第24話:将器

1563年10月4日織田信忠視点・7歳


「主君としての器のない者に仕えていても、妬まれて謀殺されるだけだぞ。

 どれほど忠誠を尽くし、骨身を惜しまず仕えても憎まれるだけだぞ。

 勇将は、己を正当に賞してくれる者に仕えてこそ安心して戦える。

 余の下に来い、存分に働かせてやる!

 後藤喜三郎、父親と兄の仇を討たせてやる、安心してついて来い」


 直卒の足軽兵団五万兵を率いて近江に押し入り、日野城を囲んだ信長が言う。

 俺と信長は、甲賀衆から六角義治の愚行を知らされて直ぐに動いた。


 前もって決めてあった手順に従って、浅井長政が支配下に置いている関ケ原口からではなく、上石津から伊勢に押し入り治田峠を越えて近江に攻め込んだ。


 この時のために、滝川一益に北伊勢の国衆地侍を調略させていたのだ。

 山口城の藤田東馬允、白瀬城の近藤弾正左衛門吉綱、向平城の田切佐兵衛、治田城の治田山城守など、伊勢国員弁郡の国衆地侍を重点的に調略してあった。


 前世で観音寺騒動と呼ばれていた、六角義治による後藤賢豊親子謀殺。

 史実通りに起こった凶行を利用すべく軍勢を動かした。

 浅井長政に先を越されないように、何度もシミュレーションした出陣だ。


 史実の浅井長政は、六角領の高宮に出陣して六角家の国衆地侍を取り込んだ。

 前世で言う多賀町や甲良町周辺を自領に取り込んだ。

 六角家を見限った国衆地侍が浅井家を頼ったのだ。


 そんなもったいない事はさせない。

 六角家を見限る国衆地侍は全員織田家に取り込む。

 そのためにも少しでも早く近江に、六角領に攻め込まないといけない。


 最も早く近江に攻め込んだのは、墨俣城に常駐している前田慶次だった。

 俺の命で即応体制をとっている前田慶次が、伝書鳩の知らせを受けて動いた。

 慶次に預けている足軽五千兵が墨俣城をから出陣した。


 墨俣城からの知らせを受けた西美濃衆が後に続く。

 バラバラに集まるので普通なら各個撃破される。

 だが観音寺騒動で混乱する六角家は組織的な迎撃ができない。


 前田慶次はその貴重な時間を使って六角と浅井の領境に展開した。

 以前から用意していた組み立て式の野戦陣地を築いて橋頭堡を築いた。

 安全な橋頭堡が築かれてから、信長と俺は近江に入って後藤高治の所に急いだ。


 当主と嫡男を謀殺された後藤家は、史実では次男の後藤高治が継いだ。

 だが、当主と嫡男を謀殺された直後では、即座に復讐の兵を挙げられない。

 

 史実では、人望のあった後藤賢豊の敵討ちに多くの六角家家臣が立った。

 永田、三上、池田、進藤、平井などの重臣たちが観音寺城を攻めた。


 近臣以外誰も味方してくれない六角義治は、蒲生定秀と賢秀の親子を頼って日野城に逃げ込んだ。


 息子の暴挙に巻き込まれた六角承禎も観音寺城に居続けられなくなり、三雲定持を頼って三雲城に逃げ込んだ。


 更に永田、三上、池田、進藤、平井などの重臣たちが日野城を攻撃する。

 とはいえ、流石に譜代重臣家の進藤や平井は六角家を滅ぼすまでは戦えない。

 六角家を見限って浅井家に仕える事もできない。


 蒲生定秀と賢秀の親子、三雲定持の仲介で六角義治と家臣たちは和解する。

 その条件は、六角義治が隠居して弟の六角義定を当主にする事だった。

 だがそんな流れにはさせない、この機会を利用して六角家を滅ぼす!


「愚か者に仕えても滅ぶだけだぞ!

 忠誠を尽くしても無礼討ちにされ、家を滅ぼされるぞ!」


 行軍途上にある六角家家臣に、六角義治の愚かさを言って聞かせる。

 愚鈍な上に嫉妬深い六角義治の凶行に動揺する六角家家臣に熱く言う。

 このまま六角家に仕えても、共に滅ぶだけだと言って聞かせる。


「六角右衛門督を操り後藤但馬守を謀殺させたのは蒲生藤十郎と三雲三郎左衛門だ。

 忠義の後藤但馬守を六角右衛門督に謀殺させて、二人で六角家を欲しいままにする心算だったのだ」


 前世の知識を駆使して、六角家が再び纏まらないようにした。

 蒲生と三雲が何を言っても後藤や進藤、平井たちの心に届かないようにした。


 史実のように、六角が甲賀郡に逃げ込んでゲリラ活動をしたとしても、多くの家臣が味方しないように、六角家の家臣団を割って殺し合いをさせるのだ。

 

