第11話:基盤づくり

1561年11月5日織田信忠視点


 「父上、美濃はもう落ちたも同然です。

 無理に攻めるのではなく、勝手に逃げるのを待ちましょう」


「以前にも同じような事を言っていたが、無駄に刻をかけていると、武田や六角が乗りだしてくるぞ」


「武田や六角が美濃に来てくれるのなら、絶好の機会です。

 甲斐や近江に攻め込むよりも簡単に討ち取れます」


 そうは言っても、武田も六角も強敵に囲まれている。

 そう簡単に美濃に手出しはできないし、出してきたとしても一部の兵だけだ。


「甲斐の狐や近江の狢は、巣穴から引きずり出した方が簡単に狩れると言うのか?

 だが、武田や六角が出て来ると、誼を通じるようになった美濃の者共が、斎藤に返り忠するかもしれないのだぞ」


「美濃の者共が再度斉藤に味方するなら、皆殺しにするだけです。

 それに、再度寝返る者は一部です、全員は寝返りません。

 寝返るのは武田や六角が攻め込んで来た辺りに城地を持つ者だけです。

 流石に尾張に近い者たちは裏切れません。

 尾張から遠い美濃衆が裏切ってくれたら織田家の利になります。

 本当は、何時裏切るか分からないような者共は根切りにしたいです。

 ですが斉藤が滅ぶ前に誼を通じてきた者を討つと、今後誼を通じて来る者がいなくなるので討てません。

 ですが、返り忠を企てた者なら容赦なく滅ぼす事ができます。

 父上と私の足軽兵団だけで滅ぼせば、譜代の連中に加増しなくていい。

 織田家の直轄領だけを増やせます」


「ふむ、余も同じ考えだし、利の多い方法なのは認めるが、危険もある。

 少々の損害を覚悟して、我攻めした方が確実なのは分かっているのだろうな?」


「はい、分かっております。

 ですが、今はまだ斉藤家に忠誠を誓う者が少なからずおります。

 父上が稲葉山城を攻められると、その者共が必死で戦います。

 必死の者が籠る難攻不落の稲葉山城を攻め落とすには、刻がかかります。

 刻がかかると、敵味方関係なく良からぬ事を考える者が現れます。

 それよりは、攻め込んで来た武田と六角を滅ぼし、稲葉山城に籠る者共の心を折ってから城攻めした方が、確実だと思います」


「ふむ、 菅九郎の申す事も間違いではない。

 だが待つだけでは、召し抱えている足軽や譜代を無駄に遊ばせる事になるぞ。

 無駄に遊ばせていると、譜代衆の中から良からぬ事を考える者が現れるぞ」


「もちろん足軽衆と譜代衆は遊ばせません、働いてもらいます。

 清州城は木曽三川が暴れる度に水に浸かってしまいます。

 清州は父上の居城に相応しくありません。

 美濃を手に入れた暁には、父上には稲葉山城に入っていただきますが、私は那古野城に残ります。

 さすれば、誰が裏切ろうと、父上と私が同時に殺される事はありません。

 ですので、那古野城を尾張一の城にしようと思います」


「菅九郎、お前の話は回りくどい、余を愚鈍な家臣と同じと思うな。

 那古野城の縄張りを広げたいと言えば、お前が何を考えているのかわかる」


「申し訳ありません、次からは気をつけます」


「分かったら、新たな那古野城の縄張りをみせよ」


「分かりました、直ぐに用意させます」


 俺は記憶にある名古屋城の縄張りを絵師に書かせて信長に見せた。

 本丸、二之丸、西之丸、御深井丸、三之丸、下御深井御庭からなる非常に堅固な城で、配下の足軽達と籠れば小田原城以上の難攻不落となる。


 新たな城、前世史実の名古屋城は、今住んでいる那古野城よりも広大だ。

 広さで言えば、那古野城は名古屋城の二ノ丸程度しかない。

 だからこそ、今の那古野城を取り壊して引っ越すことなく名古屋城を造れる。


 流石に時期が来たら那古野城を取り壊さないといけないが、それは極力後にして、先に本丸、西之丸、御深井丸、三之丸、下御深井御庭を造る。


 名古屋城の下御深井御庭は曲輪というよりは十三万坪もの大庭園なのだ。

 だが、今はそんな風流な場所ではない。

 馬でも沈んでしまうくらい深い大湿地なのだ。


 そんな湿地帯は、敵が攻め込めない場所になる。

 船を使わないと、底なし沼のように将兵を飲み込んでいく。

 そのまま湿地として防御に活用するか、軍資金作りに利用するか迷う。

 

