第36話:長島一向衆と加賀一向衆

1564年4月20日:滝川一益視点


 カーン、カーン、カーン、カーン、カーン


 夜明け前、長島本願寺の拠点、願証寺の鐘が乱打された。

 一向衆の連中が中州から一斉に漕ぎだして来た。

 襲い掛かって来る事は分かっていたので、何の驚きもない。


 ダーン、ダーン、ダーン、ダーン、ダーン……


 鉄砲足軽たちが間断なく鉛玉を放っている。

 長島一向衆を迎え討つため、川岸には濠と土塁、逆茂木が延々と続いている。

 川から水を引いているので、濠には常に水が満ちている。


 ダーン、ダーン、ダーン、ダーン、ダーン……


 鉄砲足軽たちは、最小単位の伍長指揮下で鉄砲を放っている。

 長島一向衆が川にいる間は、五丁で一艘の船を狙い撃つ。

 川には、生きている者がいなくなった船が何十艘も漂っている。


 どぼーん、どぼーん、どぼーん、どぼーん、どぼーん……


 用意ができたのか、投石器が大人の頭よりも大きな石を放ち始めた。

 『移動が難しい大型の兵器だが、長島一向衆を迎え討つのには有効だ』と若殿が申されていたが、その通りだ。


 大きく上に投げ放たれた石が一斉に川に落ちて、敵の船が揺れている。

 長島一向衆には正面から鉄砲の玉、上から大石、礫、矢が降り注ぐのだ。

 雨霰のような鉛玉と矢、大石と礫を受けた長島一向衆の船が左右に舳先を変えた。


「逃げるな、逃げたら地獄に落ちるぞ!」

「進め、進めば天国に行けるぞ!」

「仏敵織田を滅ぼしたら天国に行けるぞ!」


 中州に逃げ戻ろうとしたのだろうが、主だった者が声を限りに督戦している。

 愚かな、逃げようとしていた船の舳先が再びこちらを向いた。


「「「「「ぎゃあああああ」」」」」

「こげ、こげ、こげ、岸についてしまえばこちらのものだ、急げ!」


 敵の長島一向衆からは、絶え間なく悲鳴と督戦の怒鳴り声が聞こえて来る。

 だが味方の陣からは、伍長が指揮する声しか聞こえない。


 味方の鉄砲が、長島一向衆を圧倒している。

 防壁や逆茂木どころか、川岸にも近づかせず圧倒している。


 我慢だ、欲をかいて、川岸まで進んで迎え討ってはならない。

 目先の武功に釣られて無用な死傷者を出してはならない。

 陣の中に籠って、できるだけ遠くから長島一向衆を叩く。


 一向衆は恐ろしい相手だと伝え効いている。

 死を恐れず、遮二無二向かって来る恐ろしい敵だと聞いている。

 勇猛果敢で評判の松平家を相手に、長く戦い続けたとも聞いている。


 そんな長島一向衆の総数は、十万を越えるという報告があった。

 老若男女を合わせた数だが、生半可な数ではない。

 絶対に川岸にたどり着かせてはいけない。


 ★★★★★★


「死ぬ気でこげ、進め、進め、進め!」

「「「「「うぉおおおおお」」」」」


 長島一向衆もよくやる、これで七度目の攻撃だ。

 死を恐れぬ戦いぶりは見事だが、愚かでもある。

 七度に分ける船と兵力が有るなら、全軍で一度に攻めた方が効果があった。


 長島一向衆の戦いぶりは何もかも愚かだ。

 北伊勢と尾張の両方に攻めかかるなんて、愚かとしか言いようがない。

 十万をどちらか一方に向けていたら、もう少し勢いのある攻めができた。


 そもそも織田家に戦いを仕掛ける事が愚かすぎる。

 少し調べれば織田家の富裕と精強は直ぐに分かる。

 鉄砲はもちろん、弓矢も鎧兜も有り余るほど買い集めている。


 加賀の富樫や阿波の三好が相手なら、数さえいれば勝てたかもしれない。

 だが我ら織田が相手では、どれだけ数がいても絶対に勝てない。

 織田家だけで三万を越える鉄砲を揃えた我らに、勝てる訳がない。


 国衆地侍の軍役で、五百石に一丁の鉄砲がある。

 織田勢全体では三万三千丁の鉄砲がある。

 国衆地侍だけで雑賀や根来以上の鉄砲があるのだ、勝てるはずがない。


 カーン、カーン、カーン、カーン、カーン


「ひけ、中州に戻るぞ!」


 ようやく何をやっても勝てない事に気が付いたようだ。

 これだけ激しく攻めて、多くの犠牲者を出して、川岸にも辿り着けていない。

 まだ鉄砲の連続撃ちも使っていないのにだ。


 川岸に辿り着いても、逆茂木を取り除かないと我らに近づけない。

 かなり広くて深い水濠を越えなければならない。

 水濠を越えても、その先に高くて急な土塁がある。


 土塁に取り付けて、ようやくそこからが本格的な城攻めになる。

 石を落とされ、熱した湯や油をかけられ、槍で叩き落とされる。

 何よりその間ずっと鉄砲玉を受け続けるのだ、油断さえしなければ必ず勝てる!


