第6話:居城
1561年5月12日織田信忠視点・5歳
「斉藤治部大輔が死んだ、美濃を手に入れる好機だ、出陣せよ」
好機を得た信長が家臣に出陣を命じ、いきなり美濃侵攻が始まった。
有能な戦国大名であった斉藤義龍が死に、惰弱な龍興が弱年で跡を継いだ。
信長も織田家の家臣達も、斎藤義龍の死を好機と判断しての出陣だった。
「私の足軽達も出陣させる、慶次が指揮を執れ」
「御任せ下さい」
俺も選りすぐった足軽達を美濃攻め参加させた。
とはいえ俺の足軽は、命懸けで戦うくらいなら夜逃げする連中が大多数だ。
だが、普通よりも多い扶持を餌にして集まった牢人者の中には戦える者もいた。
実際に最近の合戦では元地侍や元牢人で編成した旗本衆が大活躍している。
ところが、今回に限っては、参陣を望む者は旗本衆だけではなかった。
勝ち戦で乱暴狼藉ができるなら戦に加わる、下種な足軽が数多くいたのだ。
実際に戦っている間はできるだけ後方に隠れていて、勝ち戦が決まってから追い首だけを狙う糞のような足軽達が、今回は勝てると判断して出陣に加わった。
そんな足軽がたくさんいる事を早く知れて良かった。
「慶次、何時裏切るか分からないような足軽はこの戦で使い潰せ」
「宜しいのですか?」
「構わない、最初から全く戦う気がない足軽の方が安心して使える。
不利になったら私の首を狙うような足軽は、この戦で殺しておく。
手元に残すのは、不利になったら私の首よりも逃げる事を選ぶ者だけにする」
「使い潰す気でも、勝ち戦では生き残る者も多くいると思いますが?」
「そのような者は父上の足軽にする、拒否するなら召し放つ」
「承りました」
日に日に増える俺の足軽は六〇〇〇を超えて七〇〇〇に近い。
貧民や流民ではない、少しは戦える陣借りの牢人と野伏が八〇〇近くいる。
その中で目先の利に釣られて合戦に加わると言い出した連中が三〇〇〇少し。
その三〇〇〇兵を、前田慶次を総大将とした甲賀者と伊賀者が率いている。
史実で伝えられている森部の合戦は、織田軍一五〇〇に対して斉藤軍六〇〇〇。
だが今回の織田軍には、俺の足軽兵団だけで三〇〇〇兵もいる。
それに加えて俺が納める鰯漁の利益で信長が集めた足軽が三〇〇〇兵もいるのだ。
信長には塩田や鰯漁の利益を半分渡している。
その気になれば俺と同じ七〇〇〇兵を召し抱える事ができる。
だが信長の立場だと、足軽だけでなく武具甲冑にも銭を使う必要がある。
この世界で信長の率いる軍勢は、信長の足軽三〇〇〇を加えた七五〇〇。
織田軍七五〇〇対斉藤軍六〇〇〇となっていた。
1561年5月14日前田慶次利益視点・28歳
「斉藤勢を蹴散らす、我に続け!」
奇妙丸様に取立てて頂いた御恩に報いなければならない。
又左衛門利家は拾阿弥を斬殺して出仕停止になっているが、油断できない。
信長様と利家は衆道の契りまで結んだ仲だと聞いている。
養父殿は、信長様を裏切った事がある林殿に近かった。
林殿が力を持つ事を警戒している信長様は、養父殿を取り除きたいのだ。
有力な林殿には直接手を出せないが、荒子前田家なら手をだせる。
荒子前田家だけでなく、信行様や林殿に近かった譜代家には、自分が信頼する者を送り込んで当主にしようとしている
現に利家は、信長様に無断という体裁で軍勢に加わっている。
だが無断というのは形だけで、本当は信長様も知っている。
信長様が本気で利家を排除しようと思っていたら、軍勢に加わる事などできない。
信長様の怒りを恐れて誰も陣借りさせない、信長様に注進して取り押さえている。
誰も注進しないという事は、家臣全員が利家の復帰を認めていると言う事だ。
いや、家臣全員が、信長様が利家の復帰を望んでいると考えているのだ。
武功を稼がせて荒子前田家を継がそうとしている。
俺個人としては利家が復帰してもしなくてもどうでもいい。
ただ、養父殿が無理矢理隠居させられるのだけは許せない。
荒子前田家の当主は養父殿だ、利家に奪わせる気はない!
「敵の大将首を取る、雑兵首など討ち捨てよ!」
1561年5月28日織田信忠視点・5歳
「奇妙丸、この度の働き見事である、望みの褒美を取らす、何なりと申せ」
木曽川を渡河して西美濃地域に侵攻した織田軍は大勝した。
前世で伝わっている話でも初戦は大勝していた。
斎藤方の墨俣砦を奪取して前田慶次を守将とした。
墨俣砦の北西四キロに十九条城を築き更なる侵攻を目指した。
斉藤軍も死力を尽くして戦い一進一退を繰り返した。
だが史実の信長は、最終的に墨俣砦を放棄するしかなかった。
斉藤家に寝返った織田信清が背後を突くのを警戒したからと言われていた。
留守にした尾張で織田信清が挙兵したら、林や柴田が同調するかもしれない。
しかしこの世界には俺がいる、俺の足軽兵団と信長の足軽兵団がいる。
漁をしつつ尾張を守る俺の足軽兵団がいる限り、織田信清も迂闊に動けない。
内心では信長に叛意を持つ譜代家臣たちも動けない。
織田信益が率いる足軽兵団が十九条城に残っている。
前田慶次が率いる俺の足軽兵団が墨俣城に残っている。
奪った領地、西美濃一帯を放棄する必要はない。
西美濃を確保できたのも、織田信清を封じ込められたのも、俺のお陰だ。
前田慶次を取立てた事で、斉藤家六宿老の長井衛安と日根野弘就を討ち取れた。
史実でも長井衛安と日根野弘就は討ち取れているが、信長は史実を知らない。
俺のお告げと慶次の武勇で二人を討ち取れたと思っている。
信長に大勝利をもたらせたと思っている。
実際信長は、史実以上の大勝利を得て西美濃の一部を切り取っている
美濃を奪うための確固たる橋頭堡を確保できた。
信長が褒美の大盤振る舞いを口にするのは当然だ。
だが、願う褒美を間違えると、手に入れかけている評価を失ってしまう。
俺の利ではなく信長に利を与える願いをする。
いや、織田家が大きな利を得るような願いをする。
「では、廃城となった勝幡城をください、那古野城の留守居役をください」
「ほう、領地でも金銀財宝でもなく、廃棄された城と留守居役を望むと申すか?」
「私は織田家の嫡男でございます、家臣のように領地や富は望みません。
織田家が日ノ本に統一するのに必要な物を望みます」
「今のままでも津島を抑えられるぞ、それでも勝幡城が必要か?」
「今以上に塩田を築き干鰯を作るのには、勝幡城と那古野城が必要です」
「勝幡城と那古野城のどちらを居城にする気だ?」
「一番家老の佐渡守から留守居役の座を奪うのです。
佐渡守の面目を潰さないように那古野城を居城にいたします」
「勝幡城の留守居役は誰にする気だ?」
「前田蔵人に任せます」
「……余の考えを見抜いた気でいるのか?」
「熱田大明神のお告げ通りにしているだけでございます」
「……分かった、熱田大明神は何と申されておられるのだ」
「荒子前田家は、この戦で活躍した慶次に跡を継がせよとのお告げでございます」
「少々腹立たしいが、この度の功名の褒美とすれば安いものだ。
佐渡守の力を削げるなら余にも十分な利がある、お告げ通りにしてやる」
「有り難き幸せでございます」
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