第17話:家臣統制

1562年4月22日蜂須賀小六視点


「若殿から川筋を治めるように命じられた海賊大将、蜂須賀小六だ。

 今日からは俺の指示に従ってもらう、分かったな?」


 若様、菅九郎様の命を受けて、味方の足軽を殺して手柄を盗んだと思われる、揖保川沿いの川賊本拠地を急襲した。


 逃げられないように、千貫文の褒美を受け取った川賊の後をつけて来た。

 若様はとても慎重で、川並衆だけでなく斉藤新五郎殿率いる五千兵も一緒だ。

 五千兵の大半が足軽で、揖保川川賊に仲間を殺されて怒り狂っている。


「何を言っていやがる、俺様は斉藤龍興の首を取ったのだぞ。

 菅九郎様から千貫文もの褒美をいただいているんだぞ。

 小六如きの下につけられる謂れはない!」


「ふん、愚か者が、本当は逃げ首になど大した価値はない。

 それに、千貫文程度のはした金、若様には何の価値もない。

 銭で城が取れるのなら、万金であろうと惜しまれないのが若様だ。

 本当に武功を賞される時は、一時の褒美ではなく扶持を与えられる。

 何より、若様はお前が首を盗んだ事などお見通しよ。

 素直に組下に入るのなら生かしてやるが、逆らうなら皆殺しにする」


「やかましいわ、殺せるものなら殺してみやがれ!」


 揖保川川賊の頭が粋がって咆えたが、愚かの極みだ。

 これまで美濃を治めていた守護や大名、力のある国衆も、俺達のような川賊を従えられなかったから、織田家も同じだと思っているのだ。


 いや、直接褒美を渡されたのが幼い若様だから甘く見たのだ。

 ふん、全く何も分かっていない、若様の恐ろしさを分かっていない明き盲だ。


 若様の側近くに仕える事になったから分かる、若様は並の武将ではない。

 毎日完成する戦船の艦隊を見ているから分かる。

 日々数百も増えていく足軽を見ているから分かる、若様は天下を治める大将だ。


 暴れ川で船を操れたとしても何の意味もない。

 こいつらは、川に出れば長島に逃げ込める、公界に逃げ込めると思っているのだろうが、若様はそんな甘い考えを許さない。


 そもそも、川に出る前に五千の足軽に包み込まれて皆殺しにされる。

 神の気まぐれで川に逃れられたとしても、二千の鉄砲で撃ち殺される。

 川に潜って逃れようとしても、川下には佐治水軍が待ち構えている。


 いや、佐治水軍や斉藤新五郎殿に手柄を奪われる訳にはいかない。

 この程度の命を失敗したら、組頭の役目を免ぜられる。

 ただの地侍、川賊に戻ってしまう。


 いや、あれだけの戦船を持たれる若様が川賊を野放しにする訳がない。

 織田家の権威を高めるためにも、川筋の利権は織田家が独占するだろう。


 その心算だから、俺たちを高禄で召し抱えられたのだ。

 揖保川川賊の討伐を我々川並衆に命じられたのも、無言の圧力なのだ。


 欲張り過ぎたら、何か理由をつけて始末されるに違いない。

 俺たち程度の集まりでも、邪魔になる味方は密かに始末してきた。

 尾張と美濃を治める若様や殿なら、俺たちが邪魔になったら必ず始末する。


「よく言った、自分が吐いたツバは自分で飲め!

