第55話

「……ダントツは言い過ぎだよ」



途中、ぽそっと、少し不貞腐れたような声が聞こえた。


泰司さんは眉を上げて、ゆっくりと視線を下に向ける。





「やっぱ起きてたな、寝たフリしてんじゃねえ」



「いてっ」



腰を足で蹴られて、アカネくんは蹲るように少し小さくなる。






「…寝たフリじゃないよ。最初はちゃんと意識なかったし……泰司さん、本気で殴ったから……まだ痛い」



地面に横になったまま、そして背中を向けたまま、アカネくんは頭を擦る。


口先を尖らせているのか、言い方が少々幼くなっていて、少し可愛いと思ってしまう。



そんな彼に、泰司さんははんっ、と顎先を突き出し、「テメェが悪いんだろうが」と、さも自分は正義のように語っていた。





「………うん、それは本当に。お陰で冷静になった、……危うくトップを、本気で抱きそうになったし」



「だ、抱きっ!?」



「明日から水波に合わせる顔がなくなる所だった、危ない危ない…」



「オマエが心配するところはそこかよ」



肩をビクつかせたあたしに対して、泰司さんは呆れたように腰に手を置いた。



未だ背中を向けたまま横になっているアカネくんに、あたしは「大丈夫ですか…?」と、こそっと声をかける。




「………平気だよ」



そんなあたしの問いかけに、アカネくんが小さく返す。


泰司さんの時の会話とはまた違うそれは、



ほんのり、冷たい。



そんなあたし達を横目で見て、泰司さんはゆっくりと視線を外す。





「……ところでさ、泰司さん」



「あ?」



「いいの?こんなところで油売ってて、時間、ないんじゃないの」



「どの口でそれ言ってんだ。油売たせてんのはテメエだろうが!また蹴飛ばされてえのかオマエというヤツは」



「それは嫌だなぁ」

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