「敵は逃げだぞ、勝鬨をあげよ、えい、えい、えい」

「「「「「応」」」」」


1564年4月21日:織田信忠視点・8歳


 カーン、カーン、カーン、カーン、カーン


「若君、敵が中州に逃げ出しました」


 川の堤防兼用に築いた総構えの城壁から送られてくる旗振り通信。

 総構えの城壁から本丸に伝えられる情報を通信兵が報告する。

 遠方から送られる旗振り通信で使う旗よりも小さな旗を使っている。


 戦国乱世の常識なら、総構えの城壁で指揮すべきなのかもしれない。

 だが俺は本丸に残る、戦場に出て不覚を取った大将を数多く知っているから。

 信長が何度も狙撃されたのも知っているから。


 その俺が、雑賀衆が雇われている事を知っているのに、最前線に出る訳がない。

 現場の指揮、戦術は各武将に任せて、俺は安全な場所で戦略を考える。

 その為にはできるだけ正確で詳細な情報が必要なので、旗振り通信を活用する。


 昨日から今日にかけて、長島一向衆は犠牲を顧みない激しい攻撃を繰り返した。

 何故そうしたのか、何度も本願寺の立場になって考えたから分かる。


「若殿、加賀の一向衆が奥美濃に攻め込んだ来たそうでございます」


 予想していた通り、本願寺は手薄になるはずの美濃を狙って来た。

 本願寺は、加賀一向衆を半分に分けて若狭と飛騨に進出させた。

 だが、俺は本願寺の手を読んでいた、防ぐための兵を美濃に残している


 池田勝三郎直卒の足軽五千に東美濃衆五千を寄騎同心させ、更に鉄砲足軽三千を援軍に加えて奥美濃に派遣した。

 池田勝三郎なら飛騨から攻め寄せてくる加賀一向衆を防いでくれるはずだ。


 近江から攻め込んできた浅井朝倉の別動隊は、前田慶次直卒の五千に西美濃衆五千を寄騎同心させて、更に鉄砲足軽三千を援軍に加えて防がせた。

 前田慶次なら完璧に防いでくれるだろう。


1564年4月21日:多羅尾光俊視点


「行くぞ、捕まっても叡山の者だと言い張るのだ」


「「「「「はっ!」」」」」」


 菅九郎様から重大な役目を与えられた。

 やり遂げたら、三千貫の所領がいただける。

 依頼を受けて銭をもらうのではない、扶持でもない、所領がいただけるのだ。


 大名どもがよくやる、口約束だけの好条件ではない。

 依頼を果たしたら、知らぬ存ぜぬを決め込む大名どもとは違う。


 菅九郎様は、召し抱えられた甲賀者や伊賀者との約定を破られた事がない。

 行き場のなかった分家の子弟が菅九郎様に仕えたが、六角より厚遇された。


 ずっとそんな話を聞いていたから、六角右衛門督の愚行で見切りをつけた。

 一族一門そろって菅九郎様に仕える事にした。


 ダーン!


 坂本で略奪と破壊の限りを尽くした加賀一向衆に鉄砲を放つ。

 僧兵姿になって、叡山から報復に来たと見せかける。


「お山に逆らう仏敵を許すな、邪教徒を殺せ!」


「「「「「おう!」」」」」

 

 ダーン!


 配下の多羅尾衆全員が、管九郎様から授かった火縄銃を持っている。

 今ここで加賀一向衆を殺すための火縄銃ではない。


 坂本の報復に来た、叡山の僧兵に狙われたと思わすための火縄銃だ。

 挑発して、こちらの思うように操るための鉄砲だ。

 一人ずつ放ち、直ぐに掃除をして再び放てるようにする。


「やめろ、これ以上叡山と争うな!」


 誰かが加賀一向衆を止めている。

 坂本にいた叡山の高僧たちを、家族ともども皆殺しにしておいて、これ以上叡山と争うなもない、身勝手極まりない。


 ダーン!


「お山を襲う仏敵、勅勘を受けた破戒僧の手先。

 お前たちは仏の弟子ではない、山賊野伏だ。

 帝の勅命が下りしだい皆殺しにしてくれる、今は鉛玉でも喰らっていろ!」


 ダーン!


「「「「「おのれ!」」」」」」

「「「「「殺せ!」」」」」


「まて、やめろ、挑発に乗るな!」


 必死で止めようとしていたが、こちらが間断なく放つ鉄砲が誰かに当たった。

 それが、連日の勝利と略奪で驕り高ぶり、我らの挑発で興奮していた加賀一向衆を激高させた。


 一人が我らに襲い掛かれば、後に続く者が数多く現れる。

 総勢十万人もいれば、絶対に負けない誰も恐れる必要がないという気持ちになる。


「「「「「うぉおおおおお」」」」」


 こいつらを日吉神社まで誘導して略奪させる。

 日吉神社の僧兵に襲われたという大義名分を与えて、略奪させる。

 土倉で儲けた銭が山とある日吉大社だ、石山の連中が止めても誰も止まらない。


 日吉大社を襲わせた後は、叡山にまで誘導して全山破壊させる。

 十万もいれば、日吉大社で銭を手に入れられない一向衆もたくさんいる。


 少し誘ってやれば、これ幸いと叡山で略奪しようとする。

 そう菅九郎様が言われていたが、その通りになりそうだ。

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