第82話

微笑んだわけじゃない。ただその表情には、色んな感情が乗せられているような気がして、少し息を呑む。



「……」


「……」


「……泰司さん…?どうしたんですか、どうして、そんな固まって…アカネも」


「……いや、だって…な?」


「うん、亡霊かと思った、翡翠さん、登場が唐突過ぎて…」


「いや、それをオマエが言うのかよ」


呆れたように泰司さんが言い、アカネくんが「失礼な。俺は亡霊じゃないし!」なんて少し唇を尖らせていた。



「それを言うなら俺も違う」


片眉を下げて困ったような声色を出し、こちらの方に歩いてくる翡翠さん。


品のある黒髪がさら、と揺れて、その綺麗な肌を掠める。




「……泰司さん」


「なんだ」


「連れ戻すなら、すぐに行きましょう」


「オマエもそれを言うのか…。いいかァ?連れ戻すのは木曜だ。どう考えても今行くのは無茶だからな?作戦ぐらいねんねーと…、」


「どうせ作戦通りになんて行きませんよ」


「んだと」


カチンと来た様子で眉根を寄せる泰司さんに、翡翠さんは「だったらせめて」と言葉を続けた。


「明日は」


「ダメだ」


「どうしてもですか」


「どうしてもだ」


腕を組み、顎先を上げる泰司さんに、翡翠さんはまっすぐと視線を向けた後、一度瞼を下げた。


そして何かを考えるように間を空けた後、「わかりました」と、空いていたソファに座った。


その姿を見て、泰司さんは舌打ちをして溜息まで零す。


「どうしてこの学校のヤツらはこうも血の気が多いんだよ、ったく…」


「いや、それを泰司さんが言うんかいな」


「…」



黙っていたアカネくんが透かさずツッコんで、それを泰司さんが無言で見る。


アカネくんは言い返してやった、というような顔をしながら、口元を膝で隠していた。

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