第13話:築城と奴隷

1561年11月15日織田源三郎広良視点


「気をつけろ、怪我するんじゃないぞ!」

「ぼやぼやするな、じゃまだ、あっちに行ってろ!」

「飯焚きはどこだ、早くしないと間に合わないぞ!」


 飛島村は、管九郎様が塩田を造られる前とは大違いだ。

 私が幼い頃に来た、貧しい漁師村とは思えない喧騒に包まれている。


 菅九郎様が海岸一帯に塩田を築かれて以来、織田家の足軽が常に数多くいる。

 塩田に続いて新たな城を築くと決まってからは、更に人が多くなった。


 私も最初は勝幡城から通っていたが、今では陣屋に住んでいる。

 建てられたのは主だった者の陣屋だけではない。

 清州城や勝幡城に匹敵する足軽長屋が並んでいる。


 兄上が謀叛を起こさなければこのような事にはならなかった。

 兄上が謀叛を起こしてからは、ずっと勝幡城に留め置かれた。


 一時は十九城の城代にまでなり、いずれは城主になれたのに……このまま織田家にいても、もう二度と武功を得る機会が与えられないかもしれない。


「源三郎殿、元気がないようだが、如何された?」


 殿から目付として飛島に派遣されている道家尾張守殿が声をかけて来た。

 二人の息子、清十郎殿と助十郎殿も一緒だ。

 

「いや、特に何もない、元気が無い訳ではない」


「そう警戒されるな、兄上の件で思い悩んでおられるのであろう?」


「あれは兄が悪かったのだ、警戒などしていないし、思い悩んでもいない」


「そう申されるな、みな分かっておりますぞ。

 国衆が上を目指して兵を挙げるのは武門の常。

 それに、親兄弟が敵味方に分かれて殺し合うのも武門の常。

 十郎左衛門殿が兵を挙げたからと言って、源三郎殿が咎められる事はない」


「……ですが、私は城代を免ぜられて……」


「それは十郎左衛門殿が犬山城で力を振るっていたから仕方なくだ。

 十郎左衛門殿が甲斐に逃れた以上、もう源三郎殿を使わない理由はない」


「ですが、兄から調略が入ると思われるのではありませんか」


「はっはっはっはっ、そんな事を気にしていたら、今の世は生きていけませんぞ。

 菅九郎様が新たに召し抱えられた者たちを思い出してみられよ。

 伊賀と甲賀、摂河泉、美濃や近江、三河や伊勢に地縁血縁のある者ばかり。

 何かあれば地縁血縁を利用して寝返る者ばかりですぞ。

 譜代の尾張者でも、殿に直接刃を向けた者、その縁者が数多くいます。

 源三郎のように兄弟が裏切った者でも大きな顔をしていますぞ」


「尾張守殿の申される通りだが……私は城代の座を奪われている……」


「ですが足軽大将として三百もの兵を預けられているではありませんか。

 信用していない者に、三百もの兵は預けませんぞ」


「それは分かっているのですが……」


「下を向いて思い悩んでいると、それこそ謀叛を企んでいると疑われますぞ。

 自分の力ひとつで成り上がるのだと顔をあげてこそ、疑いが晴れるのです。

 正直に言えば、私がここに来たのは菅九郎様に言われたからなのです。

 期待している源三郎が苦しんでいるから、励ましてくれと言われたのです」


「本当ですか、菅九郎様が私に期待してくださっているのですか?

 心配してくださっているのですか?!」


「こんな大切な事で噓など言いません。

 源三郎殿には、一軍を預ける侍大将になってもらいたいと申されていました」


「父上、私こそが菅九郎様から軍配を預かるのです」

「いいえ兄上、私が軍配を預かるのです」


「源三郎殿、本当は私もこのような役目は受けたくなかった。

 本心を言えば、息子たちを励まして侍大将にしたい。

 ですが、菅九郎様の願いをむげにできなかったのです」


「かたじけない、申し訳ない、もう下は向かぬ。

 菅九郎様の御期待に沿えるように頑張る。

 この飛島城を尾張随一の城にしてみせる」


1561年11月20日織田信忠視点・5歳


「私がお前たちを買った織田菅九郎である」


 旗本や足軽に命じられて不揃いに並ぶ、奴隷たちに名乗った。

 俺の前に出るから、アカだらけの身体を洗わされて少し身ぎれいになっている。


 痩せ細った身体で水洗いしたら風邪をひいて死ぬかもしれない。

 せっかく買った奴隷に死なれては大損なので、先に腹一杯の温かい雑穀雑炊を食わせ、身体を洗うための湯を沸かすという特別待遇をした。


「お前たちには葛で織った服を盆暮れに与える。

 毎日朝昼晩に雑穀一合分の雑炊と塩鰯を与える。

 家畜小屋の土間ではなく板張りの奴隷長屋に寝させてやる。

 その代わり、日の出から日暮れまで倒れるほど働かせる!」


 俺は買い集めた奴隷には同じ事を言うようにしている。

 他では考えられないよう好待遇を約束する代わりに、他と同じように倒れる直前まで働かせると宣言している。


 愚かな主人は、奴隷が死ぬような、過酷な待遇で働かせる。

 だが俺は愚かではないので、死なせないように働かせる。


 二十歳の奴隷を死なせてしまったら、同じ歳の奴隷を生ませて育てるまで二十一年もかってしまうからだ。


 小氷河期で不作と凶作が続く戦国乱世では、食べる物が無くて生き残るために奴隷になる者や、合戦で捕虜になって奴隷にされる者が多くいる。


 だから足軽や奴隷を生み育てる年数を計算しない者が多い。

 安価な奴隷など死んだら次を買えば良いと考えているが、俺は違う。


 最終的に白人と覇権争いをする予定なので、奴隷であろうと無駄死にさせない。

 できるだけ生かして、徹底的に活用する!


 とはいえ、餓死する事なく生きるだけでも大変なのが戦国乱世だ。

 俺に利を与えない者に、正義感や理想論だけで利を与える事はできない。

 無駄飯を食わせる訳にはいかないのだ。


 そんな事をすれば、国衆地侍はもちろん領民にも舐められてしまう。

 扱い易い甘い人間だと舐められてしまう。

 大名が舐められたら終わりだ、謀叛や一揆で殺される未来しかない。


 ただ、計画が順調に行ったら、奴隷にも自分を買い取る機会は与える。

 武功や金を稼ぐ機会を与える予定だが、それは俺が日本を統一してからの話だ。


 何時誰が謀叛を起こすか分からない、殺される可能性が高い間は、この時代の常識を優先するしかない、安全第一だ。


「奴隷も組み分けする。

 家族がいる者も、昼働く間は組で行動せよ。

 夜寝る時には同じ奴隷長屋で休ませるが、普段は別々だ」


 俺の命令に従って足軽が動いた。

 前もって言っていた通り、集まった奴隷を年齢と性別と経験で組み分けする。


 単純肉体労働をする奴隷が大半だが、将来足軽に取立てられそうな者は、多少は軍事訓練をさせる組に分ける。


 特に子供は、将来性を考えて特別な組に分ける。

 下女として働かせられる者も特別な組に分ける。

 ほとんどいないが、即戦力として文官や武官として働かせられる者も分ける。

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