第30話:臣籍降嫁と駆け引き
1564年3月12日目々典侍視点
「典侍様、教えていただきたい事があるのですが、宜しいでしょうか?」
織田家から送られてきた手伝いの一人が話しかけてきました。
帝が危険にさらされるよな事は口が裂けても言えません。
「何ですか、大切な事なのですか?」
「はい、春齢女王殿下に還俗していただくとして、嫁ぐ先はあるのでしょうか?」
考えないようにしていた事を突きつけられてしまいました。
帝の息女は嫁ぐ先が限られているのです。
帝から五世代までの内親王や女王は、皇族にしか嫁げないのです。
時の権力者、藤原氏に強要されて帝の孫である二世女王が嫁がれた事はありましたが、皇女が降嫁する時は前もって賜姓を行い臣籍に下ってからになります。
それも、帝が命の危険を感じるほど強要された時か……帝が盲目的に臣下を信用してしまわれた時だけです。
春齢が還俗できたとしても、五世代までの皇族としか結婚できません。
南朝の宮家は滅ぼされましたが、伏見宮家と常盤井宮家は残っています。
今生きておられる皇族を、僧になられた方も含めて思い出してみました。
織田を頼れば、織田の頼みを聞けば、春齢と釣り合う方も一緒に還俗させてくれるでしょうか?
『皇室及び宮家の存命男子一覧』
「皇室」
史実で正しいと言われている後奈良院の子息子女
女院:藤原(万里小路)栄子(吉徳門院)(1494年~1522年)万里小路賢房女
第一皇子:方仁親王(正親町天皇)(1517年~1593年)
典侍:藤原(高倉)量子:橘以緒女、高倉永家養女
第五皇女:普光女王(1930~1579年)安禅寺
典侍:藤原(広橋)国子 - 広橋兼秀女
第七皇女:聖秀女王(1552年~1623年) 曇華院
宮人:小槻氏(伊予局)壬生雅久女(壬生晴富女、和気親就女とする説あり)
第三皇子:覚恕(1521年~1574年)曼殊院
史実で正しいと言われている帝の子息子女
典侍:藤原(万里小路)房子(清光院)(?~1580年) 万里小路秀房女
第一皇子:誠仁親王(陽光院)(1552年~1586年)
皇女(1562年~1567年)
典侍:目々典侍:飛鳥井雅綱女
皇女:春齢女王(1549年~1569年)後に大聖寺門跡
皇女:永尊女王(1563年~1571年) 後に大聖寺門跡
「常盤井宮家」名前は創作だが存在していたと言われている
常盤井宮全満親王:28歳
「伏見宮家」
史実で正しいと言われている伏見宮貞敦親王の子息
第一王子:邦輔親王(1513~1563)
第二王子:寛欽法親王(1514~1563)勧修寺
第三王子:堯尊法親王(?~1559)妙法院
第四王子:任助法親王(1525~1584)仁和寺門跡
第五王子:応胤入道親王(1531~1598)梶井円融房、天台座主、のち還俗
史実で正しいと言われている邦輔親王の子息
第一王子:邦茂王(1530~1570)
第三王子:貞康親王(1547~1568) 第8代伏見宮
第四王子:常胤法親王(1548~1621)正親町天皇の猶子、天台座主、妙法院門跡
第五王子:尊朝法親王(1552~1597)天台座主
第六王子:守理法親王(?~?)
第七王子:最胤法親王(円明院、1563~1639)天台座主
「年は離れていますが、常盤井宮家の全満親王がおられます。
還俗がかなうなら、伏見宮家の王子たちがおられます」
「伏見宮家は御上から血筋が遠いのではありませんか?」
「確かに少しお血筋が遠くなられていますね」
「誠に不遜ながら、帝のお血筋が細くなられているのではありませんか?」
「それは……」
「伏見宮家の親王方を還俗させるのなら、先に覚恕王殿下を還俗させろと申されるのではありませんか?」
「それはその通りですが、覚恕王殿下は春齢の叔父に当たられるので……」
「絶対に嫁がれないといけないのでしょうか?
若様から知らされたのですが、古には終生嫁がれなかった女王殿下や内親王殿下がおられたとか?」
「それは……平安の御代には……力ある姫宮のなかには、内親王宣下を受けられ、更に女院となられた方がおられたと聞いています。
親王や内親王を養子に迎えて、女院として皇室一の力を持たれたとも聞きました。
ですがそれは、皇室が多くの御領所を持っていた頃の話です。
今のような困窮した状態では、女院になるほどの所領は分けてもらえません。
そのような御領所があるなら、御上の暮らし向きに使います」
「御領所の心配はございません、若君が献上させていただくそうです」
「織田家が後見してくれるのなら、女院の所領だからといって、地頭共に押領されなくてすむでしょうが、大それたことを考えていないでしょうね?!」
「大それたこととは、春齢女王殿下や永尊女王殿下を若君の正室に迎えようとしている、とお疑いなのでしょうか?
