第14話:水軍海賊衆と奴隷
1561年11月25日稲田太郎左衛門植元視点
「太郎左衛門、船大工たちはどうしている?」
義兄の蜂須賀小六が遠くから声をかけて来た。
川並衆とも言われる、木曽川沿いに勢力を持つ国人地侍たちも一緒だ。
川並衆は菅九郎様に望まれて勝幡城に移住してきた。
高い扶持を与えられたので、本貫地を親兄弟や子息に預けて移住してきた。
飛島城が完成した暁には、水軍海賊の番衆となる約束までして頂いている。
「必死で造っております、菅九郎様の期待に応えられそうです」
「太郎左衛門はそのまま船大工を差配してくれ。
俺は配下に付けられた足軽たちを一人前の水主にしなければならん」
義兄たちも多くの足軽組を預けられて必死になっている。
譜代の旗本衆に匹敵する扶持をいただき、二十人から百人の足軽を預けられた。
それだけの待遇を与えられた分、成果を出さなければ面目を失う。
いや、戦国乱世にそんな建前など何の意味もない。
召し放たれて高禄を失うのが嫌なのだ、何としても確保したいのだ。
召し放たれたら元に戻れば良い、なんて言っていられない。
斉藤家が滅びかけている現状では、織田家の役に立ないと思われたら、有力国衆に下につけられ磨り潰されるか、城地を捨てて逃げるしかない。
足軽たちを鍛えるだけでなく、自分たちも強くならないといけない。
荒れ狂う木曽川の激流を読み船を操るのは得意だが、菅九郎様が俺達に望まれている、河口や海での操船は慣れていないのだ。
それに悪い事ばかりではない、立身出世も目の前にぶら下がっている。
菅九郎様は、万の軍船を建造すると言われている。
それが嘘偽りではないのは、勝幡城や熱田湊に集められた船大工の数で分かる。
その全ての船大工に気前よく払われる、莫大な前金で分かる。
万余の戦船が造られるのだ。
勢子船の船頭で終わるのか、安宅船の船大将にまでなるかは自分次第。
いや、安宅船一隻の大将で終わらない、海賊衆の侍大将になってみせる!
「義兄上、私も配下の訓練がしたいです」
「分かっている、明日は別の奴に船大工の差配をさせる。
今日一日だけお前独りでやってくれ」
「分かりました、明日は何があっても訓練しますよ」
沖に百を越える船が見える、旗指物は確認できないが、川並衆以外の海賊だ。
あんな沖まで出ていけるのは、味方なら佐治水軍だろう。
海での船の扱いはあちらの方が上だが、絶対に負けん!
1561年11月30日織田信忠視点:5歳
「籠城する時の事を考えて、濠や船溜まり、泉水で貝を飼う。
寒い時期だ、病にさせないように気をつけながら、奴隷と足軽に貝を集めさせよ。
それと、まだまだ足軽も奴隷も足らない。
漁に塩田に新田開発、綿花作りに肥料作り、全く人が足らない。
少々高くても構わない、奴隷を買い集めよ」
俺の命令に従って、これまでも数多くの奴隷を買っていたが、もっと買い集めた。
前世の人間がこの世界にいたら、俺が何をしようとしているのか分かっただろう。
そうだ、莫大な軍資金を確保できる真珠の養殖をするのだ。
ただ、真珠が養殖できると公言するのは馬鹿だ。
硝石作りと同じように、真似されないようにしなければいけない。
真珠が養殖できるのを誰にも気付かれてはいけない。
まあ、普通に考えて、この世界の人間が真珠を養殖できるとは思わない。
俺が迂闊な事を口にしない限り、真珠が養殖できるとは誰も思わない。
普通の人が考える理由、籠城用の貝を育てると言って集めさせた。
俺が兵糧を重視している事は、敵味方の誰もが知っている。
だから、城内の泉水や濠で貝を育てさせても不思議に思わない。
敵も味方も籠城時の非常食に育てさせていると思う。
幸いな事に勝幡城は河口に近い。
汽水域なので、真珠養殖に最適な阿古屋貝を育てられるかもしれない。
阿古屋貝が駄目でも、黒蝶貝、白蝶貝、マベ貝と試していく。
