第18話:婚姻政策と謀略

1562年10月22日織田信忠視点・6歳


「菅九郎、六角家と浅井家の両方から同盟の申し込みが来ている。

 同盟を結ぶとなると、妹の誰かを嫁がせる事になる。

 織田家の嫡男として、どちらと同盟すべきだ、答えよ」


 定期的な挨拶の為に岐阜城に行くと、真剣な表情の信長に問われた。

 まだ幼い俺だが、元服させたからには嫡男として一人前に扱うと言う事だろう。


「父上が天下を望まれるかどうかで違ってきます。

 将軍家を滅ぼして新たな幕府を興すのか、細川や三好、鎌倉の北条のように将軍を傀儡にするのかでも違います」


「将軍家を滅ぼす気はない、細川や三好のようにやる」


「私は新たな幕府を開きたいです」


「それは、将軍家を滅ぼすと言う事か?!」


「天下を麻のように乱したのは足利です。

 将軍の座を巡って足利が争ったからです。

 天下の事など全く考えず、私利私欲で争ったからです。

 恣意的に三管領四職の家督に介入して、親兄弟を争わせたからです。

 そんな足利に天下を治める資格はありません」


「私が支えても無理か?」


「無理です、断言します、足利は必ず我が家の家督に介入してきます。

 父上と私を争わせようとするのはもちろん、茶筅丸や三七、或いは於勝丸を後継者にせよと命じて、織田家の親兄弟を争わせようとします」


 父上は、全弟の信勝を殺さなければいけなくなった事に怒りを覚えている。

 自分たちが利権を手に入れるために、下剋上の可能性を高めるために、信勝を諫めるどころか煽った林たちに恨みを持っている。


「……兄弟が家督を巡って争うほど愚かな事はない」


 全弟を殺す羽目になった信長なら分かってくれる。

 子煩悩な信長なら、俺に弟を殺す苦しみを味あわせないように、自分が下剋上の汚名を着る方を選んでくれる。


「これまで将軍家や幕府がやってきた事を見れば、その愚かな事を仕掛けてきます」


「何としても将軍家を滅ぼさなければならないのか?」


 俺には分からないが、主君を裏切るのは心理的な苦痛が大きのだろう。

 信長は、できる事なら足利将軍家を支えたいと思ってたと言う説があったな。


 斯波義銀も足利義昭も、向こうが攻めて来るまでは傀儡に留めていた。

 向こうから攻めるように仕向けた可能性もあるが、実際はどうだろう?


 前世の俺の立場に置き変えたら、どういう状況になるのだろう?

 天下の為に皇室を廃した方が良い場合、俺は決断できるただろうか?

 ……信長の事を優柔不断だとは言えないな。


「滅ぼさなければ天下が治まりません、戦国乱世を終わらせる事ができません。

 それとも、細川家のように幼君を担いで好き勝手されますか?

 恣意的に将軍の首を挿げ替えられますか?」


「愚かな将軍から権力を奪い傀儡にするのも、将軍家自体を滅ぼすのも、後世に悪名を残すのは同じか……分かった、腹をくくって将軍家を滅ぼす事にする。

 だが、将軍を奉じる事無く天下を治めるのは難しいぞ?」


「父上が覚悟を決めてくださるなら、全力でお支えします」


「ふん、それも熱田大明神のお告げか?」


「いえ、私の覚悟でございます」


「それで、六角と浅井、どちらと同盟を結べば天下を手に入れられる?」


「どちらとも手は結びません。

 近江は京を抑えるのに絶対に必要な地です。

 六角も浅井も滅ぼすべき敵でございます」


「ほう、では同盟の申し出を断るのか?」


「私を試す必要はありません、父上も分かっておられるでしょう?