 観音寺騒動の直後、蒲生定秀と賢秀の親子は生き残った後藤高治を匿った。

 蒲生賢秀の正室が後藤但馬守の妹だから、血縁としては当然の事だ。


 愚かな主君、六角右衛門督と妻の実家を和解させるのは、親族としては当然の事で何の不思議もない。


 これが平和な時代なら、蒲生定秀を疑う者は少ない。

 だが今は戦国乱世で、親兄弟でも殺す、愚かな主君を担いで傀儡にする。

 ゆくゆくは、傀儡主君を殺して国を奪う事を考えてもおかしくない時代なのだ。


 俺は六角家の重臣たちがそう思うように仕向けた。

 信長を通じて放たれた俺の言葉は、六角家家臣団を蝕む毒となった。

 六角承禎が頼った三雲定持が甲賀者なのも疑いに拍車をかけた。


 甲賀衆の役目は周囲の敵を探るだけでなく、内部の謀叛人も探っている。

 六角家の家臣たちは、三雲定持に讒言されないように気を付けていた。

 何もしていなくても、重臣の三雲定持に讒言されたら家が潰れるかもしれない。


 六角右衛門督は、後藤親子を謀殺した理由を無礼討ちと言っている。

 六角右衛門督にそう思わせたのは三雲定持だと、六角家家臣団に錯覚させる。

 三雲定持が後藤親子を讒言したからだと思いこませる。


 三雲定持が利に聡く、同じ六角家家臣たちから妬まれているのも狙い目だった。

 利に敏感な三雲定持は、三雲家単独で明と貿易を行っていた。


 室町幕府に寄付できるくらい財力があり、利の為なら何でもすると思われていた。

 経済的な手腕の無い同輩に妬まれていた。


 俺と父上が近江に攻め込んだ時には、まだ六角義治と六角承禎が城に残っていた。

 永田、三上、池田、進藤、平井などの重臣たちも、六角義治の暴挙に激怒はしていたが、兵を率いて観音寺城下を焼き払うまではしていなかった。


 仮にも主家だ、家臣が単独で城攻めを行う事は難しい。

 同じ思いも持つ者が集まらないと決起する事もできない。

 

 そこに俺と信長が大軍を率いてやってきた。

 六角義治、六角承禎、三雲定持、蒲生定秀と賢秀の親子を激しく非難して、後藤高治の後見をして敵討ちをさせると言い切ったのだ。


 多くの人は、特に心ある武士は、大儀名分がないと主君を裏切れない。

 織田と六角の実力差を見抜ける者の中には、六角義治の愚行を、主家を見限る絶好の機会と思う者もいる。


「蒲生下野守、蒲生藤太郎、人質にしている後藤喜三郎を解放せよ。

 お前たち親子が後藤但馬守を謀ったのは知っている」


「黙れ、嘘吐き、他家の不幸に付け込んで攻め込む卑怯者!

 但馬守殿は嫁の親、長年六角家を支えてきた同輩、陥れる事などない。

 当家と後藤家は深い絆で結ばれている。

 そのような大嘘に騙される喜三郎殿ではない」


「だったら、何故敵討ちの兵を挙げない?!

 嫁の実家がこのような非道をされて、なぜ黙っていられる。

 後藤但馬守に成り代わり、六角家を思うままに操りたかったからだ。

 後藤但馬守さえいなければ、六角右衛門督なら下剋上できると思ったからだ。

 違うと言うなら喜三郎を助けて六角右衛門督を討ってみろ、できないだろう!

 喜三郎、親族を名乗って騙そうとする卑怯下劣な腐れ外道を頼るな。

 良いように利用されて、歴史に親兄弟の仇も取れない惰弱者と名を残すぞ。

 余に任せろ、必ず親の仇を取らせてやる」


「喜三郎、行きなさい。

 大殿と殿が兄上と壱岐守を謀ったかどうかは分かりません。

 ですが、敵討ちを手伝ってくださらないのは確かです。

 後藤家の面目を保つためには、貴男が侮られないようにするためには、この乱世を生き残るためには、六角に挑んで勝つしかありません」


「叔母上!」


「蒲生下野守、蒲生藤太郎、今直ぐ城を捨てて逃げるのなら、但馬守の妹に免じて見逃してやる。

 だが、妹や喜三郎を人質にするようなら、他家に嫁いだ縁者も含めて一族一門根切りにする、さあ、今直ぐ城を明け渡せ!」

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