおかげで三塁にまでたどり着いた。嬉しかった。

 帰りの車はリョウのとこだった。僕の母はシングルマザーで土曜日は働いていたから、試合の時はよくチームメイトの車だった。車内は泥臭く、熱が充満していた。

 今日のヒーロである僕に、リョウは打つとは思わなかったと抜かした。リョウのお父さんもいい振りだったと褒めてくれた。試合の後の水掛け合いの話になると、水鉄砲を持ってくるのはずるいとか、水道を占拠するのはルール違反だとか文句を言いあった。次は水風船を持っていこうという事に落ち着いた。

 僕の決勝タイムリーヒットのお祝いに、リョウのお父さんがコンビニエンスストアでアイスを買ってくれた。アイスコーナーの前で三往復した挙句、僕はバニラのカップアイスを手に取った。リョウはそれを見て、黄色い蓋の見慣れないカップを素早くとった。

「なにそれ」

「美味いよこれ。シロップかけまくったかき氷みたいな感じ。食べたことない?」

「うん」

「それは人生半分損してるわ」

 アイス一個で人生を半分も削られたらたまったもんじゃない。リョウには前にポケモンカードで人生の半分をとられたから、僕の人生は残り四分の一になってしまった。

 車に戻るとリョウは慣れた手つきでプラスチックのふたを開け、木のスプーンをカップに突き刺した。しかし、出てきたのはレモンの薄切りだ。大きく開けた口にレモンを折りたたむように入れ、「これがうまいんだ」と笑った。

「お前またそれか」

 リョウのお父さんはあきれた声を出しながら、車の送風口にしきりに手を当てていた。レモンの薄切りが乗っている氷菓がリョウの好物であることは、共通認識らしい。一度止めたエアコンの風はなかなか涼しくならない。

 今日のヒット見てほしかったな。そんな想いがふとよぎった。誰にだろう。別に誰も見ていなくても僕はヒットを打てるし、毎日が楽しいのに。


 溶けたバニラアイスを見て、カップと口を往復しているスプーンの速さを上げた。一人暮らしには少し持て余す大きさの部屋で僕は思う。やはりアイスはバニラに限る。

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バニラアイス 和島秋 @aki_wazima

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