 それはゆっくり考えるとして、那古野城を拠点として使いながら名古屋城を築く。

 尾張を守る要としての役割を果たしつつ、城を建て替えるようにしたい。


 ただ、どのような堅城でも、城兵の心が挫けたら落ちる。

 城兵に裏切られたら、みじめな死を迎える事になる。

 できるだけ城兵、足軽達が裏切らない状態を作らないといけない。


 とはいえ、足軽達が絶対に裏切らない状態を作るのは不可能だ。

 だが、諦める事無く、できる限りの策を講じて、安全を高めないといけない。

 

 その策の一つが、何年籠城しても飢える事がない兵糧の備蓄だ。

 支給する飯の量を減らすと将兵に苦境を悟られ、苦しい籠城を耐えるのに必要な士気が地の底まで下がってしまう、裏切者を出してしまう。


 今いる三万の足軽が全員籠城しても、五年は腹一杯飯が食える兵糧を積み上げる。

 既に三年分の備蓄があるが、それを更に増やす。

 兵糧不足で飢える事など絶対にないと思わせる。


 非常識なくらい大量の兵糧を買い集めると、中には織田家の勝手向き、軍資金を心配する者もいるだろう。


 古くなった米は、不味くなって値が下がると心配する人がいるだろう。

 織田家の富、財力が目減りすると心配する人がいるだろう。


 そんな心配は不要で、古米になって体積が二割減った米は二割高く売れる。

 餓死が横行する戦国乱世では、炊くと体積が増える古米の方が高いのだ。


 美味い新米よりも、量が増える古米の方が高いのだ。

 だから何年備蓄しようと兵糧米の価値は下がらない。


 同時に、召し抱えた足軽や旗本に所帯を持たせるようにした。

 分かりやすく言えば、結婚させて家庭を持つように仕向けた。

 愛する妻や子供がいれば、自分だけ逃げる人間が減る。


 今は戦国乱世で、人の心が荒廃している。

 自分の命を優先して、平気で妻子を捨てる者も多い。

 それどころか、妻子を売るような人間も多い。


 だが、妻子のために命を賭ける者もいる、少なからずいる。

 だから俺は、意識して足軽はもちろん旗本たちの心を取る政策をした。


 俺の居城に愛する妻子がいて、戦死したら妻子が取立てられる。

 戦場だけでなく、漁や開墾で死んでも同じように取立てている。


 死んだ足軽に子供がいれば、加増した上で武士に取立てる。

 妻しかいなくても、加増して奥女中に取立てる。

 そういう前例を目の前で見せるようにした。


「久助、鉄砲を買うだけでは駄目だ、自分で造れるようにならなければ駄目だ。

 鉄砲鍛冶を召し抱えるのだ。

 一人前の鉄砲鍛冶なら扶持が百貫でも二百貫でも構わない。

 私の旗本として召し抱え、鉄砲作りに専念させる、何としてでも連れて来い」


 縄張りの絵図を確認した後で、その場にいた滝川久助に命じた。

 交渉が上手くいかない時は、甲賀衆や伊賀衆を使って誘拐しなければいけない。

 その指揮を執れるのは甲賀出身の前田慶次か滝川久作しかいない。


 前田慶次は墨俣城を守っているので、俺の側にいるのは滝川久助だけだ。

 滝川久助は後の滝川一益で、信長の軍団長にまでなる男だ。


「……無理に連れて来ると国友や堺と敵対する事になりますが、宜しいのですか」


「できれば交渉で連れてきたい。

 二百貫と言ったが、多くの弟子を引き連れてきて、尾張の野鍛冶に技を伝授してくれるのなら、五百貫与える。

 その条件で、国友、堺、根来、雑賀、伊豆のどこからでも構わない、連れて来い。

 連れて来た者に力が有るなら、鉄砲鍛冶の頭取にする、それでも無理か?」


「鉄砲鍛冶の村だけでなく、どこの村でも頭に嫌われている者がいます。

 そのような者なら喜んで来るかもしれませんが、国友や堺から良き鉄砲を必要な数買うためには、今力を持っている者と敵対するのは危険です。

 殿様と菅九郎様は、国友や堺から大量に鉄砲を買いつけておられるのですよね?」


「そうだな、少し早急過ぎたな、分かった、攫うのだけは止めよう。

 言葉と誠意を尽くして鉄砲鍛冶を迎えるようにする。

 父上が鉄砲を買っている国友村には引き抜きも行わない。

 私が生駒家を通じて鉄砲を買っている堺も引き抜きを行わない。

 だが他は手段を選ばなくてよい、根来と雑賀、伊豆の鉄砲鍛冶を引き抜け。

 狙い目は根来と雑賀だ、根来と雑賀は内輪争いが激しい。

 ひと口に根来や雑賀と言っても、村争いや宗門争いがある。

 争いで負けて窮地に立っている家を狙い撃ちにして引き抜いて来い」


「承りました、できる限り交渉で連れてくるように努力いたします」

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