海の貝が駄目なら、淡水の池蝶貝、カラス貝、川真珠貝などを試す。
いや、順番に試している時間はない、全部同時並行で試す。
川真珠貝は寒い北日本でしか育たないと読んだ事があるが、小氷河期なら、それも奥美濃でなら養殖できるかもしれない。
それに、勝幡城は良くて汽水域だが、新しく造っている飛島城は海城だ。
総構えの土塁は、津波対策用にしたくらい海の間際にあるし、海賊衆が海から城の船溜まりに入れるような縄張りにしてあり、真珠を養殖する場所には困らない。
真珠が養殖できると広まってしまった後は大々的にやらせる。
何時までも秘密にできない事は分かっている。
それに、莫大な富になる真珠の採取は、何時までも遅らせられない。
初年度二年度は育てるだけにするが、大粒が育つ三年後には採取する事になる。
大粒の真珠が採取できる三年後には、養殖ができる事が広まってしまう。
その時は海賊衆の女房子供や、一線を引いた老齢の海賊衆に真珠養殖をさせる。
だが、真珠養殖法が広まるのはできるだけ後の方が良い。
人造硝石と同じように、最低でも五年は秘密にしておきたい。
だからこそ、最初は限られた人間にやらせる。
絶対に城から出さない、奥詰めの奴隷女中に真珠の核入れをさせる。
真珠が養殖できる事が知られても、養殖方法が知られなければ良い。
1561年12月5日奴隷少女視点
「力仕事をさせます、腹一杯食べなさい」
朝起きて直ぐに、怖い顔をした偉い女中さんに言われました。
本当にお腹一杯食べてもいいのです。
言われた通りに食べても叩かれないのです。
これまでは、何をしても怒られ叩かれました。
言う通りにしているのに、罵られて叩かれました。
でもここに来てからは、厳しく言われますが叩かれません。
昨日も一昨日も、三度もご飯が食べられました、それも温かい麦の雑炊です。
これまでは一日に二度、冷めた薄い雑穀雑炊だけでした。
いえ、一度しか食べさせてもらえない時も多かったです。
それが、ここでは一日三度も濃い麦雑炊が食べられるのです。
温かい麦の雑炊を食べたのは、奴隷になってはじめてです。
これまでは冷め雑炊でした、野草が半分以上入った黍や稗の雑炊でした。
それに、食べられるのは大麦雑炊だけではありません。
塩味の強い大きな鰯が、一人一匹食べられるのです。
あんなにはっきりと塩味の感じられる魚を食べたのは、生れて初めてです。
仕事も力仕事と言われましたが、これまでほど重い物は運ばされません。
これまでの方が、重い物を長い時間運ばされました。
しかも、途中で落とすと激しく叩かれましたが、ここでは叩かれません。
ただ、寒いです、若様という方に会うからと、湯あみさせられてから寒いです。
アカと脂が落ちるまでこすり合いをさせられ、髪まで洗わされました。
お湯だったので、その時は寒くなかったのですが、今は寒いです。
でも長くて大きい新しい服をもらえたので、寒いのが少し楽になりました。
これまで着ていたのは、身体の一部を隠すだけのぼろ布の服でした。
奴隷など、そんな服しか与えられないのが普通です。
でも今は、腕も脚も包んでくれる大きな服が与えられます。
更に奴隷なのに草鞋まで与えられるのです、夢のようです。
「ボン、ボン、ボン、ボン、ボン」
木魚の音が聞こえてきて、みんなが一斉に止まりました。
木魚はここに来て初めて聞いたのですが、お寺にもあるそうです。
この音が聞こえると、雑炊が配られるのでみんなが止まるのです。
「止まるな、飯は最後まで運び終えてからだ!」
止まっていた奴隷たち、私を含めた全員が、急いで土を運び始めました。
止まる前より早足になっているのはしかたありません。
塩味の強い鰯と麦雑炊の味が思い出されて、口一杯に唾があふれるのです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます