第37話:圧倒
1564年4月26日:前田利家視点
ぶぉおおおおお、ぶぅおおおおお、ぶっおおおおお
戦場に法螺貝が鳴り響いた。
追い詰められた加賀一向衆が死の物狂いで襲い掛かって来た。
「「「「「ダッーン」」」」」
第一組の鉄砲足軽千兵が一斉に鉛玉を放つ。
加賀一向衆十万は隙間なくいるので、前の千人近くが倒れて踏みつぶされる。
鉄砲だけでなく、弓足軽組も放てる限りの遠矢を射る。
それでも、加賀一向衆は身を守る物が何もない荒田を必死で進んで来る。
逃げたくても止まりたくても、後ろに押されてどうしようもないのだろう。
俺たちは事前に掘った濠と積み上げた土塁と逆茂木と柵に護られている。
「「「「「ダッーン」」」」」
第二組の鉄砲足軽千兵が即座に次の鉛玉を放つ。
また前の千人近くが倒れて後ろの連中に踏みつぶされる。
鉄砲に玉に当たらなくても、転んだだけで命を失う悲惨な状況だ。
それでも進むしかないのは、浅井朝倉が第二次野良田の合戦で大惨敗したからだ。
血気盛んな猛将浅井新九郎は、六角が相手だった第一次野良田の合戦の再現を狙ったのだろうが、織田家相手に馬鹿正直な突撃など通じない。
朝倉と肩を並べて戦える、六角北畠一向衆が方々から織田家に襲いかかっている。
浅井新九郎は、負ける事など絶対にないと思い込んでしまったのだろう。
自分たちが三万で、織田が近江衆を加えての三万なら勝てると思ったのだろう。
僅か一万の軍勢で三万の六角に勝った自分たちなら、足軽が主力の織田になど絶対に負けないと思い込んでしまったのだろう。
「「「「「ダッーン」」」」」
第三組の鉄砲足軽千兵が即座に次の鉛玉を放つ。
また前の千人近くが倒れて後ろの連中に踏みつぶされる。
少しだが加賀一向衆がこちらに近づいている。
野良田でも織田家の鉄砲足軽隊が激烈な戦果を挙げたと聞いている。
大将の浅井新九郎はもちろん、名のある将が数多く鉄砲で討たれたと聞く。
しかも浅井朝倉が負けたのは野良田だけではない。
関ヶ原でも大敗して、慶次に近江まで討ち入られ、小谷城を囲まれた。
小谷城どころか、越前にまで攻め入られ、敦賀城まで囲まれる体たらくだ!
「「「「「ダッーン」」」」」
第四組の鉄砲足軽千兵が即座に次の鉛玉を放つ。
また前の千人近くが倒れて後ろの連中に踏みつぶされる。
慶次には負けたくない、何としても、ここで武功を稼ぎたいが……
「「「「「ダッーン」」」」」
第五組の鉄砲足軽千兵が即座に次の鉛玉を放つ。
また前の千人近くが倒れて後ろの連中に踏みつぶされる。
それでも止まる事無く前へ前へと攻め寄せてくる。
慶次が越前まで攻め込んだ事は、加賀一向衆に伝えられたと聞く。
加賀一向衆が坂本、日吉神社、叡山と攻め込んだのを激怒された帝が、織田家に本願寺討伐の綸旨を下された事も、忍が広めたと聞いている。
「「「「「ダッーン」」」」」
第六組の鉄砲足軽千兵が即座に次の鉛玉を放つ。
また前の千人近くが倒れて後ろの連中に踏みつぶされる。
もう加賀一向衆に帰る場所などないのだ。
少なくとも俺たちを滅ぼさない限り、若狭に逃げる事もできない。
ここで背中を見せたら俺たちが猛然と追撃する。
逃げる敵ほど簡単な相手はいない。
「「「「「ダッーン」」」」」
第七組の鉄砲足軽千兵が即座に次の鉛玉を放つ。
また前の千人近くが倒れて後ろの連中に踏みつぶされる。
鉄砲で敵を倒しても俺たちの武功にはならない、織田家の直轄領が増えるだけだ。
加賀一向衆にも策がなかった訳じゃない、俺ならこんな力攻めはしない。
攻め取った幾つかの城に籠城して戦う事もできた。
殿を決めて大多数を逃がす方法もあった。
殿を務める者がいなくても、半数が死ぬのを覚悟して、若狭に近い者から順に逃げる手もあったが……今からでは間に合わないだろう。
逃げてくれた方が少しは武功になる。
逃首は殆ど武功にならないが、鉄砲で圧勝するよりは武功になる。
武功を稼ぎたい……慶次に負けたくない。
認めたくないが、慶次には侍大将としての才がある。
慶次が加賀一向衆の敗走を知れば、敦賀城と木の芽峠に抑えの兵を置き、若狭に逃げる加賀一向衆を迎え討って皆殺しにする。
既に嫌というほど差がついているのに、更に差をつけられてしまう!
