掌の僕

ゆずリンゴ

掌の僕

『燈色は私の×××だね』


そんな言葉と共に公美野燈色きみの ひいろは夢から目を覚ました。

燈色は公立高校2年生のの男だ。


「⋯⋯夢か」


先程まで見ていた朧気な光景が夢であることを認識するとそう口にする。


『⋯⋯ろ助けて!燈色助けて!』


目覚めたばかりの燈色の耳にそんな言葉が響いた。

そして、聞こえたそれは自分と全くもって同じだ。


『燈色助けて!』


そんな不可解な状況に燈色は自分がまだ夢の中にいるのかと錯覚しかけるが、それを否定するかのように今度は明確に自分の声が助けを求める言葉を口にした。

夢でないのなら幻聴でも聞こえているのか⋯⋯そんな状況に頭を痛くしたのか右手で頭をおさえようとした時、燈色の目にそれは映った。


『緋色助けて!』


―――右のてのひら にボールペンで書かれたような自分のミニキャラにしたような何かが目から涙を零しながら自分を目立たせるように手を大振りに振っていたのだ。


『燈色!なんで助けないの!?』


掌のそれは目が合ったことを確認すると燈色自分に再び問いかける。


「助けるって⋯⋯何がだよ」


燈色には何を『助けろ』と言っているのか理解できなかった。

唯一頭に浮かんだのは中学時代自分がいじめを受けたことだがことで関係ない。


『燈色は×××の×××なんじゃないの?』


掌の自分が何かを口にするが一部聞き取ることができない。


「うるさい⋯⋯」


そう呟くと掌に人と書いたものを呑み込むのと同じように騒ぐ自分を呑み込んだ。


◆◆◆


その日は、朝の不可解な出来事を忘れる事に努め学校生活を送っていた。

燈色の通っている高校は至って普通の公立高で地元に住む同年代の多くはこの学校に進学する。

そしてそれは中学時代の顔を知る人物と同じ高校になる可能性が高いということで過去に自分を虐めていた人物の何人かも通っている。


『燈色!あれ見てよ!』

「⋯⋯」


1度は消えたかと思われたそれは教室に入った途端に再び姿を現した。

それも今度は呑みこもうとしても消えることはない。


『燈色!窓側の1番後ろの席!』


授業中にも関わらず掌からは燈色を急かすようにずっと問いかけている。

なお、こんな事を授業中に大声で言っているのに誰も気にした素振りを見せないあたりこれは燈色にしか聞こえていないのだろう。

そしてあまりにうるさい声に仕方なく指定された席を見るがそこには誰かの姿が映る訳ではなく机には開かれた教科書とノート、それに白い花キンギョソウの入った花瓶が置かれているだけだ。


『ねぇ燈色助けてよ』


先程から言われるそれ言葉に「だから何を」なんて感想を持ちつつ燈色は机に掌を下に置くことで自分を隠した。


◆◆◆


昼休憩に入ると燈色は騒がしい教室から離れて学食で昼食を食べる。

それが終われば図書室で昼休憩が終わる5分前あたりまで本に没頭するのが燈色の日常だ。

だがこの日に至ったては掌の自分のせいで読書に集中出来ずにいた。


「どうしたらお前は黙るんだ」


図書室の中なので小声にして掌に問いかける。


『助けてよ』


さっきからこればかりで何をすればいいのかは分からない。


『どうして助けないの?』

「だから何を⋯⋯」

『どうして無視するの?』


無視をするどころか律儀に今返事をしてやってるのにこんなことを言われることに燈色は苛立ちを覚え始め―――


「だから何がだよ!」


つい声を荒らげたがここは図書室。

静かな場所でこんな声を出せば注目を浴びるのは当たり前で周りからは変な物を見るような目つきが飛んでくる。

その事に強い不快感を覚えた燈色は仕方が無いので図書室を後にした。


『ねぇ燈色どこに行くの』

「⋯⋯」


燈色は特に行く場所を決めるでもなく校内を歩いていた。

そして自分を居場所から追い出した原因が能天気に「どこに行くの」などと聞くのだから尚更苛立っていた。


『燈色はどうして逃げるの?』


『助けて』の次は『逃げるな』と言いたいのだろうか。だが燈色には何を助けるのか、そして何から逃げているのかも理解でない。


『どうして教室には行かないの』

「お前には関係ないだろ」

『あるよ!だって僕は君なんだよ⋯⋯?』


冷たくあしらっても尚語りかけてくるそれは教室に行かない訳を聞く。


「別にどこに居てもいいだろ?」

『どこに居てもいいなら?』

「教室はダメだ」

『燈色⋯⋯どうして逃げるの?』

「逃げてない」

『じゃあ教室に行ってよ!』

「⋯⋯」


あまりにしつこいため燈色は半ば折れる形で教室へと向かった。

―――が、教室の扉の前で立ち止まるだけで中へ踏み入れようとはしなかった。


『燈色⋯⋯助けてよ』

「⋯⋯うるさい」

『×××は燈色を庇って―――』

「うるさい!!!」


(がらがらがら)

すると扉の前でまたも大声を出してしまったことでクラスメイトが中から扉を開けてしまった。


「―――あ」

『燈色⋯⋯逃げちゃダメだよ?』


扉が開いたことで目に入ったのは窓側の一番端の席の前で複数の人が暴力を行っている光景だった。

言葉という名の暴力を。


『ちゃんと見て燈色、夢乃純蓮ゆめの すみれを』


ずっと逃げてきた相手の名前が告げられた時、1度呑み込んだはずの記憶が蘇る。

かつて中学時代、虐めを止めたことをキッカケに自分が次の標的とされたこと。

それを純蓮が助けてくれた事を―――


『燈色⋯⋯君は彼女のヒーローだろ?』


「あぁ⋯⋯」


『燈色は私のヒーローだね』

林間学校で迷子となった純蓮を見つけた時に言われた言葉。


「僕は純蓮のヒーローだ」


そう一言呟くと燈色は右の掌を強く握った。


――――――――――――――――――――

キンギョソウの花言葉〈でしゃばり、おせっかい〉

はすの花言葉〈救ってください〉














  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

掌の僕 ゆずリンゴ @katuhimemisawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