 将軍家、六角家、浅井家を滅ぼして天下を手に入れるのです。

 表では両者と同盟婚姻の話をし、裏では滅ぼす準備をします。

 同盟交渉で人を送り、六角と浅井の家中を探ります」


「形だけ同盟して妹たちを送り、内から蝕むとは言わぬのか?」


「父上がそのような手段を嫌っておられるのは知っております。

 私も、叔母上たちが人質だと思うように戦えません」


「それならよい、実際に婚姻を結ばないのなら良い。

 最初から六角と浅井を滅ぼす気で同盟の話を進める、それで良いな?」


「はい、それで良いです、私が責任を持って両家を滅ぼしてみせます」


「ふん、そこまで言うのなら両家の事は菅九郎に任せる、好きにせよ」


 信長に任されたので、滝川久作こと滝川一益と木下藤吉郎を、俺個人の使者として六角家と浅井家に送った。


 信長の正式な使者は、家臣の格の問題もあり、林にやらせるしかない。

 それに、そういう外交の駆け引きは林の得意分野だ。


 林だと、織田家の利益よりも自分の利益を優先するかもしれないが、家柄の良い六角家への使者は一番家老の林にやらせるしかない。


 六角家の実権は隠居した六角義賢が握っており、林が交渉する。

 浅井家の実権も隠居したはずの浅井久政が握っており、林が交渉する。


 当主になっているのに権限を制限されている、六角義治と浅井長政に滝川一益と木下藤吉郎を送り、その能力と家中の人間関係を探らせる。


「久助、実家を含めた甲賀衆に接触して、六角家中の事を調べてくれ」


「やり過ぎると、こちらが探っている事を六角家に悟られてしまいますが、宜しいのですか?」


「構わない、話を聞く相手には、どちらと同盟すべきか悩んでいると言ってくれ。

 六角家か浅井家か、同盟相手を決めかねていると言ってくれ。

 叔母上が嫁いだ時に、六角家中の誰を頼るべきか知りたいと言え」


「なるほど、同盟を結んで人質同然に姫君を嫁がせるなら、家中の状況を調べない方がおかしいですな」


「そうだ、同盟や婚姻の為に調べていると言えば、知られても問題ない。

 話さえ聞ければ、話し方で真実が噓か見抜けるであろう?」


「はい、話を聞く相手と回数が多ければ多いほど、真実に近づけます。

 甲賀から来た者全員に、実家や知人縁者に両家の事を聞かせます」


 織田家の待遇が良いので、結構な数の甲賀衆が仕官している。

 その全員が、成り上がりたくて本気で情報を集めてくれた。


 織田家が六角家を攻める目的で調べさせているなら、織田家の甲賀衆も抵抗があっただろうが、今回は六角家と同盟や婚姻を結ぶためだ。

 織田家に仕える甲賀衆も六角に仕えている甲賀衆も、たくさん話してくれた。


 ただ、織田家と六角家を同盟させたい甲賀衆は、六角で好い待遇を受けている甲賀衆は、六角家に不利になるような情報は口にしないし、良い事ばかり言って来る。


 六角から離れて敵対した浅井家を悪しざまに言う。

 野良田の戦いで浅井に敗れた六角の甲賀衆は、浅井の悪口ばかり言う。


 だが、六角家や六角の家臣家で冷遇されている甲賀衆は、本当の事を言う。

 色々な話を総合すると、六角義治が無能なのは史実通りだった。

 浅井長政が勇猛果敢なのも史実通りだった。


「父上、大切な話があります」


 俺は岐阜城に行って、父上に大切な相談をした。


「なんだ、何なりと申せ。

 二人同時に殺される事を警戒して、できるだけ同じ場所にいないようにしている菅九郎が、定期的な挨拶以外でここに来るのは、よほどの事なのであろう?」


「はい、私や父上から申し込んでいるとは思われないように、三好家との同盟や婚姻を進められませんか?」


「今京を押さえている三好家は滅ぼさないのか?」


「本気で同盟する気はありません、六角と浅井を滅ぼした時に、直ぐに三好が攻め込んでこないように、話ができるようにしておきたいのです。

 いずれは三好も下す気ですが、今は戦わない方が良いと思っています」


「分かった、織田家と縁のある公家を通じて話をする」


 飛鳥井雅綱と山科言継を頼る気だろう。

 あの二人なら上手くやってくれるはずだ。

 三好と交渉している時期に六角と浅井を滅ぼしたい。

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