第25話:一気呵成
1563年10月5日織田信忠視点・7歳
「敵討ちをさせてください、お願いします」
後藤喜三郎高治の決断で全てが決まった。
後藤高治が父親と兄の敵討ちをしたいと言った以上、蒲生親子には止められない。
止めたら、観音寺騒動の黒幕だったと認める事になる。
「喜三郎の自由にさせるから、城を囲んだ兵を引かれよ」
蒲生下野守が強気に言うが、信長が認める訳がない。
「愚か者、忠臣を妬んで殺すような下種を見逃す余ではない!
先ほども申し聞かせたが、今直ぐ城を捨てるなら但馬守の妹に免じて見逃す。
だが、グズグズ言うなら我攻めで皆殺しにする、今直ぐ選べ」
「大殿、殿、兄上と壱岐守を殺していないのならお逃げください。
生きていれば再起の機会がございます」
蒲生下野守の妻、後藤但馬守の妹が説得する。
「お前はどうするのだ?」
「私は喜三郎を助けます、尼となって兄上と壱岐守の菩提を弔います。
もし許して頂けるのでしたら、鶴千代たちも連れて行きます」
「……分かった、鶴千代たちを頼む」
日野城の内外で大声を張り上げて交渉した後でとんだ愁嘆場だが、蒲生家としたら当然の判断だ、他に方法など残されていない。
城から落ち延びられたとしても苦しい未来しかない。
六角義治に後藤但馬守を謀殺させたと言う噂がある限り、仕官などできない。
仕官できたとしても、大した禄はもらえないし、心から信じてもらえない。
まず間違いなく使い捨てにされて終りだ。
そんな状態だから、六角義賢か六角義治の所に行くか、野伏になるしかない。
だから、幼い子供たちを妻に預ける決断をしたのだ。
織田家は、後藤但馬守の敵討ちを名目に六角家を攻め滅ぼす気なのだ。
神輿となる後藤喜三郎が高禄で召し抱えられるのは誰にも分かる。
大きな加増が見込まれる後藤家に戻る妻に子供たちを預けた方が良い。
苦難が待ち構えている自分たちが子供を連れて行くよりも安全だ。
少しでも先の読める人間はそう思う、蒲生親子に読めない訳がない。
決断した蒲生下野守たちは日野城を明け渡して落ちて行った。
信長も俺も約束通り追い討ちしなかった。
六角家の家臣たちを無傷で手に入れたいから、卑怯非道な事はしない。
六角家の家臣たちが安心して降伏臣従できるように、武士の情けを演じてみせる。
「小平太、日野城を預ける、何があっても守り抜け」
信長が服部小平太一忠に命じた。
桶狭間で今川義元に一番槍をつけた勇将だが、その時に膝を斬られて以来、古傷を庇いながら戦っているので、個人の武勇が少し落ちている。
「はっ」
信長も服部一忠自身もその事を知っている。
知っているが、服部一忠には文官の才が無いので、戦場でしか武功を稼げない。
ただ、取った城を守るような役目であれば、忠誠心のある服部一忠に任せられる。
日野城を服部一忠に任せた信長は、全軍を率いて観音寺城に向かった。
信長直卒の足軽兵団が五万兵、俺が直率する足軽兵団が二万兵、武功を稼ぐ機会だと後を追って来た尾張衆が一万二千兵。
浅井長政に備える前田慶次率いる足軽兵団五千兵と西美濃衆五千兵。
同じく浅井長政に備える池田勝三郎率いる足軽兵団五千兵と東美濃衆五千兵。
総計二万兵が犬上郡、愛知郡に分屯して備えている。
浅井に背後を突かれなければ時間をかけて観音寺城を落とせる。
可能性は低いが、長期戦も覚悟して観音寺城に向かった。
だが、考えていた通り、観音寺城はもぬけの殻だった。
ほとんどの家臣に背かれた六角親子は、城を捨てて逃げていた。
史実でも甲賀に籠って信長に抵抗していた、同じ事をするのだろう。
六角高頼の時代に甲賀に籠り、鈎の陣で幕府軍を撃退しているのだ。
愚かな六角親子が二匹目の泥鰌を狙うのは当然だろう。
