第12話:硝石作りと足軽組
1561年11月10日織田信忠視点
「父上、奴隷を買って城の中で肥料作りをさせたいのです、お許し願えますか?」
「漁や塩田で得た利の半分は好きに使えと言ってあるはずぞ?」
「新たに始める事ですし、これまで使わなかった奴隷を買うのです。
父上の許可を受けるべきだと思いました」
「……既に有り余るほど多くの干鰯を作っているのに、新たに作らなければいけないほど大切な肥料なのだな?」
「はい、作り始めてから完成までに五年もかかる肥料です。
最短でも五年は何の役にもたたない肥料です。
ですが、織田家が日ノ本を手に入れるのにどうしても必要な肥料です。
できれば誰にも真似させたくない秘術です」
「……そうか、分かった、好きにするが良い、もう聞きに来なくてよい。
菅九郎の勝手向きの範囲で行う事なら余に相談しなくて良い、好きにするが良い」
「有り難き幸せでございます」
俺は奴隷を使って硝石を作る事にした。
加賀前田家が五箇山で造らせていた硝石の製造法を知っているが、作り始めてから完成まで五年もかかる。
それに、工業製品の硝石よりも品質が悪い。
だが、日本の戦国時代なら十分な威力を発揮する硝石だ。
大金を払って海外から硝石を買わなければいけない連中より有利になる。
その気になれば、もっと高品質の硝石を作る事ができる。
ハーバー・ボッシュ法も知っているから、俺が製作に専念すれば空気から爆弾も肥料も作れるが、流石にそこまでやる気はない。
正直に言えば、敵や家臣にハーバー・ボッシュ法を真似されるのが怖いのだ。
五歳の身体では、信じている家臣に裏切られたら勝ち目がない。
あまりにも画期的な方法を家臣に知られるのは危険なのだ。
近代農法や五箇山の硝石作りも画期的だが、機械や器具を使う訳ではない。
これまである物や道具を、手間暇かけて組み合わせて使うだけだ。
最悪熱田大明神のお告げと言えば何とかなる。
家臣に裏切られ、家臣や敵に近代農法や五箇山の硝石作りを真似されたとしても、ハーバー・ボッシュ法を使えば軽く圧倒できる、簡単に逆転できる。
最悪の状況を想定して、切り札はとっておかなくてはならない。
新たに買い集めた奴隷たちは足軽組に準じて編制した。
ただ、全て同じ編制にできる訳ではない。
足軽組頭や足軽大将は、武功によって配下の足軽の数が変わって来る。
だが、武功を稼ぐ機会のない奴隷組は決まった人数になる。
五人に一人を伍長として、十人に一人を什長とする。
二十人に一人を廿長として、百人に一人を百長とする。
日本の古代軍団と三国時代の中国軍官制度を混ぜ合わせて作った。
これには将来を考えた深慮遠謀がある。
日本人を賢くしたいという想いがある。
戦国乱世の貧民や奴隷は、驚くほど無学で愚かだった。
江戸時代の識字率が信じられないくらい愚かで、中世欧州と変わらない。
だから、古代の日本で編成されていた軍団のように、十人の長を火長と呼んだり五十人の長を隊長や隊正と呼ぶのは止めた。
まずは数、数字を覚えさせる意味でも、呼び名と配下数を一致させる事にした。
1561年11月15日滝川一益視点
「鉄砲一番組構え、放て!」
「「「「「ダーン!」」」」」
配下に付けられた鉄砲足軽百兵の放つ銃声が勝幡城三之丸に鳴り響く。
日々人数が増え足軽組が増設されるので、これまでの勝幡城では城内に足軽長屋どころか陣小屋さえ建てられなくなった。
なので勝幡城の縄張りが大幅に拡張され、三之丸が増築された。
広大な三之丸内に細長い帯曲輪と水濠が幾十も造られた。
帯曲輪は足軽や奴隷の長屋を兼ねた防御施設になっている。
ここ数日は足軽だけでなく奴隷も増えている、更に縄張りが広がるだろう。
数が増える度に帯曲輪長屋と水濠が増え、勝幡城が難攻不落になって行く。
「弓一番組構え、放て!」
「「「「「「シュン、シュン、シュン」」」」」
配下に付けられた弓足軽百兵が放つ矢が大空を舞い、鉄砲を避けて地に伏したであろう敵の頭上に殺到する、訓練である。
実際の敵はいないが、いると想像して訓練を繰り返す。
「鉄砲二番組構え、放て!」
「「「「「ダーン!」」」」」
鉛玉も火薬もとても高価で、普通の大名や国衆の財力では、鉄砲の実弾訓練などとてもさせられない。
実弾訓練をやれるのは、勝手向きが豊かな大名や国衆くらいだ。
それでも、鉄砲足軽組を差配する足軽大将や足軽組頭たちにやらせる程度だ。
もしくは鉄砲で成り上がろうとする地侍が自腹で実弾訓練するかだ。
