第33話:織田親子
1564年4月10日:織田信長視点
余は子供に恵まれた果報者である。
親兄弟が家督を争って殺し合うこの時代に、常に余を立ててくれる。
何をするにも事前に報告して、佞臣や悪臣に付け入るスキを与えない。
だからこそ、余も奇妙丸の為に心を鬼にしなければならない。
同じように可愛い子供ではあるが、奇妙丸と歳の近い茶筅丸と三七には、明らかな差をつけなければならない。
特に、奇妙丸と同腹の茶筅丸が愚かな事を考えないようにしなければならぬ!
余と同じ苦しみを奇妙丸に味あわせる事だけは、絶対に避けねばならぬ。
これまでも兄弟に順を入れ変えるなどしてきたが、更に手を加えねば!
茶筅丸と三七が奇妙丸を狙うのではなく、茶筅丸と三七が争うように仕向け続けないといけない。
茶筅丸が次男らしく育ってくれれば何の問題もない。
だが、茶筅丸が家臣に操られるような愚か者や、強欲に育った場合が怖い。
茶筅丸が奇妙丸を狙った時には、三七が必ず奇妙丸の味方をするように育てなければならない!
待て、待て、まだ早い、子供たちの事はまだまだ先の事だ。
奇妙丸が聡明過ぎるだけで、茶筅丸と三七はまだまだ子供だ。
今は織田家を狙う者共を滅ぼすのが先だ!
「誰かある、前田慶次と池田勝三郎を尾張に返す。
代わりに坂井右近将監と森三左衛門尉に浅井を抑えさせる。
誰かある、急がせよ!」
「信長直属侍大将衆」
織田九郎信治 :3000兵:観音寺城駐屯
織田彦七郎信興 :3000兵:観音寺城駐屯
織田半左衛門秀成 :3000兵:観音寺城駐屯
佐久間右衛門尉信盛:3000兵:観音寺城駐屯
赤川三郎右衛門景弘:3000兵:甲賀郡駐屯
河尻与四郎秀隆 :3000兵:甲賀郡駐屯
坂井右近将監政尚 :3000兵:対浅井長政
森三左衛門尉可成 :3000兵:対浅井長政
岩室長門守重休 :3000兵:大津駐屯兼山科口警備
長谷川右近橋介 :3000兵:大津駐屯兼山科口警備
前田又左衞門利家 :3000兵:大津駐屯兼山科口警備
佐脇藤八郎良之 :3000兵:大津駐屯兼山科口警備
加藤弥三郎順宣 :3000兵:安土築城
山口飛騨守享義 :3000兵:安土築城
飯尾茂助尚清 :3000兵:安土築城
佐々内蔵助成政 :3000兵:安土築城
塙九郎左衛門尉直政:3000兵:安土築城
下方弥三郎貞清 :3000兵:安土築城
岡田助右衛門重善 :3000兵:安土築城
中野又兵衛一安 :3000兵:箕作山城駐屯
簗田左衛門太郎広正:3000兵:箕作山城駐屯
1564年4月10日:織田信忠視点・8歳
「若殿、本願寺は上杉に使者を送っていません。
少なくとも我らに気付かれるような送り方はしていません」
執務室に入ってきた高安範勝が報告する。
俺だけでなく、俺を守る側近衆を前に堂々と報告する。
「越後では物の値が上がっているのか?」
「上がっておりますが、それは甲斐の武田に備えての事だと言われております」
「では甲斐でも物の値が上がっているのだな?」
「はい、ですがこれも上杉に備えてだと言われております」
「油断はできない、将軍家や帝を使って上杉と武田を和議させるかもしれない。
本願寺はもちろん、上杉と武田も見張り続けてくれ」
「承りました」
俺も本気で上杉と武田が手を結ぶと思っている訳ではない。
川中島の合戦を全て覚えている訳ではないが、何度も合戦があった。
何時戦ったかも複数の説があり、今年上杉と武田が川中島で戦っても驚かない。
とはいえ、全く無警戒ではいられない。
常に全方位を警戒し続けないと、いつどこが本能寺になるか分からない。
「父上の話では、三好とは上手く話がついているとの事だが、罠ではないか?」
「殿の申される通りと思われます。
三好は家中を纏めるのに精一杯で、とても外に出られる状況ではありません」
「安宅一舟軒殿はどうだ、こちらの警告を聞いてくれたか?」
「はい、修理大夫殿が呼び出しても病と称して飯盛山城に行かなくなっております。
将軍などからの謀殺や奇襲も警戒しています」
「左京大夫殿はどうだ?」
「若殿の忠告に従い、修理大夫殿と一舟軒殿の仲を取り持とうとされておられます」
本願寺が織田家包囲網を計画している状態で、三好が分裂したら困る。
無計画に内乱が始まったら、織田の手で将軍を殺さなければならなくなる。
殺さずにすんだとしても、織田が将軍を追放しなければいけなくなる。
将軍を殺す汚れ役は、史実通り三好にやってもらわないといけない。
既に多くの者が分かっているが、将軍など傀儡だと思わせないといけない。
細川に続いて三好が将軍を殺し、首を挿げ替えてくれた方がやり易くなる。
「三河の松平はどうだ、家臣や領民を奪われて逆恨みしていないか?」
「その心配はございません。
一向一揆で疲弊した領内の立て直しと、粛清した家臣団の立て直しに必死で、とても尾張に手を出せる状態ではありません」
「目立った動きをしているのは誰だ?」
「長島の一向衆は、陸路も海路も防がれて不満が溜まっております」
「水軍の交易を再開したから、海路に穴が開いているだろう?」
「はい、そこを突いて南伊勢の北畠と通じております。
摂津の石山本願寺から人と物が送られております。
ですが、全く利の無い流れでございます。
美濃や尾張から物が入らず、美濃や尾張に売る事もできないのです。
石山本願寺からの支援を食べつなぐだけの心細い状況です」
長島本願寺がこんな状態だと、本願寺派を裏切る一向衆が出て来るだろう。
同じ高田派だった者の土地や女房娘を奪うために、高田派から本願寺派に宗旨替えした一向衆が、加賀や越中には数多くいたのだから。
長島の一向衆に調略を仕掛けたら簡単に勝てるのだが……できればやりたくない。
宗教の大きな教えを守るのではなく、自分の欲望を満たすために宗教を利用するような奴は、皆殺しにしたい。
いかん、もっと冷徹にならないと、白人と戦う時のために、できるだけ日本の生産力と人口は減らしたくないのに、衝動的に自分の正義感を優先しようとしてしまう。
「伊勢長島を包囲している城砦群を、今以上に堅牢にせよ。
こちらから攻め込まなくて良い、襲ってくる奴を皆殺しにできれば良い。
城砦群に送る鉄砲と弓、投石器と礫の量を増やせ」
「御意」
「六角の残党はどこにいる?」
「申し訳ございません、六角に付き従う甲賀衆が邪魔で確証がございません」
「本人たちが何所にいるかは分からなくて良い。
手勢が何所から攻めて来るのか分かれば良い、どこだ?」
「まだ確証はございませんが、甲賀郡を取り返そうとすると思われます」
「思うではなく、しっかりと探れ。
人の動きを探れ、危険を冒して甲賀者を探らなくて良い。
大きな人の動きが分かれば好い、甲賀者の回りいる民に銭を掴ませろ」
「はっ」
「雑賀と根来の動きはどうなっている?
多くの者を調略されて逆恨みしていないか?」
「出て行った者の財を奪って利を得られましたので、表面上は織田を罵っておりますが、内心はよろこんでいるようでございます。
根来は本願寺と信徒を奪い合っておりますので、味方する動きはございません。
ですが雑賀は、本願寺が銭を積んで雇っております」
「根来寺と本願寺の両方とかかわっている者は、根来寺に言い訳ができるように、一族を割って我らと戦うのだな?」
「はい、良い銭儲けだと思っているようでございます」
「よかろう、銭ではなく鉛玉をたっぷりとくれてやる、帝はどうされている?」
「斎王と斎宮寮の再建は熟慮すると、目々典侍様に申されておられました。
本願寺の願い出た勅勘の解除も、熟慮するとの事でございます」
力も金も権力もない帝が、織田と本願寺の板挟みになり、何も決めずに嵐の過ぎるのを待つのは当然の事だ。
だが同情するのはもちろん、納得するような言動はできない。
そんな事をしたら、敵味方がそこを突いてくる。
「使えないなら放置するだけだ」
「ですが若殿、勅使の派遣は引き続きしてくださるそうでございます」
「馬鹿を言え、帝の銭儲けに利用されてたまるか、無視だ!
大切な水軍を、尾張から遠く離れた場所に送る事などできない。
交易は中止だ、本願寺との決着がつくまでは、水軍は長島の封鎖に使う」
「御意!」
「浅井と朝倉の動きはどうなっている?」
「兵糧と武具を買い集めております」
本願寺が動いたら一緒になって攻め込んでくる気だな。
「叡山に動く気配はあるか、堅田の一向衆はどうだ?」
「叡山に動きはございません。
多くの僧が坂本に降りて酒池肉林に塗れておりますので、お山に残った者は僅かで寂れ果てております。
堅田の一向衆には、石山からの使者が頻繁に来ております」
「ふん、生臭坊主共が!
日吉大社が高利で貸した金で百姓から田畑を奪う破戒僧共が!」
前世では本から得た何の感慨もない記録だったが、実際にこの目で確かめてみて、僧や神官の堕落と腐敗には吐き気を催した。
「まことにもってその通りでございます」
いかん、いかん、感情が爆発してしまった。
前世でも部下の御追従に心を惑わされた事はない。
だが、そもそも御追従自体言わせてはいけない。
「そのような事は口にしなくて良い、むしろ非難するような目で見よ」
「御意」
「父上と連携を取り、動いたら即座に根切りにする。
坂本と日吉大社、堅田を焼き払う準備を整えよ」
「「「「「御意」」」」」
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