第41話:人工栽培と調教繁殖

1564年8月13日:織田信忠視点・8歳


「若君、できました、本当に茸ができました!」


 二之丸北曲輪のくノ一が満面の笑みを浮かべて北曲輪執務室にやってきた。

 俺が忙しくなったので、くノ一たちに茸の人口栽培を引き継いでもらった。

 真珠の養殖も、全部くノ一たちに引き継いでもらう予定だ。


「よくやった、これからも頼んだぞ」

 

 茸の人工栽培と言っても、椎茸の人工栽培は仕込んでから収穫まで三年かかる。

 大玉真珠を養殖するのと同じで、一年二年では手に入らない。

 真珠よりも秘密にできない椎茸の人工栽培は、手を付けるのが遅かった。


 織田家に十分な力が無かった時は、直ぐに効果のない策は大々的に取り入れられなかったが、今なら外との交流を禁止した奥の奴隷たちに何でもやらせられる。

 まだ秘密にしたい策は、大奥だけで始める事ができるようになった。

 

 「はい!」


 同時に、もう広まっても大丈夫と思う策は三之丸や総構えの中で行っている。

 領地の広さや人口で圧倒できる策は、尾張美濃から始めている。


 麦作りなどの技術は、他国に真似される覚悟で国衆地侍の田畑でも広めている。

 中心は新田開発した黒鍬や奴隷の田畑、直轄領だが、何もしなくても国衆地侍に盗まれるので、こちらから恩を与える形で教えている。


 養殖真珠の核入れは大奥でやらせているが、貝を育てるのは三之丸や総構えの外堀や帯曲輪の掘割で、奴隷や足軽にやらせている。


 最初に始めた茸の人工栽培は、三年かかる椎茸だけだった。

 だが、足軽が急速に増えると自然と組頭が増え、軍馬も増える。

 その軍馬の糞を利用して原茸ことマッシュルームの人工栽培もおこなう事にした。


 休憩時間が終わったので、二之丸北曲輪から、中奥のように使っている二之丸南曲輪まで移動した。


 南曲輪には男の小姓や旗本が大勢詰めている。

 執務室には軍師格の竹中半兵衛も詰めている


「若君、できました、本当に茸ができました!」


 全くの偶然だが、山内伊右衛門にやらせていた茸の人工栽培が同じ日に成功した。

 人工栽培の方法が外部に流出しても、今の織田家なら問題ないと思ってやらせた。


 急激に増える馬の糞を、肥料以外に有効利用させたくてやらせてみた。

 全く同じ物ができるとは思わないが、マッシュルームを作りたかった。


 人によって好きな茸が違うから何とも言えないが、椎茸よりもよりも原茸、マッシュルームの方が前世のフランスでは高く売られていた。

 日本でも高く売れるかは分からないが、金にならなくても食べてみたかったのだ。


「配下につけている奴隷たちに作り方を教えろ」


 スパゲッティナポリタンに入れるなら椎茸よりマッシュルームが良い。

 ただそのマッシュルームも、原茸を選別栽培し続けないと全く同じ物は生まれないのを知っているので、とにかく試してみる事にした。


 まあ、もし全く同じマッシュルームを再現できても、この時代の日本にはトマトケチャップどころかトマト自体がない。


 何とか小麦粉でパスタ用の麺を作り、ナポリタンは無理でも和風スパゲティくらいは再現したい。

 再現できた時のために、マッシュルームを作れるようにしておく。

 

