第3話:奇妙丸忍軍
1561年2月20日織田信忠視点・5歳
「新たな足軽を集めてやった、好きに使うが良い」
信長がご機嫌な表情で言う。
「有り難き幸せでございます」
信長は俺が想定していたよりも協力的だった。
信長が子煩悩だと言う通説は本当だったのかもしれない。
美濃の斎藤義龍との関係が悪化し、犬山城の織田信清が不穏な動きをしている状況で、数多くの足軽を自由に使わせてくれた。
だが、何時までも信長を頼ってはいられない。
俺の記憶が確かなら、これからの信長は戦いの連続になる。
できるだけ早く力をつけて、もっと多くの足軽を集めないといけない。
「慶次、甲賀からもっと人を集められないか?」
俺は荒子前田家の婿養子、前田慶次にたずねた。
史実の信長は慶次の養父である現当主の前田利久を隠居させた。
前田利久の弟、前田利家を荒子前田家に当主にした。
力のある譜代家臣の当主交代は、普通なら主君でも勝手にはできない。
だが荒子前田家を本家から独立させたのは信長だ。
荒子前田家の領地二千貫は、信長が前田本家から奪って与えた物だ。
利久の病弱と利家の武功を理由にすれば、少々強引な当主交代も可能だ。
史実通りになるなら、今は出仕停止になっている利家が武功を挙げて当主になる。
だがそれでは前田慶次が織田家に恨みを持ってしまう。
若い頃の前田慶次の活躍が歴史に残っていないのは、利家と対立して織田家にいなかったからだと思う。
天下無双の武勇を誇る前田慶次を遊ばせておくのは勿体ない。
万が一、牢人中の慶次が俺以外の逆行転生した奴に取立てられたら大問題だ。
俺が取立てて活躍させる、縦横無尽に暴れさせてみせる。
「集められますが、宜しいのですか?
甲賀の者は六角家と密接につながっております」
荒子前田家に婿養子に入った前田慶次は甲賀の出身だ。
信長の乳母を務めた池田養徳院が叔母で、その伝手で前田家の婿養子になった。
兄である滝川一益も池田養徳院の伝手を使って織田家に仕官している。
「構わない、めぼしい甲賀者は六角本家や六角の家臣が召し抱えているのだろう?
織田家に仕えても良いと言う奴は、甲賀でも劣った者なのだろう?
厚遇すれば忠誠を誓ってくれるのではないか?」
「奇妙丸様、甲賀者を頭から信じてはいけません。
確かに甲賀者は、鈎の陣では六角家に忠誠を尽くしました。
ですが、奇妙丸様にも同じように忠誠を尽くすとは限りません」
「分かった、気をつけよう。
だが、塩田造りや追い込み漁にはもっと多くの足軽が必要なのだ。
父上様は千もの足軽を集めてくださったが、まだまだ少ない。
漁で手に入った利の分だけ足軽を集めなければならない。
食い物があれば飢えた流民がいくらでも集まり、足軽に仕立てられる。
集まった足軽の数だけ、組頭や足軽大将が必要になる。
幼い頃から厳しい鍛錬をした甲賀者なら、組頭くらいは務まるであろう?
それに、不利になったら織田家の譜代衆でも裏切る。
甲賀者の忠誠に少々疑問があっても構わない、利で釣れば良い」
「でしたら、甲賀だけではなく、伊賀からも集めますか?」
「伊賀者でも構わない、力があれば旗本や組頭に取立てる」
「承りました、急ぎ甲賀者と伊賀者を集めさせます」
信長は史実通り決断力があり子煩悩だった。
実績を示した俺に、織田家の足軽の大半を預けてくれた。
千の足軽を使った追い込み漁は、日に二百貫もの銭になった。
鰯どころか、入鹿や鯨を狩ってくれた。
槍の訓練を兼ねて狙わせたら、見事に狩ってくれた。
前田慶次のような天下無双は二人もいないが、それなりに剛勇の士がいた。
彼らが小型の鯨を狩ってくれたので、小型の鯨一頭で四千貫文もの銭になった。
毎日入鹿や鯨が狩れたら、六十六万もの足軽を召し抱えられる。
流石にそれは夢物語だが、十日に一頭でも六万の足軽を召し抱えられる。
「見事だ奇妙丸、新たに集めた足軽の差配は全て任す、好きに使うが良い。
漁で得た銭の半分を与える、好きに使うが良い」
信長は好きに使えと言ってくれたが、遊びに使えと言ってくれたわけではない。
好きにというのは、俺個人の家臣を集めても良いという意味だ。
一日六文あれば足軽を一人雇う事ができる。
六文とは言ったが、それは塩なども含めた金額だ。
最低限だが塩田が完成して塩を作れるようになった。
必需品の塩に加えて毎日魚を現物支給できるので、もっと安く三文で雇える。
不作や凶作でなければ、三文あれば三合の玄米を買う事ができる。
衣食住の衣は、雨で漁ができない日に足軽自身に作らせればいい。
戦国時代の足軽が着る普段着など、その辺に生えている葛の繊維を粗く編んだ物で十分だ。
衣食住の食は、三文で三合の玄米を買い与えれば涙を流して喜ぶ。
戦国時代の貧民は、玄米どころか稗や粟を喰えれば贅沢な方だ。
普段の貧民は雑草やドングリを喰い辛うじて餓死を免れている。
衣食住の住は、集めた足軽自身に長屋を造らせればいい。
合戦前に少しでも体力を残すには、野戦築陣ができた方が良い。
普段から自分達で長屋を造らせるようにしておけば、戦場でも何とかなる。
少しでも居住性の良い陣小屋を建てられたら、戦病死の確率を低くできる。
今は俺が漁に使う専用の足軽だが、いずれは戦をさせる事になる。
よほど不向きな者以外は実戦に投入する。
だからこそ、少しは戦える者、指揮できる者が必要なのだ。
急いで掻き集めた餓死寸前の流民ばかりでは困るのだ。
それに、できれば後々の為に、独自の忍者組織を作りたい。
だから甲賀者や伊賀者を集めているのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます