第5話:陣代
1561年4月5日織田信忠視点・5歳
「父上、私の足軽も参陣させてください」
「控えよ、戦にはかかわらせないと言ったはずだぞ」
「私が戦う訳ではありません、陣代に足軽を率いさせます」
「甲賀や伊賀の地侍を召し抱えていると聞いている。
生駒家を使って京大阪から牢人者を集めているのも知っている。
だが大半は、戦になれば逃げ散るような流民ばかりであろう?」
「全ての足軽を参陣させる訳ではありません。
命を賭けて立身出世を望む者だけを参陣させます。
裏崩れを起こすような足軽は参陣させません。
あの連中は、漁をさせている方が織田家の役に立ちます。
ですが、いざという時には戦える。
敵にそう思わせる事ができれば、父上の背中を守れます」
「ふむ、なるほど、そいうことか、流石余の嫡男だ。
確かに、敵味方関係なく、奇妙丸の足軽が戦えると思わせた方がよいか……
分かった、何人参陣させる気だ?」
「生駒家を通じて京大阪から集めた牢人の陣借りが百余。
甲賀と伊賀から集めた地侍が百余、合わせて二百余兵でございます」
「地侍や牢人が二百いるなら使い道がある、誰に率いさせる気だ?」
「荒子前田家の婿養子、慶次に率いさせます」
「荒子前田家の慶次だと?
出仕を禁じている又左の義甥か?」
参ったな、史実通り信長と利家は深い仲のようだ。
利家が拾阿弥を斬り殺したのも、衆道の寵愛争いなのだな。
出仕を禁じていても、言葉の端々に利家に対する愛情が感じられる。
もう今の時点で前田利家に荒子前田家の家督を継がせる気だ。
前田本家や林と近い前田利久を隠居させたいのだ。
だから俺が前田慶次に武功を立てさせるのを嫌がっている。
信長の機嫌を損ねるのは得策ではないが、慶次を遊ばせるのは損だ。
俺の夢を少しでも早くかなえるために、利家と慶次の両方を最大限に働かせる。
「はい、又左に劣らぬ剛勇の士でございます。
単なる猪武者ではなく、軍勢を率いさせられる将です。
いずれは私の右腕になってくれる者でございます」
「それは奇妙丸の考えか?
それとも熱田大明神のお告げか?」
「私の考えですが、熱田大明神のお告げもいただいています」
「……分かった、奇妙丸の目、余が直々に確かめてやる」
渋々ではあるが、信長が前田慶次を陣代にした参陣を許してくれた。
合理的な信長は、慶次が利家に匹敵する武将なら、荒子前田家を継がせた方が良いと判断したようだ。
入り婿の慶次なら、前田本家や林とのかかわりが薄いと思ったのだろう。
後妻の子で、先妻の兄達と仲の悪い利家に荒子前田家を継がせるよりは、入り婿の慶次に継がせるほうが、荒子前田家に内紛を起こさないと思ったようだ。
信長の三河国加茂郡侵攻に、俺の軍勢二百余兵が参陣した。
この合戦で三宅師貞の梅坪城を攻めたが、落城させるまでには至らなかった。
だが、焼き討ちと刈田によって三宅師貞の力を削る事ができた。
引き続いて伊保城と八草城を攻め、焼き討ちと刈田で三宅師貞の力を削ぎ続けた。
陣代を使えば俺の兵力を前線に出せる、信長にも譜代にも理解させる事ができた。
1561年5月1日織田信忠視点・5歳
「父上、この度の戦いにも私の陣代を参陣させてください」
「また慶次を陣代にするのか?」
「はい、慶次は武勇と忠誠心を併せ持つ掛け替えのない家臣でございます」
「そうか、だが慶次だけに頼ってはならぬ、他の者も使いこなせ。
慶次には実の兄がいたであろう?」
「滝川久助の事でございますか?」
「そうだ、あの者と勝三郎を使え、好いな?」
「はい、父上が良いと言ってくださるなら、喜んで使わせていただきます」
信長は慶次の武勇と指揮能力が利家に匹敵すると判断したようだ。
強権を使って家臣の家督に介入するよりも、恩を与えて忠誠心を養う気だ。
だが、それができるようになったのは、俺のお陰だ。
俺のお陰で勝手向きがよくなったからだ。
多くの牢人や譜代の部屋住みを直臣に取立てられるようになったからだ。
出自に関係なく、有能な者に多くの扶持を与えて活用できるようになったから、領地を持つ譜代家臣にこだわらなくても良いと思ったのだろう。
信長は、今動かせる全兵力を率いて拳母城の中条常隆を攻めた。
俺は、前田慶次だけでなく滝川一益と池田恒興を指揮官に使えるようになった。
信長の率いる大軍に負けを悟った中条常隆は、戦う事なく城を明け渡した。
常隆と家族は助命されたが、国衆としての中条家は滅んだ。
信長はこの勝利で巴川以西の三河国加茂郡西部一帯を領土に組み入れた。
俺の読んだ本では、中条常隆は激しく戦い一族もろとも討死したと書いてあった。
資料によっては間違っている事もあるが、史実と変わり始めている可能性もある。
最初から歴史を変える気だから構わないのだが、俺の目標が達成できるような変化である事を望む。
松平元康は中条常隆に援軍を出すことなく見殺しにした。
寄り親である今川氏真が、父を討たれたのにもかかわらず仇討ちをしないのだから、松平元康が家臣を見殺しにするのもしかたがない。
松平元康の戦力では、今川家の後援無しに信長と戦うのは難しいからだ。
いや、単に援軍してもらえないと言う話ではない。
繰り返すが、親兄弟ですら殺し合うのが戦国乱世だ。
今川氏真の本性が狡猾だったら、信長と松平元康を激しく戦わせてから、疲弊した信長と松平元康の両方を喰らう気かもしれないのだ。
「慶次、甲賀と伊賀からもっと人を集められないか?」
「条件を良くすれば集まりますが、それに見合うだけの者が集まるとは思えません。
甲賀や伊賀よりも京大阪の方が集まりやすいでしょう。
あるいは、戦に敗れて城地を捨てた者を集めるかです」
「分かった、私も生駒の伝手を使って人を集める。
慶次も甲賀と伊賀の伝手を使って人を集めてくれ」
「承りました」
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