第4話:干鰯

1561年3月25日織田信忠視点・5歳


「父上、また熱田大明神からお告げがありました」


「ほう、今度は何だ?」


「売り切れないほど獲れる鰯を干鰯にして、綿花を作れとの事でございます」


「綿花だと、本当に作れるのか?」


「熱田大明神はそう申されておられます」


「余に今川治部大輔を討たせてくださった熱田大明神だ、間違いなかろう。

 分かった、奇妙丸が開拓した田畑は好きに使って構わん」


「有り難き幸せでございます」


 俺の足軽集めは、思っていた以上に大成功した。

 普通の足軽は、衣食住は保証されるが、合戦でいつ死ぬか分からない。

 だが俺の足軽は基本の仕事が漁なので、合戦で死ぬ確率が極端に低い。


 もちろん、信長の率いる本軍が負けたら、敵が尾張に攻め込んで来たら、松平家や家臣の謀叛に備えて尾張に残っている、俺の足軽も合戦に投入される。


 だが、元々負け戦になったら蜘蛛の子を散らすように逃げるのが足軽だ。

 信長が負けたら、後詰の足軽など俺が何を言っても逃げ散ってしまう。


 そもそも俺の下に集まる足軽は最初から戦う気がないのだ。

 戦場で手柄を立てて武士に取立ててもらう気の足軽は、俺の所には来ない。

 戦場で乱暴狼藉をしたい足軽も俺の所には来ない、信長の所に行く。


 俺の所に集まる足軽は、命の危険なく衣食住を保証して欲しい憶病な連中だ。

 そんな連中だからこそ、安全な後方では死に物狂いで働いてくれる。


「しっかり働け、働きの悪い者はいらん、奇妙丸様の配下に怠け者は必要ない!」


 前田慶次をはじめとした主だった者達が組頭となって、足軽達を叱咤激励する。

 多くの足軽達が塩田開拓だけでなく新田開拓や干鰯作りに働いている。

 本当は全員に追い込み漁をさせたいのだが、残念ながら船が少ない。


 足軽は二千人三千人と急速に集まったのだが、その全員を乗せるだけの船がない。

 漁民の船はずっと徴発できないので、新しい船を造らせているが、間に合わない。

 足軽の集まりが多過ぎて、船の建造が間に合わないのだ。


 船に乗れない足軽を使って、大漁の鰯で肥料の干鰯を作らせたが、それでも足軽が数多く余ってしまう。


 余った足軽を遊ばせておくのは勿体ないので、予定を前倒しした。

 塩田だけでなく、新田を開拓させ農業用の溜池も造らせた。

 農作物の増産は領地を守れる兵力が集まってからにする気だったが、前倒しした。


 自分を守る力もないのに豊かになると、殺されて富を奪われるのが戦国乱世だ。

 領地を守る兵力が無い状態で農業改革を行えば、四方八方から襲われる。

 持っている富に比べて少ない戦力しかないのは、とても危険なのだ。


 だが、直ぐに逃げ散る質の悪い足軽ではあるが、俺には三千もの兵力がある。

 元流民がほとんどの最低の足軽だが、数だけは多い。


 それに、掻き集めた足軽が最低なのは、斉藤家も松平家も同じだ。

 最低の足軽とはいえ三千もの兵力があると、美濃の斉藤義龍はもちろ、他の有力勢力も謀叛を企んでいる家臣も迂闊に動けない。


 そう判断して、開拓したばかりで、前世の農地と比べたら極端に痩せた場所で、軍需物資となる綿花を育てさせた。


 綿花を育てるには、米や麦を豊作にするよりも多くの肥料が必要なのだが、幸い俺には有り余る干鰯がある。


 鎌倉時代から室町時代にかけて二毛作が広がり肥料の需要が高まった。

 増産できる米の値段よりも干鰯の値段が安ければ、領主や農民は干鰯を買う。


 戦国乱世の領主は、少しでも多くの収穫を得ようと必死なのだ。

 米の取れ高が主な収入であり養える戦力になるのだから、必死なのも当然だ。


 だから収穫が大きく増える干鰯には高値がつく。

 高値が付く良質な干鰯は熱田や津島の商人を使って売った。

 綿花や菜種の種などを熱田や津島の商人を使って買い集めた。


 飛ぶように売れる干鰯だが、全て良質には作れない。

 中には二流どころか三流の干鰯になってしまった物もある。


 そんな物でも売れるのだが、安値で売るくらいなら自分で使った方が良い。

 下手に多くの肥料を市場に流すと値崩れを起こしてしまうからだ。

 だから俺が個人的に開拓した田畑に好きなだけ使える。


 そう判断して信長に綿花の栽培を献策したのだ。

 麻や葛の繊維に比べて、綿花から取れる木綿は丈夫なのだ。

 鎧はもちろん鎧の下に着る服も、丈夫な綿花を使うと生存率が高まる。


 傷の化膿を防ぐ抗生物質などが全く無い戦国乱世だ。

 傷が膿んで死ぬ事もあれば、手足を切断しなければいけない事もある。

 小さな擦り傷に泥が入って破傷風になってしまう事があるのだ。


 清潔な水すらない合戦の場では、小便で傷を洗い流すくらいしかできないのだ。

 ほんのわずかな服の差で傷を負うか負わないかが変わり、生死を分ける事もある。


 そんな軍需物資である綿花栽培は、兵力が集まれば始めるつもりだった。

 それが当初予定していたよりも三年も早く作り始める事ができた。


「慶次、もっともっと人を集めるのだ。

 塩田や漁で集まる銭は日々増えている、それに見合うだけの人を集めるのだ。

 足軽に限らない、大言壮語を吐く見てくれだけの牢人者でも構わない、とにかく人を集めろ」


「承りました、甲賀者や伊賀者だけでなく、京大阪の牢人や流民を集めます」

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