第23話:手討ちと敵討ち
1563年10月2日織田信忠視点・7歳
昨年から今年にかけて、六角や浅井との同盟婚姻を俺に任せた信長は、攻め取った美濃を完全に支配下に置くのに腐心していた。
美濃衆を畏怖させるのは当然だが、叛心までにはいかない手加減が必要だ。
手加減は必要だが、舐められる事は絶対に許されない。
とても難しい事だが、信長は人心掌握が巧みで美濃衆を上手く家臣化して行った。
一方俺は、六角、浅井、三好との同盟婚姻に全力を注いだ。
締結させるのではなく、交渉を引き延ばす事に全力を注いだ。
有利な条件を引き出そうとしているように見せかけて交渉を引き伸ばしながら、君臣間はもちろん家臣同士にも離間の計を仕掛け続けた。
六角義賢と六角義治、二人についている家臣同士が争うようにした。
浅井久政と浅井長政、二人についている家臣同士が争うようにした。
六角義賢の重臣が六角義治の縁談を邪魔しているという噂を流した。
六角義賢の重臣が、斉藤家との縁談に続いて織田家との縁談も邪魔しているという、質の悪い噂を流したのだ。
六角義賢の重臣が、愚かな六角義治を廃して六角義定を当主にしようとしていると言う噂まで流した。
浅井久政の重臣が浅井長政の縁談を邪魔していると言う噂を流した。
浅井長政を嫌っている浅井久政が、浅井長政を謀殺して次男の政弘を当主にしようとしていると言う噂を流した。
六角義治が目障りな老臣を排除しようとしていると言う噂を流した。
浅井長政が目障りな老臣を排除しようとしていると言う噂を流した。
六角家と浅井家が内輪で争うように仕向けた。
六角家と浅井家の家臣で将来引き抜けそうな者は、銭を惜しまずに贈り物をした。
普通なら相手も警戒するのだが、同盟婚姻交渉中は油断する。
叔母上の味方になってもらうためだと言えば、相手も受け取りやすくなる。
一度繋がりができてしまえば、同盟縁談が破談になってもやりようがある。
銭を惜しまなければ、よほどの硬骨漢でなければ篭絡できる。
俺が全力で稼ぐ銭は莫大だ、調略に使う銭など雀の涙だ。
日々大増強している水軍による海賊行為と交易、通行料の徴収なども莫大だ。
調略や謀略を仕掛けると同時に、定石の兵力増強国力増大も忘れていない。
そんな莫大な銭で買い集めた奴隷が、老若男女合わせて四万人。
槍足軽のような叩き合いはできないし、弓を放つ事もできない。
だが、籠城兵としてなら使える、敵を狙わずに鉄砲を放つ事はできる。
急速に増えた足軽たちが普段食べる麦雑炊は、自給自足できる。
新田開拓を含む直轄領で、これまでの十倍収穫できる麦を春冬の二期作している。
他所よりも好待遇を約束して集めた足軽が六万兵。
指揮官になった伊賀者や甲賀者、牢人集も含めてだが六万の兵がいる。
槍組、弓組、鉄砲組、船手組、黒鍬組の五組に分かれた足軽が六万兵もいるのだ。
ここまで急激に増えたのは、織田家の足軽が他家に比べて好待遇だからだ。
勢力争いに負けた日本中の海賊衆に声をかけて集めたからだ。
船を操れるなら、川賊であろうと漁師であろうと無差別に声をかけて集めたから、ここまで多くの船手足軽を集められた。
織田家だけがここまで多数の足軽を集められたのは、他の大名国衆が足軽に織田家と同じ待遇を与えられなかったのも理由の一つだ。
足軽を使って、足軽が食べる麦と魚を手に入れられるのも大きな理由だ。
稼いだ銭を使う事なく、衣食住を自給自足させられるのが一番の理由だ。
足軽の役目に自給自足につながる機織りと農作業と黒鍬を加えているからだ。
戦国乱世では腹一杯飯が食えるだけで幸せなのだ。
それが、足軽なのにそこそこの武士と同じ飯を毎日食えるのだ。
仕える家に何の恩も縁もない足軽は、簡単に逃げて織田家にやってくる。
そうやって集めた足軽と奴隷を使って、更に新田開拓と溜池造りを行った。