「「「「「ダッーン」」」」」
第八組の鉄砲足軽千兵が即座に次の鉛玉を放つ。
また前の千人近くが倒れて後ろの連中に踏みつぶされる。
倒れた者に躓いて大勢の者が倒れ踏みつぶされ、また倒れる者が続いた。
しばらくの間、倒れては踏みつぶされ、新たに倒れた者が踏み潰された。
阿鼻叫喚の生き地獄が目の前で繰り返された。
思っていた以上に加賀一向衆の勢いが弱くなっている。
躓いて転ぶ事ができないくらい人が積み重なって、ようやく新たに転ぶ者がいなくなったが、その分加賀一向衆の勢いが止まった。
踏み潰された仲間を脇に除けて積み上げ、人一人が通れる隙間を何十も作り、そこから加賀一向衆が前に出てきた。
それを見た九郎殿が鉄砲隊に新たな指示を出す。
「「「「「ダッーン」」」」」
第九組十組一組鉄砲足軽三千兵が即座に次の鉛玉を放つ。
放った火縄銃を掃除して、新たに火薬を入れ固め鉛玉を入れる時間が十分あった。
九郎殿は、十段に分けなくても間断なく放てると判断されたようだ。
今の加賀一向衆は、死骸の山を避けて隙間から前に出なければいけない。
最初の頃のような勢いが全くなく、後ろから押される事もない。
そんな状態で三千の鉄砲に撃たれるのだ、足が止まるのも当然だ。
「「「「「ダッーン」」」」」
第二組三組四組の鉄砲足軽三千兵が即座に次の鉛玉を放つ。
加賀一向衆の前にいる者三千弱倒れたが、今度は躓く者がいない。
それだけ前に進む勢いが弱くなっている。
鉄砲と矢で二万は死んだのだろうか?
鉄砲が放たれるたびに毎回踏みつぶされていたが、それで二万死んだか?
あの激しく倒れた時だけで、一万くらいは死んだのか?
「「「「「ダッーン」」」」」
第五組六組七組の鉄砲足軽三千兵が即座に次の鉛玉を放つ。
加賀一向衆の前にいる者が三千弱倒れた……逃げた、加賀一向衆が逃げた!
追い打ちの好機だ、今なら簡単に首が稼げる!
1564年5月22日:織田信忠視点・8歳
「この度の働き大儀である」
広橋権大納言と勧修寺権大納言が恐怖に顔を引きつらせて言う。
身体が幼い俺は、常に完全武装に護衛を多数置いている。
刺客の数が増えたので、身を守るために仕方なく警備を強化した。
そんな状態で、勅使として上座で話さなければならない広橋権大納言と勧修寺権大納言は、とてもかわいそうだ。
言葉が過ぎて俺の護衛に殺されるのではないかと、恐怖に顔を引きつらせている。
「はっ、有難き幸せ」
口では殊勝な事を言ったが、目は二人を睨みつけている。
護衛の連中が、俺の命じた通りわざと武器を動かして音を立てる。
その音に広橋権大納言と勧修寺権大納言は震え上がった。
二人は武家伝奏として、帝の勅使として、尾張まで下って来た。
近江で信長に散々脅かされたようだが、ここではもっと怖い思いをしている。
最初に偉そうな事を口にしたのに、これから言い訳をしないといけない。
帝と朝廷が、織田と本願寺を天秤にかけていた事を言い訳しないといけない。
俺の願いを長く無視していた事の言い訳をしないといけない。
「先に願い出ていた斎王と斎宮寮だが、帝の御厚情により許可する事になった」
広橋権大納言は帝から命じられた事を言えてホッとしているようだ。
「不要だ、こちらが勝利した後、北畠を滅ぼし南伊勢を手に入れてから来ても何の意味もない、それを持って帰れ、桑名は押領する」
帝が織田家に出した書状、綸旨を持って帰れと命じた。
帝に献納した桑名を押領すると宣言した。
「まって、まってくれ、朝廷にも事情があったのだ」
「事情など知らぬ、今更どの面下げてやってきた。
本願寺から銭をもらって私を殺しに来たのか、叩きのめして放りだせ!」
「「「「「はっ!」」」」」
広橋権大納言と勧修寺権大納言は、護衛の旗本たちに散々殴られた。
顔はもちろん身体中青痣だらけになって京に戻った。
帝なら、公家なら舐めた態度をとっても許されると思われては危険なのだ。
敵味方関係なく、弱味も隙も見せる訳にはいかない。
織田家はまだ京を制圧していない。
織田家を牽制するために、足利や三好が帝を人質に取る可能性がある。
「若殿、尭慧殿と経範殿が来られました」
「入ってもらってくれ」
1564年5月23日:一身田専修寺十二世尭慧視点
あまりの恐怖に心臓が激しく打ち鳴らされる。
本当は何もかも捨てて逃げ出したいが、逃げたら本当に全て失う事になる。
私だけの事なら逃げるが、家族はもちろん実家も末寺も悲惨な事になる。
だが、これに成功したら、信者が倍増して本願寺派を凌駕できる。
本願寺派に奪われた末寺を取り返せるかもしれない。
一身田専修寺が門跡になれる可能性がある。
私の息子たちが公家の養子に入れるかもしれないのだ。
「目を覚ませ、お前たちは顕如に騙されていたのだ。
卑怯な顕如は、この一揆はお前たちが勝手にやった事だと御上に言い訳したぞ。
お前たちを破門にして、本願寺討伐の綸旨を解いてもらおうとしているのだぞ。
考えてみろ、仏の教え通りに戦って負けるのはおかしいと思わないか?
仏の加護があるのに負けるのはおかしいだろう
お前たちが負けたのは、この戦いが顕如の私戦だったからだ。
仏の教えではなく、顕如の私利私欲だったからだ。
織田家が勝ったのは、高田派と佛光派の教えの方が正しかったからだ。
さあ、今こそ真の教えに戻るのだ。
そうすれば織田家は包囲をといてくれる。
このまま顕如の手先でいるなら、根切りか奴隷だぞ」
菅九郎殿の指示通りに言ったが、これで本当に降伏するのか?
本願寺派から高田派に宗旨替えするのか?
経範殿は加賀で籠城している本願寺派の説得に行ったが、私たちは生きて再び会えるのだろうか……
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