第10話:調略
1561年10月20日織田信長視点
「菅九郎に全権を与える、好きな方法で犬山城を落とせ」
「はっ、お任せください」
奇妙丸、いや、菅九郎は熱田大明神に寵愛されている。
寵愛されているから才を与えられたのか、才があるから寵愛されているのかは分からないが、余に勝る才があるのは間違いない。
奇妙丸は僅か五歳にして織田家の勝手向きを劇的に良くした。
清州城と那古野城と勝幡城には、それぞれ三万の兵が十年籠城できる銭と兵糧が、山と積み上げられている。
有り余る銭と米にひかれて、毎日数百の人が集まり足軽になっている。
痩せ細った貧民が大半とはいえ、三万もの足軽は敵にとって脅威だ。
それに、あれだけの飯を食わせているのだ、いずれ一人前の兵士になる。
圧倒的な兵力の増強は、敵に衝撃を与えた。
特に敵の家臣に与えた衝撃はとてつもなく大きかった。
敵の家臣の大半が先を争うように寝返りを願い出て来た。
忠義を尽くして名を遺すのも大事だが、血と家名を残す事も大切だ。
それに、誰だって死にたくない、生きて栄耀栄華を味わいたい。
絶対に勝てない相手と戦えば、自分だけでなく一族一門も死ぬ事になる。
だから、織田信清の家臣が先を争って裏切るのはしかたがない事だ。
於久地城は降伏開城していたが、楽田城と黒田城は健在だった。
楽田城と黒田城の城代は、城を捨てて家臣と共に犬山城に逃げ込んだ。
だが、単に逃げたのではない、於久地城代だった中島豊後と同じように、
菅九郎に授けられた謀略を腹に持って入り込んだのだ。
於久地城代だった中島豊後守と黒田城代だった和田新介が中心となり、主君だった織田信清を捕らえて犬山城を落城させた。
今後も敵の家臣が裏切りやすいように、心の負担が少なくなるように、織田信清は好きな場所に逃がしてやった。
1561年10月21日織田信忠視点
「よくぞ味方してくれた、褒美として於久地城を与える」
俺は織田信清を捕らえた中島豊後守に於久地城を与えた。
同じように和田新介には黒田城を与えた。
於久地城代だった斉藤新五郎には新たな足軽組を配下につけて、六百兵を率いる足軽大将に大抜擢して報いた。
「楽田城は坂井右近将監を城代とする」
「「「「「オオオオオ」」」」」
俺は自分の子飼い以外の者、父上が付けてくれた寄騎に楽田城を与えた。
俺の子飼いと言っても最近召し抱えた者達だ、父上の家臣と大した違いはない。
欲得で家臣のやる気を上げられるなら安いものだ。
譜代の家臣であろうと親兄弟であろうと何時裏切るか分からないのが戦国乱世だ。
自分の目で確かめた者しか信用できない。
豊臣秀吉や明智光秀も頭から拒否しないが信用もしない、自分の目で確かめる。
前世の史実であろうと絶対ではない。
勝者が書き変えた可能性のある史実など、疑っておかないと大火傷をする。
まして小説家が虚栄心や金のために作った歴史観や人物観など信じたら、俺だけでなく大切な人たちまで死なせるかもしれないのだ。
それに俺が転生した事で織田家が大幅に変わっている。
何がどう影響して人の性格を変えてしまっているか分からない。
史実を知っている利点があるうちに力をつける。
計画を更に前倒しして、一刻も早く美濃を落として上洛できる体制を整える。
問題は、これまでの前倒しの影響で、周囲の状況が最初の計画と大幅に違う事だ。
最初の計画では足利義昭が将軍の座にいる年に上洛する予定だったが、今上洛すると足利義輝が将軍なので、将軍をどう扱うのかが全く違ってくる。
まあ、そんな事は後で考えればいい、今すべきことは別にある。
目の前にいる将兵の心をつかんで裏切らないようにするのが先だ。
「犬山城は私の直轄地とする、池田勝三郎に留守居役を命じる」
「「「「「オオオオオ!」」」」」
勝三郎は信長の乳兄弟で、謀叛した信長の全弟、信勝を殺している。
両親ともに同じ信勝の謀叛は、信長の兄弟姉妹に対する猜疑心を強くさせた。
同時に、そんな時でも忠誠を尽くす家臣への愛情を厚くしている。
その事は、隙あらば信長の首を取る気の敵もよく知っている。
外の敵以上に、内側にいる家臣顔した獅子身中の虫の方が良く知っている。
常に気を付けていないと、何時悪辣非道な手段を使って来るか分からない。
獅子身中の虫とは言っても、単純に俺を担いで信長を討とうとするような、愚かな連中は怖くない。
怖いのは、忠臣の顔をして俺や信長に近づき離反させようとする奴だ。
俺が自分の子飼いだけに褒美を与えたら、早く家督を継ぎたくて信長を殺そうとしているなどという、とんでもない噂を広める奴がいるかもしれない。
そんな謀略を防ぐ意味でも、信長が心から信じる勝三郎を抜擢しないといけない。
ただ、信長に相談せずに勝手に褒美を与えるのも危険だ。
信長の忠臣を篭絡して家督を奪おうとしているという噂を流される可能性がある。
1561年10月29日木下藤吉郎視点
「菅九郎様、大垣城の氏家三河守様が何時でもお味方するとの事でございます」
「使者の役目ご苦労であった。
何事にも手抜かりの無い藤吉郎だからこそ、安心して使者の役を任せられる」
「勿体ないお言葉でございます」
「川並衆は変わりないか?」
「菅九郎様の御威光により、織田家への忠誠が日々高まっております」
菅九郎様の調略の才は際立っている。
俺も人を説得する事には自信がある、あるが、菅九郎様は別格だ。
人が望んでいる事を見抜いて的確に与えられる。
それができるだけの財力があるからだが、その財を御自身で手に入れられている。
殿様から与えられた富で買い集めた贈り物ではないのだ。
どこの誰が、海に討って出て勇魚を狩り軍資金にしようと思う!
思うだけならいたかもしれないが、実際に成し遂げたのは菅九郎様だけだ!
勇魚は、初物を帝の贈り物にするくらい貴重な物なのだ。
そんな貴重で美味しい勇魚の塩漬けを贈られた国衆や地侍の中には、金銀財宝を贈られるよりも喜ぶ者がいた。
一度や二度送られるだけならよろこぶだけだが、定期的に贈られると恐れをなす。
菅九郎様には勇魚を難なく狩る武力、もしくは容易く勇魚を買える財力がある。
まともな判断力がある国衆や地侍は強い恐れを感じるようになる。
勇魚を贈られた者は、その武力や財力が自分に向けられた時の事を考える。
だからこそ、西美濃衆も川並衆も草木が風になびくように菅九郎様に下ったのだ。
氏家三河守様と共に西美濃三人衆と呼ばれる、稲葉右京亮様も安藤日向守様も菅九郎様に誼を通じられたのだ。
「それはよかった、ならば更に多くの美濃衆を味方にしようではないか。
藤吉郎、使者に行ってくれるか?」
「御任せ下さい、菅九郎様の手足となってどこにでも行って御覧に入れます」
「そうか、では菩提山城に行って竹中半兵衛を説得して来てくれ」
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