第19話:誘致と調略

1563年1月15日織田信忠視点・7歳


「父上、本願寺派一向衆との戦いに備えたいのですが、宜しいですか?」


 俺は正月を祝うために年末から岐阜城を訪れ滞在し続けている。

 主な家臣が入れ代わり立ち代わり信長と俺に挨拶しに来る。

 普段は尾張にいる連中も、信長に挨拶するためにやってくる。


 その忙しい合間を縫って話し合う時間を作ってもらった。

 天下を統一するための計画を話し合う。


 三好、六角、浅井に対する謀略は順調だが、天下統一を阻む敵は他にもいる。

 史実で最も信長を苦しめたのは他の誰でもない、本願寺の一向衆だ。


 全て順調なので、計画を更に前倒しする。

 前倒しできるなら、やれる事が格段に増える。

 やり方次第では、史実では敵になる武将を家臣にできるかもしれない。


「どのように備えるのだ?」


「本願寺派と敵対している浄土真宗を尾張と美濃に迎えます。

 尾張と美濃で廃れている寺社を与えて支援します。

 長島の一向衆が攻め込んできた時に、一部を味方につけ寝返らせます」


「ふむ、当然の策だが、銭はどうする?」


「奴隷と足軽は十分集まりました、今後は質を重視します。

 奴隷を買い集めるのは止めます。

 向こうから集まって来る者以外は召し抱えません。

 これまでと変わらない扶持ですむなら、寺社を再建する程度の銭は余裕です。

 それで悪辣非道な本願寺派を潰せるなら安いものです」


「菅九郎の勝手向きでやるなら構わん、好きにするが良い。

 だが、本願寺派と敵対する浄土真宗と言っても、どこを誘うのだ?」


「伊勢国一身田専修寺を誘います。

 本願寺派が専修寺の権僧正を返上させようとして、幕府に訴えています

 以前から仲の悪かった高田派と本願寺派ですが、今では殺し合いになるほどと激しく争っています。

 その高田派ですが、内部で激しい権力争いがあります。

 伊勢国の一身田専修寺と下野国の高田専修寺が本山争いをしています。

 味方につけるなら、遠い下野高田専修寺よりも一身田専修寺です。

 何より、強い奴と組むと図に乗るかもしれません、弱っている宗派が良いです。

 こちらが呼んだ以上、無闇に潰せませんから、強すぎない方が良いです」


「ふむ、分かった、一身田専修寺を尾張と美濃に迎えても良い」


「お待ちください、他にも迎え入れたい浄土真宗があります」


「ほう、複数の浄土真宗を迎えて牽制させるのか?」


「はい、高田派一身田専修寺一党が付け上がらないようにします。

 高田派から分かれた佛光寺派も尾張と美濃に迎えたいのです」


「本当に牽制し合うのか?

 手を取り合って一揆を起こしたりしないだろうな?」


「その可能性が全く無いとは言いませんが、父上と私が飛鳥井家を支援すれば、大人しくしていると思います」


「飛鳥井家だと、高田派と佛光寺派は飛鳥井と関係があるのか?」


 おっと、飛鳥井家とは信秀の時代から交流があったのだが、知らないのか?

 信長は興味の有無で知識量に極端な差があるからな……慶弔も家臣任せだったか?

 史実でも、親王しか名乗れない上総守を名乗っていたくらいだし……


「高田派一身田専修寺一党を率いる専修寺十二世尭慧は飛鳥井権大納言の次男です。  

 佛光寺十六世経範の妻は飛鳥井権大納言の長女なのです」


「なんだと、尭慧と経範は義兄弟なのか?」


「はい、こちらが隙を見せず、飛鳥井家を抱き込めば、一揆を起こさせないように操れると思っております」


「……それだけか、他にも意図があるのではないか?」


「さすが父上、他にも意図がございます」


「何を企んでいるか言え」


「はい、飛鳥井権大納言には子息子女が多く、多くの寺や国衆に送り込んでいます。

 尭慧と経範以外にも、安居院僧正の覚澄、伊豆修善寺住持の宗禎、最勝院の八幡橋本、報恩院の水本などの子息がおられます。

 子女には、近江朽木に嫁いだ次女、山城狛家に嫁いだ三女、十河孫六郎殿の側室となった四女、何より五女の目々典侍殿が帝の寵愛を受けておられます。

 ただ寵愛を受けているだけではありません、女王を生んでおられます」


「祝いの品を送ったから、姫の一人が典侍になっていたのは知っている。

 女王をお生みになった事も知っている。

 いずれは利用する心算だったが、今から利用するのか?」


「はい、利用します。

 尭慧殿と目々典侍殿は実の兄妹、経範殿と目々典侍殿は義理の兄妹になります。

 いきなり目々典侍殿に近づくと帝に警戒されてしまいます。

 ですが、尭慧と経範に近づき話していて、飛鳥井家の苦境を耳にして支援する。

 姫君を尼にしたくない目々典侍殿に頼まれて支援する。

 これならば清廉潔白な帝もお怒りにならないでしょう」


「くっ、くっ、くっ、くっ、良く調べた、自ら好機を作り出そうとする姿勢やよし。

 よかろう、全て菅九郎に任せる、好きにするが良い。

 勝手向きが苦しくなるようなら、余に渡す分を減らしても良いぞ」


「ありがとうございます、そのような時には甘えさせていただきます。

 ですが、海賊衆を使った勇魚狩りと鰯漁、交易で利が増えております。

 特に鯨狩りと鰯漁は、伊勢三河遠江駿河まで狩場が広がっております。

 四倍とは申しませんが、三倍近くの獲物が手に入っております」


「ほう、だが余に渡す銭は二倍程度にしか増えていないぞ?」


「売る量が増えているので、鯨と鰯の値が下がっているのです。

 兵糧に使う塩鯨や塩鰯の現物なら渡せますが、銭は無理です」


「そうか、分かった、軽く言っただけで疑った訳ではない。

 余に渡す銭は、利が多くなってもこれまで通りで良い」


「はい、そのようにさせていただきます。

 尭慧殿と経範殿は私が尾張美濃に誘いますが、父上には飛鳥井家と朽木家に手紙を送っていただきたいのです」


「飛鳥井家は分かるが、朽木家もなのか?」


「はい、それほど力のある国衆ではありませんが、将軍家の側近なのです。

 先々代の民部少輔殿は内談八人衆を務め、御供衆にまでなっております。

 将軍家を確実に滅ぼすのなら、側近を寝返らすべきです」


「先々代だと、民部少輔殿はかなり高齢なのか?」


「はい、民部少輔殿は高齢で、嫡男が討死され、嫡孫が跡を継いでいます。

 ですが、民部少輔殿の次男三男四男が将軍の側近になっています。

 朽木家を取り込めば、その縁を通じて将軍家の内情を知ることができます」


「分かった、権大納言殿とは父上の代からの付き合いだ。

 長年に渡って縁をつないできた、その気になれば深い話もできる。

 生活の保障をすると言えば、家族を連れて下向してくるだろう」


「権大納言殿が下向を望まれても断ってください。

 銭や物を送るので、京に留まってもらった方が助かります」


「そうだな、その方が役に立ってくれるだろう。

 分かった、権大納言殿との付き合いは余がやる。

 費えの心配はしなくていい。

 その代わり、足軽に喰わせる塩鰯を増やせ」


「はい、毎日の伝令と一緒に送ります」

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