第20話:新たな資金源

1563年3月2日織田信忠視点・7歳


「半兵衛、どう思う?」


「とても良き策だと思います」


 側近の一人に加えた竹中半兵衛重治が打てば響くように答えた。

 織田家が美濃を治めるようになって、大半の美濃衆は岐阜城の信長に仕える事になったが、半兵衛などの一部の者は信長に頼んで俺付にしてもらった。


 しばらく言動を見ていたが、史実で語られている半兵衛に近い。

 完全なイメージ通りではないが、大きな違いはない。


 初名の重虎を重治に改めているから、武よりも智に重きを置いているのだろう。

 いや武でも智でもなく、領地を治めるためなら何でもする覚悟なのかもしれない。


「明国に売られている粗銅や銀を全て買い集める良き方法はあるか?」


「管九郎様も考えておられるでしょうが、これまで通り生駒家を通じて買い集める方法が一つです」


「ふむ、他の方法は何だ?」


「管九郎様が整えられた水軍、水軍衆を使って直接交易する事です」


「私もやらせる心算だったが、途中で戦いになる事を恐れている、どう思う?」


「はい、確かに各地の海賊衆と水先案内をめぐって争いになるでしょう。

 多少の案内料はしかたありませんが、あまりにも多くの案内料を取られたら、西国にまで水軍衆を送る意味がありません。

 こちらで勇魚を狩らせる方が多くの利を稼げます」


「半兵衛の申す通りだ」


「管九郎様はどのような策を考えておられるのですか?」


 俺は朝廷、帝を利用して水先案内料を払わない策を考えている。

 半兵衛が同じ策を思いついているか確かめたい。


「私にも腹案はあるが、半兵衛と同じなのか確かめたい、先に言え」


「管九郎様は飛鳥井家を通じて帝と繋がろうとされていますよね?」


「その通りだ」


「勅使という名目を得て、水先案内料や関料を払わない策ではありませんか?」


「よくぞ見抜いた、その通りだ」


「その利を公家や朝廷にばら撒く事で、公家や朝廷を味方につける気ですね?」


「その通りだ、その通りだが、それだけか?」


「困りました、帝や朝廷を利用する以上の策は思いつきません」


「小銭を稼ぐ策でもよい、塵も積もれば山となる」


「そうですね、国衆地侍に縁を利用する方法もあります。

 源氏や平家、南朝の繋がりを持ち出す方法もあります。

 それと、管九郎様の策で日ノ本中から貧民や浪人者が集まりました。

 その中には、足軽大将にまで出世した者もいます。

 その中には海賊衆と縁があり、話をつけられる者がいるかもしれません」


「そうだな、確実な策ではないが、清廉潔白な帝が勅使を認めて下さらなかった場合は、家臣の地縁血縁を使って、少しでも水先案内料を少なくするしかない。

 西国に行って粗銅や銀を買い集める策はそれで良い。

 銭造り、鋳造の職人だが、数は確保できたか?」


「管九郎様が集められた奴隷や貧民、牢人の中にそれなりの数の職人がいました。

 他にも高田派と佛光寺派を通じて、寺が囲っていた職人を集めました。

 飛鳥井家と山科家も縁のある職人を送って来ました」


「数はいるようだな、問題は質だ、思っていた精度の銭を造れそうか?」


「管九郎様が熱田大明神から授かられた技は素晴らしいです。

 あの出来栄えなら、誰も私鋳銭とは思いません」


「では、今集まっている職人と材料で造れるだけ銭を造れ。

 その差配は全て半兵衛にまかす」


「御任せ下さい、ご信任いただき感謝の言葉もございません」


 この世界を俺の望むように変えるには、資金源は多ければ多いほど良い。

 俺の知識で再現できる、この世界で銭を稼ぐ方法、それを全て行う。

 稼ぐだけでなく、明と南蛮に流れてしまっている日本の富を止める。


 この時代の日本の鉱山は、まだ精錬技術が未熟だ。

 合吹き、南蛮絞り、灰吹きのどれも使われていない。

 そのため日本産の粗銅には、それなりの量の金銀が含有されている。


 その事を知っている明や朝鮮の商人は、日本の安い粗銅を買って精錬を行い、金銀を取り出し利益を手にしていた。


 日本の富を明や朝鮮の下劣な商人に奪わせない!

 有り余る銭を使って日本中の粗銅を全部買い占める!