信長と俺は罠があるかもしれない観音寺城には入らなかった。
甲賀が係わっているなら火薬を仕掛けている可能性もあるから、念のためだ。
城下町の家屋を借り上げて臨時の宿舎にした。
ただ、何時までも城下町にはいられないので、観音寺城に罠がないか家臣たちに調べさせて、新たな居城にできるか判断する事にした。
史実の信長は観音寺城を使わず安土城を築いている。
ただ、観音寺城は直ぐに廃城にされていない、安土城を守る支城となっていた。
信長が近江に拠点を移すなら、六万の足軽が常駐する事になる。
将来安土城を築城するのしても、十分使い道がある。
そう考えて、広大な規模の観音寺城の隅から隅まで調べさせた。
「管九郎様、甲賀者の一部に不審な動きがございます」
甲賀衆を一手に差配する事になった滝川一益が報告に来た。
滝川一益自身は侍大将を目指しているので、直接甲賀衆を動かしているのは滝川一益と前田慶次の兄、高安範勝だったが、表向きの頭は滝川一益だ。
「三雲につながる者たちか?」
「はい、六角に重用されていた二十一家の縁者でございます」
「父上にその事は伝えたのか?」
「はい、ですが、少数では何もできない、捨て置けと申されました」
「言われた通り捨て置いているのか?」
「いえ、甲賀者が暗殺を企まないように、遠巻きに護っております」
「そうか、そのまま父上を守ってくれ」
「勝手ながら管九郎様を護る者も増やしております。
十分な手配りをされているのは存じていますが、念のために後詰の伊賀者を尾張から呼び寄せさせていただきました」
伊賀三上忍の配下ではなく、初期に来てくれた伊賀者たちだな。
「そうか、心配をかけたな。
だが、足軽や旗本の巡回を増やすだけでは安心できないか?」
「足軽や旗本全員が気心の知れた者なら良いのですが、そうではありません。
人の記憶は曖昧で、まして今は合戦で心が乱れています。
変装した甲賀者が入れ替わっても、気が付かない恐れがあります。
まして管九郎様に仕えていた甲賀者が裏切っていたら……」
「その危険を考えて、信頼する旗本衆を側に置いているのだが?」
「管九郎様の申される通りですが、管九郎様の古参旗本には甲賀者や伊賀者が多い」
「確かに、彼らに裏切られたら私の命はない。
だがその時は伊賀と甲賀が滅ぶ時でもある。
私と父上を同時に殺さない限り、根切りの報復がある」
「ならば今が好機ではありませんか?
管九郎様と殿は珍しく同じ戦場に立たれています。
敵の策と腕次第では、管九郎様と殿を同時に殺せます」
「確かに私だけなら殺せるかもしれない。
だが殿を殺すのは無理だ、忠勇無比の旗本衆がついている」
「私たちがついているから安心だ、とは言っていただけないのですか?」
「甲賀者の久助自身が、甲賀者は信用できないと言ったではないか。
それを聞いた直後に自分は安全だとは言えまい」
「おっと、その通りですね、これは参りました」
「冗談はこれくらいにして、三雲城は落とせそうか?」
「厳しい戦いになると思いますが、時間をかければ落とせると思います」
「直ぐに落とすのは無理か?」
「我攻めをすれば三雲城は落とせるでしょう。
ですが三雲城が危ういと思えば他の城に逃げ込みます。
それも複数の影武者を使ってどの城に本人がいるか分からないようにします。
その上で、正面からの戦いは避けて夜襲や奇襲を繰り返します。
それでも必ず勝てるでしょうが、時間はかかります。
何より、今三雲城にいる承禎殿と対馬守が本人とは限りません」
「分かった、父上に手紙を書くから届けてくれ」
「承りました」
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