足軽ていどでは、鉛玉も火薬も使わずに鉄砲を放った振りをするのが普通だ。
「弓二番組構え、放て!」
「「「「「「シュン、シュン、シュン」」」」」
それが織田家では、全鉄砲足軽が何十回も実弾訓練できる。
鉄砲足軽だけでなく、弓足軽も矢を放ち放題だ。
「敵兵が突っ込んできたぞ」
目付の声が鳴り響いた。
「長柄足軽一番組二番組槍衾を築け」
「「「「「オオオオオ!」」」」」」
実際に敵が攻めてきたわけではない。
目付が様子を伺って敵の動きを考え指示して来るのだ。
俺はその目付の指示に対応した指揮をしなければならない。
鉄砲足軽は銃身を掃除しながら急いで長柄足軽の陰に隠れる。
「矢が切れたぞ」
再び目付の声が鳴り響いた。
「弭槍」
俺がそう言っただけで、弓足軽達が長柄足軽の後ろに留まる。
訓練の前から弓に付けてある槍穂を前に突き出して第二の槍衾を作る。
実際にはまだ数多くの矢を残しているのだが、目付が矢切れだと言えば、それに合わせて訓練しなければならない。
昨日今日の新参者が多い織田家の足軽組なのに、動きが素早い。
誰もが召し放ちにならないように必死になっている。
足軽たちの気持ちは分かる。
家督が継げない次男で、貧しい生活をしていた俺には痛いほど分かる。
織田家の足軽たちはどこの足軽よりも豊かで、下手な地侍よりも良い暮らしだ。
毎食一合の玄米雑炊と尾頭付きの魚が食べられる足軽など、どこにもいない。
どの大名国衆に仕える足軽も、普段は雑穀の雑炊しか与えられない。
合戦時は、どこであろうと兵糧米として玄米が配られるが、多くても六合だ。
だが菅九郎様は三倍以上、二升もの白米が配られる!
一日二升も食べられない、意味がないと言う奴は人の心を知らぬ。
菅九郎様は、城に残って心配している家族に白米を食べさせてくださるのだ!
それに、菅九郎様の配下でなければ、新参者が千もの兵を指揮させてもらえない。
普通は長年仕えている譜代家の当主しか大軍を任せられない。
いや、大軍どころか足軽組すら預けられない。
それなのに、数年前に新規召し抱えになった俺が大軍を預けられている。
足軽ばかりだし、譜代衆の手前があるから足軽大将のままだが、兵数だけなら侍大将と変わりがない人数を預けられている。
「漕げ、漕げ、漕げ、そんな事では勇魚に逃げられるぞ!」
水濠で水主足軽を指揮する足軽大将のだみ声が、ここまで聞こえて来た。
漁師から取立てられてトントン拍子に足軽大将になった奴だ。
誰よりも勇魚を追い込むのが上手い、菅九郎様のお気に入りだ。
勘九郎様は海賊衆を増やす事に腐心されている。
軍資金の多くを勇魚狩りや鰯漁で手に入れているのだから当然だ。
だから新たに縄張りして大増築した勝幡城は水軍城となった。
勝幡城は、織田家の先々代が津島湊と津島神社を抑えるために築かれた。
川湊として大いに栄えていた津島湊を支配下に置く事で、織田家は豊かになった。
勘九郎様は、そんな先々代はもちろん当代の殿をも凌ぐ知者だ。
これまでのように、単に津島湊や熱田湊の富を吸い上げるだけではない。
自らの手で、これまで以上に津島湊と熱田湊を栄えさせられた。
勇魚と干鰯を売り兵糧米を買い集める事で、津島湊と熱田湊を栄えさせられた。
勘九郎様のお陰で大きな利を得た商人たちは、武力だけでなく商いの力でも勘九郎様に逆らえない。
更に川の中州にある津島神社を、勝幡城の三之丸に取り込まれたのだ。
津島神社を城内に取り込む事で、津島の神社と湊を完全に取り込まれたのだ。
津島神社のある中州に本丸と同じくらい高く厚い土塁と防壁を築かれた。
最悪の場合は、津島神社のある中州を曲輪として戦われる気だ。
何があっても津島の神社と湊を守ると行動で示された。
日光川と三宅川を水濠に利用するのはこれまで通りだが、敵を防ぐように縦横無尽に水路を巡らせ、更に海賊衆の軍船を係留する巨大な船溜まりまで造られた。
川で使う軍船程度の船溜まりではない、大規模な海賊衆が使うような船溜まりだ。
川側に城壁代わりの頑丈な堤防まで築いて、水害に備えられた。
暴れ竜として名高い尾張の河川だが、殿の築かれた堤防を越えるのは無理だ。
いや、若殿のお話では、洪水の水を城地以外に逃がすそうだが、私ていどでは何がどうなるのか分からない。
「久助殿、勘九郎様からの下知でございます。
明日は飛島城の築城を手伝えとの事でございます」
「承知した」
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