 日本中の鉱山を直轄するまでは、他に方法がない。


 だが、幾ら日本中の粗銅を買い占めるとはいえ、俺の望む軍資金には足りない。

 鉱山から産出される金銀銅の量が限られているからだ。

 それよりは、交易の方がはるかに多くの利が得られる。


 二万もの兵力を数える織田水軍の艦船を交易に使えば、莫大な利が得られる。

 平和になった江戸時代ですら、物価差や為替差で莫大な利になったのだ。


 千石船一隻がひと航路するだけで、千両もの利になった。

 戦国乱世の時代なら、地域の物価差と為替差は江戸時代よりも激しい。

 それを上手く利用できれば、千両どころか二千両は利が得られる。


 為替差の中でも江戸時代に無かったのが、複数の銭による銭相場の違いだ。

 江戸時代にも銭相場の違いで大きな利を得た千石船はあった。


 だがそれは、地域による金貨と銀貨と銅銭の相場差を利用した為替相場利益だ。

 だが今は、銭が寛永通宝に統一されていないので、銭だけの為替差がある。


 複数の宋銭と明銭、明と日本の私鋳銭などが同時に使われている。

 その雑多な銭が、地方によって独自の相場をつけている。

 将軍大名は宋銭以外を禁止しているが、現実の銭不足がそれを許さないのだ。


 二十年ほどまえ、武力も財力もある大和の興福寺が宋銭と永楽銭を対等に評価するまでは、永楽銭は私鋳銭と同じように扱われていた。

 良質な宋銭1枚に対して永楽銭10枚で取引されていた。


 それが今では、東日本では宋銭よりも永楽銭が尊ばれている。

 西日本、博多では宋銭1枚と永楽銭4枚が同価値になっている事が多い。

 東国、関東では宋銭4枚と永楽銭1枚が同価値になっている事が多い。


 日によって、取引相手によって大きく相場が変わる事もある、難しい取引だ。

 自分の主な商業圏が何所かによって、支払いに要求する銭を選ぶ事になる。


 この時代、尾張は東国に含まれ永楽銭が尊ばれている。

 とはいえ、多くの大名は今でも永楽銭以外の鐚銭使用を禁じている。

 だから銭不足になり、大切な兵糧である米を銭代わりに使う。


 史実の信長は、京を支配下に置いた時にそんな状態を何とかしようとした。

 全ての銭が使えるように銭の為替レートを定めていた。


 東国に含まれる尾張や美濃の相場ではなく、京で使われていた銭相場を基準に定めて、天下を治める経済政策を行っていた。


 宋銭や永楽銭のような良質な銭を基準銭にして、他の銭の価値を定めた。

 宣徳銭などは1/2の価値にされた。

 破銭などは1/5の価値にされた。

 南京銭などは1/10の価値にされた。


 尾張よりも東国に領地があった徳川家康は、信長よりも永楽銭贔屓だった。

 江戸幕府を開いた徳川家康が寛永通宝を造る前に定めた為替レートは。

 金1両=銀50匁=永楽通宝1000文=鐚銭4000文だった

 

 徳川家康が寛永通宝を造ってから定めた為替レートは

 金1両=銀50匁=寛永通宝4000文(4貫)だった

 

 史実の信長は、銭が主流だった通貨に金銀も加えるように命じている。

 米を銭代わりに使っていては飢饉になるので、金銀も使うように命じた。

 特に商人や権力者には、一定以上の売買には金銀を使えと命じた。


 その時の交換レートが金1両=銀7・5両=銭1500枚だ。

 もちろん銭は基準銭の事で、鐚銭なら1万5000枚になる。

 信長時代も江戸幕府初期も、江戸中期以降よりも銭の価値が高い。


 だから俺は、後に基準銭に仕えるくらい良質な私鋳銭を造る。

 買い集めた粗銅を使って良質な宋銭と永楽銭の二種を造る。


 その銭で金銀を買い集めておけば、後に莫大な利益になる。

 今基準銭を造れば造るほど莫大な利益になる。


 とはいえ、天下を統一するまでは公式な銭の鋳造はできないから私鋳銭になる。

 その私鋳銭を使って戦国の銭不足を解消したうえで、莫大な利を手に入れる。


 良銭が少なく、将軍と大半の大名が撰銭で良銭以外の使用を禁じているから、銭不足でデフレーションになっているのを利用する。


 博多などの西日本では宗銭を使って米などを買う。

 小田原などの東日本では永楽銭を使って米などを買う。

 造った宋銭と永楽銭で日本中の米や戦略物資を買い占める。


 良銭1枚で手に入る鐚銭10枚を熔かして良銭に造り変える。

 その良銭を使って更に買い占めを行えば、インフレになる。


 尾張美濃がインフレになったら、収入が一定の敵は相対的に国力が激減する。

 蓄えていた軍資金の価値が激減する。


「半兵衛、今一度京を中心とした銭相場を調べてくれ。

 京周辺で使われている全ての銭の相場、交換比率を調べてくれ。

 それを基準にして、尾張と美濃で銭を使う時の相場を決める。

 水軍海賊衆が日本各地で商いをする時の銭相場を決める」


「承りました、手の空いている家中の者を使って調べさせます」

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