ご安心ください、そのような邪な考えはございません。
春齢女王殿下に幸せになっていただき、典侍様に安心していただきたいだけです。
桑名からは毎年二千五百貫文を貢納できそうだと聞いております。
帝に御力添え頂ければ、他の御領所も取り返せるかもしれません。
そうすれば、春齢女王殿下だけでなく、永尊女王殿下も女院に成れるのではありませんか?」
確かに、帝は清濁併せ呑む大きな御心のお方です。
皇室の繁栄の為なら、武家を利用する事も躊躇われません。
官位官職をくれてやる程度の事で御領所が取り返せるなら、織田の願いを聞き届けてくださるかもしれません……ですが……。
「織田の望みは何ですか、帝にご負担をかけない事なら、私が奏上してあげます」
「織田家の望みは、本願寺の門跡を取り消す事でございます。
勅勘で厳しく咎めていただきたいのです」
「何を申しているのですか?!
御上にそのような危険な事をしていただけるわけがないでしょう!」
「ですが典侍様、本願寺は伊勢長島の一向衆を使って桑名を押領していました」
「何ですって?!」
「御領所の桑名を押領しておいて、その利を青蓮院を通じて献納して、門跡の地位を手に入れたのです。
典侍様はそのような悪行を許せるのですか?」
「それは……確かな証があるのですか?」
「ございます、桑名を支配していた者たちが残したか書付が幾つもございます」
「勅勘も門跡剥奪も約束できません!
ですが今の話、帝に奏上するだけはします、それで良いですね?」
「ありがとうございます、若様に典侍様のご厚情を伝えさせていただきます」
1564年3月12日:織田信忠視点8歳
ダッーン、ダッーン、ダッーン、ダッーン、ダッーン、ダッーン、ダッーン
侍大将を滝川一益から斉藤新五郎に変更した鉄砲足軽組が猛訓練をしている。
滝川一益は代官なって桑名に常駐し、長島本願寺が蜂起したら北伊勢側から攻め込む手筈になっている。
「管九郎十大鉄砲衆」侍大将・斉藤新五郎利治
足軽大将 :兵数 :
往来右京 :1000兵:
津田楽算 :1000兵:
芝辻小左衛門:1000兵:
鈴木峯三郎 :1000兵:
佐竹重四郎 :1000兵:
宮本大三郎 :1000兵:
松田源四郎 :1000兵:
渡辺藤十郎 :1000兵:
伊賀崎道順 :1000兵:
音羽半六 :1000兵:
千人の鉄砲足軽組を十部隊編成して、間断なく放てるようにした。
この時代の火縄銃にはなかった、肩付け用の銃床と銃剣を作らせて装備した。
弓には、弭槍と呼ばれる弓を槍代わりに使える装備がある。
俺が火縄銃に短剣を装備する案を出しても不思議には思われない。
火縄銃に短剣と肩付け銃床を装備するなら、やらなければいけない事があった。
まだ身体が幼くて十分な指導はできないが、銃剣道を鉄砲足軽に教える事だ。
直ぐに著しい効果は出ないだろうが、練度が上がれば、敵の足軽や騎馬隊に簡単に蹂躙されない、粘り強く戦える鉄砲足軽組になる。
「雄叫びをあげよ!」
「「「「「おう!」」」」」
伊勢長島一向衆の拠点、願証寺からは少し離れているが、連中の支配する中州の中には勝幡城に近い場所もある、鉄砲の一斉射撃は十分な威圧になっているはずだ。
それに、伊勢長島一向衆を威圧しているのは勝幡城からだけじゃない。
飛島城でも同じように猛訓練をして伊勢長島一向衆を威圧している。
俺は最悪の状況を想定して備えている。
史実を知っているからと言って、それに頼り切るほど愚かではない。
本願寺の顕如や教如、信玄や謙信が俺と同じ転生者の可能性も考えている。
彼らが俺の行動に疑念を抱き、転生者という前提で罠を仕掛ける事を考えている。
俺と同じ、あるいは俺以上の知識と経験を持つ者が、俺を謀殺する気で、あらゆる手段を使って来る事も想定している。
いや、俺が名を知っているような有名どころが転生者ならまだいい。
無名の人間に転生していて、陰から有名人を操っている場合が怖い。
そんな奴まで探り出せる諜報網があれば良いのだが、流石に無理だ。
なので、正攻法の戦力増強をした。
十分な資金源を確保できたので、仕える気のある者は全部召し抱えた。
臨時に召し抱えていた二万の足軽を常雇にした。
転生者がいて、俺だけを狙い撃ちにしてきても撃退できるように、数の力で守ると同時に、その多数の中から智勇兼備の忠臣を育て上げる事にした。
俺が顕如なら、どうやって織田家を滅ぼすだろうか、織田信忠を殺すだろうか?
俺が足利義輝だったら、俺を殺すか利用するかのどちらだろうか?
俺が三好義継だったら、どのような手段で三好家を纏め天下を治めるだろうか?
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