第65話

ここはきっと、俺の今いる場所から、一番遠い世界。


そこに近づけば…、見た目が変われば、印象も変わる。


印象が変われば、誰も、俺のことなんて疑わない。


そんな思いで、お兄さんに頼み込んだ。それでも断られたけど。


でも次の日も、また次の日も毎日のように頼み込みに行って、お兄さんは二週間後くらいにやっと折れてくれた。俺、結構頑張ったと思う。


しつこい性格でよかった、と。変な感じだけど、この時ばかりは自分に感謝した。




「わかった、教えてあげる。……でも条件があるよ」


「なんですか?」


「学校は行くこと。高校も行くこと。…そうしたら、時間が空いてる時だけ、俺も趣味として教える。それでいい?」


「……」


「ダメなら、無理だね」


「……頑張ります」


俺の小さな返事を聞いて、お兄さんはにこやかに笑った。

やっぱり大人の人だなって、憧れた。こんな風になれたらって、憧れた。


家に帰って、親父と会った。


俺の髪型を見て、すぐに放ったのは「軟派な見た目をして…自覚はないのか」その一言。嫌悪感満載で、俺の顔を睨みつけてきたのは、よく覚えてる。


だって、その時の俺の気分は、少し清々しかったから。

何を言われても、いい気分だった。

この世界から、一歩、抜け出せたと思ったと思えた瞬間だったから、忘れたくても忘れられない。だから今では良い思い出になっている。




約束した学校に行くようになって、今度は高校のことも考えるようになった。



「学校、行くの面倒臭いな」


「でも、学ぶこといっぱいあるでしょ?」


「ん~、だって行っても誰とも喋らないし…勉強も一人で出来るし……」


「喋らないの?なんか勿体ないねえ」


暇があれば美容室に寄って、髪の切り方やアレンジの仕方などを教わるようになった俺に、お兄さん…小舘(おだて)さんは気さくに話してくれるようになった。

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