 若様の命に従わない謀叛人を殺せ、手柄を立てた者は若様に推挙する」


「「「「「「おう!」」」」」


1562年5月5日織田信忠視点6歳


「若様、川筋の権利一切を織田家に御預けさせていただきます」


 俺の謎かけを見抜いた蜂須賀小六が言った。

 尾張美濃両国を治めるようになった織田家が、川筋を自由に使うためなら、どのような悪辣非道な手段も厭わない事を、言葉にする事なく分かってくれた。


「そうか、よく言ってくれた、その心意気は疎かにしない」


 斉藤龍興を討ち、美濃の旗頭となる者を滅ぼした織田家は、大した抵抗ができない弱小国衆地侍を潰して、直轄領を増やしたいと思っている。


 情と謀叛を無視できるのなら、俺も信長も信用できない国衆地侍は全員潰したい。

 だが不安や恐怖で一斉蜂起されたら、使い道のある国衆地侍まで潰す事になる。

 世界に討って出る時に使える国衆地侍まで潰す訳にはいかない。


 そんな想いを心に秘めながら、美濃衆尾張衆に褒美を与えた。

 安全を確保するために潰すのではなく、思い上がる危険はあるが、恩を与えて奉公させる、忠誠心を養う伝統的な方法を使った。


 俺が川並衆に高禄を与えた理由を見抜いた者は少ないが、いない訳ではない。

 その数少ない一人が蜂須賀小六だ。

 こういう有能な者を抜擢して上手く使ってこそ大将の器だ。


「有り難き幸せでございます」


 本当はもっと時間をかけて歴史を変える心算だったが、好機が巡って来るのだ。

 当初の計画を十年前倒しできたのだ、一気呵成にやった方が良い。


「城地を明け渡せとは言わぬ、船を持つ事も漁をする事も認める。

 川筋を渡る通行料を取るのを禁じるだけだ」


 この世界でも、史実と同じような事が周囲の敵に起こるかもしれない。

 それが起きるとしたら、羽柴秀吉の中国大返しくらいの行軍速度を発揮したい。


「はっ、御下命は他の者たちにも伝え守らせます」


 今は戦国乱世で、陸は悪路ばかりなのだ。

 敵に攻め込まれないように、道を整備しないから、行軍し難いのだ。

 大軍を素早く移動させるためには、水運を利用するしかないのだ。


「通行料を失う分は、一族の者を旗本として召し抱え、扶持を渡す。

 一族を配下にしておきたいのなら、扶持を増やすから家臣とせよ。

 どちらでも好きな方を選ぶように伝えてくれ」


 大軍を素早く移動させるには、織田家が水運を握っておく必要があった。

 単に握るだけでなく、織田家全軍を移動させられるように整備する。

 内陸水運整備や洪水対策をするだけでなく、運河や治水用水道を造るのだ!


 木曽三川などを大軍を乗せた船で遡る時は、馬や牛にひかせる予定だ。

 尾張美濃を縦横無尽に移動できる内陸水運網を築くのだ。

 何時裏切るか分からない国衆や地侍に、水運を握らせておくわけにはいかない。


「承りました、川並衆全員に伝えておきます」

 

 どの大名国衆が大失敗するのかを知っているのなら、そこまでする必要はない。

 大軍を率いて移動しなくて良いように、史実の織田信長のように、敵の側に居城を移せ、主力軍を配備しておけ、と言うかもしれないが、そうはいかないのだ。


 そんな事をしたら敵を警戒させてしまう。

 史実通りの大失敗をしてくれないかもしれない。

 それでなくても織田家の大躍進で史実が大幅に変わっているのだ。


 普段は、信長が岐阜城と改名した稲葉山城、那古野城、勝幡城、清州城に大兵力を駐屯させながら、狙いの敵が史実通りの失敗をしたら一気呵成に攻め込む!


 その時に伊勢長島の一向一揆衆が尾張に攻め込めないようにしておく。

 敵が史実通りの失策を犯さなかなかった時は、安全確実に北伊勢を調略する。

 弱小領主が密集する北伊勢は、大軍を送れば簡単に落とせる。


 いや、史実では滝川一益の調略で味方にできたが、あいつが史実通りの大失敗をしでかさなければ、北伊勢の小領主たちもそう簡単には調略に応じない。

 露骨な調略をしたら、あいつが大失敗を犯す前に大軍同士のガチンコ勝負になる。


 ガチンコ勝負になれば、兵数も大切だが個々の能力や士気も無視できない。

 不利になったら直ぐに逃げる足軽中心の織田軍は、どうしても勝負弱い。

 故郷に攻め込まれた農兵主体の敵の方が、粘り強く戦って来る。


 百戦百勝を目指すのではなく、戦わずに勝てる体制を築くべきだ。

 それが無理でも、兵を動かす時には既に勝負がついているようにする。


 どうしても戦わなければいけない時は、斉藤龍興を滅ぼした時のように、敵の大半を裏切らせてから戦う。

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