第85話

「弟だぞ、正真正銘の」


「ほほう……」


冬馬さんの返事、珍しい物でも見たかのような返事をする。


じろじろと眼鏡を光らせて俺の顔を見てくるので、気まずい顔をしつつ「座ってもいいですか」と、逃げるようにソファへと向かった。


息を吐き出し腰を下ろすと、「家を空ける連絡は、小宵にしたのか」そう冬馬さんに問いを投げかけられて、少し顔を上げる。



「……いえ」


「まあ、それが懸命かもな」


まるで答えがわかっていたかのように、冬馬さんはそのまま続ける。


わかっていたなら、何故わざわざ聞いたのだろう。と、思うけど、そんな野暮なことをいちいち口に出すほど人間が出来ていないわけではない。



「伝えればいらぬことまで心配しそうだからな、小宵は」


「…そうですね」


「ま、アカネが上手く伝えてんだろ」


そうだといいけど。


別れ際に、「こっちは任せていってらっしゃーい」と淡々と手を振っていた片柳のことを思い出して、少しだけ不安になる。


でもだからと言って、正直、今の状況を姉にどう説明すればいいのかわからない。


「時間をかけてすまなかったなトーマス氏、こちら久東院のICカードでござる!」


ゴンザレスさんがそう言って取り出したのは銀と青の入り混じった色の、久東院の玄関を潜る際に必要なカードだった。


出席や生徒情報もあのカードで取るらしく、久東院にいる者なら誰しもが持っている物なのだそうだ。


元々冬馬さんは久東院の生徒だったから制服やカードを持っていたみたいで、その複製をゴンザレスさんが作ってくれたらしい。


冬馬さんのカードも使用不可だったものを使えるようにして、どういう技術かはわからないけど、とりあえず凄い人だと思った。


ただその分の時間を割いたのですぐには向かえず、こうして日付をまたいでの潜入となったのだけど。

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