野戦陣地を築く訓練を兼ねて、足軽が那古野城と勝幡城を強化拡張し続けた。
海賊衆を使って内陸水運を整備した。
将来の海外進出も考えて、船酔いをしない足軽は全員船手に配属した。
海と内陸水運を使う事で、大軍を即座に移動させられる体制を整えた。
内陸水運と水軍海賊、鯨狩りと鰯漁に張り付けられる船手足軽が二万兵。
勢子船:八丁櫓の小型軽快な鯨船、最大乗員十五人
網船 :八丁櫓の百石船、最大乗員三十五人
小早船:四〇丁櫓三〇〇石積み、最大乗員八十人
関船 :七二丁櫓五〇〇石積み、最大乗員百五十人
安宅船:一〇〇丁櫓一〇〇〇石積み、最大乗員三〇〇人
俺は数多くの人間を配下にしているが、即座に動かせる人間は限られている。
奴隷四万人は那古野城、勝幡城、飛島城、清州城の守備兵として動かせない。
船手足軽二万も漁と交易、水運を維持するために動かせない。
絶対確実に動かせるのは、直卒の足軽と旗本を合わせた二万兵だ。
残る二万の足軽は戦いに向かないので、塩田や田畑で働いている。
これに徐々に統制できるようになってきた尾張の国衆地侍が一万二千兵だ。
美濃の岐阜城には信長が直率する足軽が六万兵居る。
俺が渡す銭を使って、信長も牢人、地侍、野伏、足軽を集めた。
その中には俺が手元に置くのは危険と判断して移籍させた二万の足軽もいる。
滝川一益が北伊勢の小領主たちを調略したが、六角義賢の甥、梅戸実秀が六角家の力を背景に圧力をかけているので、あまり上手く行っていない。
だが、完全に支配下に入れられなくても良いのだ。
使者が受け入れられる、話ができる状態を保つ事が大切なのだ。
何度も話をした者がいる事で、何かあった時に配下に加えられる。
俺は地道に力を蓄えながら、じっと史実通りの大事件が起きるのを待った。
毎日内陸水運の整備してその時を待った。
「若殿、六角右衛門督が後藤但馬守を誅殺いたしました」
勝幡城本丸奥詰めの女中が顔色を変えて飛び込んで来た。
六角家に潜入させている甲賀衆が、伝書鳩を使って緊急連絡をしてきた。
重要な情報を扱う本丸の伝書鳩係は、甲賀衆の子女が務めている。
彼女らには、六角家に内紛を起こさせるから、どのような情報が送られてきてもおどろくなと言ってあったが、意味がなかったな。
「馬引け、六角を攻め滅ぼす!」
「「「「「はっ!」」」」」
側に控えていた近習の半数が部屋を出て行く。
誰が伝令を務め、誰が俺の護衛を続けるのかは前もって決めてある。
ドーン、ドーン、ドーン、ドーン、ドーン
総登城、総出陣の大太鼓が叩かれる。
即応体制をとっている部隊から順番に勝幡城を出陣する事になっている。
どれほど急いでも、勝幡城にいる足軽が一斉出陣する事はできない。
軍船を大量に建造したが、安宅船や関船、小早船でも川を遡るのには限界がある。
上流に行けば行くほど船が小型になり、輸送できる兵数が減る。
少数の奇襲で勝てるなら騎馬隊だけで先行するが、今回は少数の奇襲では勝てない、早い方が有利だが速さ以上に兵数が大切になる。
できるだけ早く、できるだけ多くの兵を集めないといけない。
できるだけ早く、できるだけ多くの六角家家臣団に、殺された後藤但馬守の敵討ちを支援する出陣を見せつける。
六角家では絶対に織田家に勝てないと思わせる。
この好機を利用すれば、無能な六角右衛門督が有能な後藤但馬守を妬んで謀殺した機会を利用すれば、六角家を見限っても面目を失わないと思わせる。
そのために、噂を広める役目の騎馬隊を小早船に乗せて川を遡らせた。
岐阜城の信長にも伝書鳩と伝令を送った。
同時に那古野城、清州城、飛島城にも伝書鳩と伝令を送った。
この時のために、騎兵を使って伝書鳩を毎日各地と送り合っているのだ。
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