第90話
「何か用か」
八神の名前が出た途端、態度が変わり、少しだけだった警戒心を一気に向けられる。口調や声色も全く違う。身体の向きを変え、真正面から対峙した。
「ちょっとオハナシしたいことがあって」
笑いを堪えるように、ニヤニヤと口を歪ませながらビン底眼鏡を掛け直す。
冬馬さんも俺と同じように、相手が八神と近しい人間だと気付いているからか、それともただ純粋に相手の態度が面白いのか、その口元を引き結ぶことはしない。
どっちでもいいけど、危いから笑うのは止めて欲しい。
「話?なんの話だ」
「ああ、別に大したことじゃないですよ。ねえ?」
「え?…あ、」
唐突に話を振られて、反応が遅れつつ頷く。冬馬さんは眼鏡の奥で、楽しげに目を細め、また男と向き直った。
「話は俺が伝えておく、ここで話してみろ」
「ああ、じゃあいいですか?この前、櫻田さんが街で暴れてるのを見かけたので、あんまり無差別に暴れてると危ないですよーって伝えといてください」
淡々とそれを伝え、「ボクも巻き込まれそうになって、危なかったんです。ねえ?」また話を振ってくる冬馬さん。
らしからぬ一人称や、その他いろいろとツッコミたいところはあるけど、俺はとりあえず話を合わせるべくまた頷いた。
「なんで櫻田……あ、いや、すまない…。アイツの管轄に、伝えておこう」
「お願いしますね。村雨(むらさめ)サン」
冬馬さんがニヤニヤした口で答える。相手はまた「ああ」と頷き、少し警戒心を解いていた。
変わりに俺は、驚きが抜けなくて、目を見開いたまま。
「それじゃあ」
胡散臭さを残したまま、冬馬さんは相手に向かって、軽く礼をして、踵を返す。
俺は黙ってそれについて行き、危うく度肝を抜かれそうになっていた。
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