第78話

そして、不意に思い返す。この前の伊吹を。


遅く帰っても、怒りもせず、何か言いたげにしていたけれど、その何かを言い渋っていた伊吹を。


『…姉ちゃんは…あの人の……、』


ねえ、伊吹。


伊吹は、あの時、何を考えていたの……?



「ひはひはね」


すると、隣に立っていたアカネくんがスプーンをくわえたまま、もごもごと話し出す。


泰司さんが呆れながら「なんだって?」と眉根を寄せるから、アカネくんはその口からスプーンを取って、あたしを見た。


「水波はね」


改めて、そう口を開くアカネくん。


「水波なりに出来ることを探して、〝自分の意思〟で、冬馬さんについてったんだよ」


「自分の意思で…?」



伊吹が……?


だって、伊吹をここにいることを自ら選んだわけじゃない。


はじめは半ば無理やり、なんとなく、ここにいただけで……てっきり、極力みんなと関わりたくないのかとそう思っていたけど。


けど…、



「ねえ、トップはどうして水波が、ここに、この溜まり場に顔を出してたんだと思う?」


「…あ、…それは…あたしが、いるから……きっと、なんていうのかな…たぶん…心配してくれて…」


自信がないままそう答える。


あたしは伊吹に心配をかけてばかりだけど、伊吹が自分の時間を潰してまで、あたしの傍にいてくれているだなんて…そう考えてしまうのは、…なんだか我が儘に思えてしまって、


素直に答えることが出来ない。



「そこまでわかってるなら、あともわかるでしょ?」


「え…?」


「水波がどうして、自ら冬馬さんについて行ったのか」


アカネくんが少し背を屈めて、あたしに顔を近づける。


顔に影が出来て、いつもならその近さに慌てるけれど、今はアカネくんの問いに頭は埋め尽くされていて、他のことを考えられる余裕がない。


どうして、伊吹は冬馬さんについて行ったんだろう。


どうして、


どうして…?



「トップの力になりたいんだよ」


「え…、」


「心配とか、そういうの通り越して、力になりたいって思ってるんだと思う。だって、心配だけして待ってるだけって結構つらいもん」


「っ」


「わかるでしょ?」


にっこり笑って、アカネくんはカーディガンの袖に隠れた手で、あたしの頭をあやすように撫でた。

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