第56話

アカネくんらしく、ぼんやり、輪郭のない声でそう呟く。



やっぱり、さっきの返事で感じた違和感は勘違いだったのだろう。


微かにその声が掠れていたって、それも決して違和感を感じる程ではない。






泰司さんはその背中を暫く見た後、




「おいオサゲ」



あたしを見て、顎先でドアの方を指した。




「行くぞ」



「えっ、あ…」



アカネくんの方を見て、足を止めれば、「ほっとけ」と泰司さんはさっさと屋上を後にする。


あたしは何度か、ドアとアカネくんの背中を見比べた後、






「あの、アカネくんは……」



「……もう少しここにいる、なんか眠くなってきたから」




欠伸交じりにそれが聞こえる。どこまでもマイペースだと思い、あたしは小さく笑った。



そこを立ち去る前、アカネくんの制服を拾い、その身体に掛ける。





「服はちゃんと着てくださいね、風邪をひいてしまいますから…」



「うん」



「……あの、あたし、アカネくんが」



いろんな気持ちに耐えて、



「……この身体を見せてくれたこと、……こんな言葉で表してしまっては…失礼かもですが…でも、単純に嬉しかったです」



「……」



「光になれたかは、やっぱり…正直わかりませんが……、」



「……」



「アカネくん自身に、少し近づけたような気がします…」



「……」



「あたしなんかを信じてくれて、勇気を出してくれて、本当に…ありがとうございました…」





頭を下げて、顔を上げる。


と、既に寝息が聞こえていて、あたしは、あっと口を塞いだ。




聞こえてなくとも、それでよかったと思う。



感謝の気持ちは、言葉じゃ足りないくらいにあるのだから。



こんな僅かな感謝は、彼に対して失礼だ。



制服を掛け直し、あたしは静かに屋上を後にする。

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