「宜しいのですか?」


 多くの人間に栽培法を教えたら、他の大名に栽培法が知られてしまうと伊右衛門も思ったのだろう、問い返して来た。


「構わない、かかわった女奴隷や女中は三之丸から外には出さない」


 今の織田家には他家とは比べ物にならないほど多くの馬がいる。

 その馬の数、排泄する糞の量だけ大量のマッシュルームを人工栽培できる。


 一度質の良い茸が作れる筵が完成すれば、次からは菌糸の育った筵を発酵させた馬糞の山に乗せるだけで、大量の茸が作れる。


 敵対している大名に知られたとしても、生産量でも販売経路でも誰にも負けないから、何の問題ない。


 やらずに多くの利を捨てるよりは、多少は敵に利を与える事になっても、それ以上に多くの利を得られる方が織田家の力になる。


「分かりました、ですが私の配下は女が多いのですが、力仕事はどうしましょう」


 伊右衛門は、大奥に入れない女奴隷や、三之丸や総構えで働く女中の一部を差配している。


「一人でできない事は二人、二人でできない事は三人でやらせればいい。

 これまでもそうやっていたのではないか?」


 最初はマッシュルームの元になる原茸だけでなく、他の茸も育つ。

 それが成功したので山内伊右衛門は歓喜したのだが、まだ先は長い。

 ここから毒茸を除いて、食べられる美味しい茸だけが育つ菌床を作るのだ。


 この人工栽培は、馬糞の数だけ茸が栽培できるから、軍馬育成費用の足しになる。

 これが騎馬軍団を組織する下地になればいい。


 兵士の数が戦闘力の基本だが、将来大陸に侵攻する事を考えれば、騎馬軍団も育成整備していかなければならない。


「いえ、あまりにも力がいる仕事は、秘密にしなければいけない部分を終わらせてから、総構えにいる男の奴隷にやらせていました」


 伊右衛門には、三之丸でも外部との接触を禁じている北曲輪を差配させている。

 女たちの中には、男に殺されかけたり嫌な思いをさせられたりして、男性恐怖症になっている者も結構な数いた。


 この時代では、男性恐怖症でも男性との関係を断って生きていけない。

 尼になっても、完全に男性との接触を避ける事は難しい。


 だが俺の城では、望めばある程度は男性との接触を絶てる。

 ただ、望む者全てを本丸や二之丸に住ませる事はできない。

 密偵の可能性がある者、信頼できない者は三之丸に女性区画を与えた。


 全ての密偵を防ぐなど不可能なので、最初から大奥ほど完璧に外部の侵入を防げるとは思っていない。


 それでも少しでも策が漏れるのを遅らせたい事を、北曲輪でやらせている。

 伊右衛門はその事を良く分かってくれている。

 俺が命じ忘れていた事も、ちゃんと考えてやってくれている。


「そうか、だがこれからは三之丸の女奴隷か女中だけにやらせよ。

 必要なら配下の女奴隷を増やしてやる」


 アミガサタケも人工栽培できるが、どうする?

 俺の記憶では、菌床はおがくずに小麦粉を混ぜた物が必要だった。

 大切な食糧の麦を流用してまで、アミガサタケを人工栽培する必要があるのか?


「分かりました」


 日本の企業が、放置竹林を有効利用する方法として、竹チップを使ったアミガサタケの人工栽培に成功していたが、細かい方法は調べられなかった。


 アミガサタケは止めておこう、椎茸、滑子、平茸、原茸、マッシュルームを原木や馬糞から作れるだけで美味しい料理が作れるようになる。


「若君、東国から馬が届き来ました、確認されますか?」


 俺の命に従って、マッシュルーム人工栽培の管理に出て行った山内伊右衛門と入れ替わりに、伯父の生駒八右衛門が入ってきた。


 伯父には牛と馬を買い集めてもらっている。

 騎馬軍団創設に必要な馬と、農業の重労働に必要な牛を集めてもらっている。

 牛馬だけでなく、明や朝鮮から山羊や羊を買い集めもらっている。


「いや、迂闊に外に出る訳にはいかない。

 雑賀と根来、本願寺が私を狙っている。

 牛馬の確認は半兵衛にしてもらってくれ」


 最近はできるだけ二之丸から外に出ないようにしている。

 三之丸に行く事はあるが、できるだけ三之丸御殿の外には出ない。

 御殿内でも内廊下しか使わず、狙撃されないようにしている。


「分かりました」


 この時代は、農作業の重労働を牛がやっている。

 軍馬の適性の無い馬を輸送に使っている。

 だから平和な江戸時代ほどではないが、牛馬の頭数が結構多い。


 数の多い牛馬だが、その値段はピンからキリまである。

 適切に調教された牛馬の方が、奴隷の値段よりもかなり高い。


 これは馬の事を多少でも知っている者なら常識だが、馬の値段は調教されているか調教されていないかで天と地ほど違う。


 全く何の調教もしていない駄馬が、転生前換算で50万円だとしたら、並の調教しかしていない乗馬で500万から3000万円する。

 戦場で共に戦えるほど調教している軍馬は、軽く3億円や4億円するのだ。


 それくらい調教によって値段が変わる。

 だから、日本中から安い駄馬を買い集めて調教すると同時に繁殖もさせる。

 日本馬の体格を良く出来るような良血牡馬は、大金を積んでも買い集める。

 

 体格的にも能力的にも日本馬とは比較にならない蒙古牡馬が買えるように、あらゆる手を使った。


 安く買い集めた駄馬は、奴隷や足軽はもちろん、小姓や旗本にも貸し与えて調教繁殖させているが、奴隷や足軽の中から馬術に優れた者が出てくれたら儲けものだ。


 羊は推古天皇の頃に日本に来ているが、家畜として飼われてこなかった。

 だから、明国や朝鮮から取り寄せて繁殖させる事にした。

 綿花だけでなく、毛織物も取り入れた方が良いと思ったからだ。


 羊以上に優先したのが山羊だ。

 牛馬が食べないような樹皮や落葉でも育てられるのが山羊だ。


 そんな粗食に耐える山羊は、肉や乳や毛を利用できるだけでなく、駄獣として荷運びにも使えるのだ。


 牛馬ほどの量は担がせられないし曳かせられないが、山羊に運ばせられたら人間が運ばなくてよくなる。


 襲撃された時に逃げられる可能性が高くなるし、戦う事もできる。

 その気になれば自分と山羊で同時に荷物を運ぶ事ができる。

 売り払う山羊と一緒に他の商品も運べるのだ。


 戦国乱世で道の状態が悪く、大八車のような荷車すら使えない悪路岨道が多い。

 山間部の農民が荷運びするのに山羊がいれば重宝するのだ。

 年貢を払って手元に残った作物を、楽市楽座で売る事もできるのだ。


 高価な牛馬は飼えなくても、比較的安い山羊なら貧農でも飼える。

 山羊なら牛馬が食べないような、落葉や木の皮でも育てられる。

 織田家の領民が豊かになれば、自然と手に入る年貢も運上金も多くなる。


 とはいえ、数年で領民全てに家畜を行き渡せるとは思っていない。

 天下百年の計ではないが、長い目で見て日本の農民を豊かにする。

 田畑を耕すだけでなく、家畜を飼い養蚕も行う豊かな農民にする!

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