第8話 お掃除作戦ですっ!①

「改めて見ても凄まじいな……」

「うぅぅ……取り付く島もありません」


 瞳さんとの一悶着を終えた雄飛は蜜璃の部屋を見て唖然とする。昨日に一度見ていたが、再び目の当たりにすると迫力が違った。


「凪瀬くん……鍵はちゃんと持ってきていますか?」

「どっかの日下部さんとは違うから持ってきてますよ」

「むぅ……馬鹿にしてますね」


 雄飛の胸をポコポコ叩く。

 玄関には昨日に割れてしまった陶器もそのまま放置されていて踏み入れるのは危険だ。蜜璃を先に戻したのは迂闊だった。本当に怪我をしていなくて良かったと思う。


「まずは割れた陶器の処理からだな。日下部、持っている新聞紙をくれ」


 蜜璃から新聞紙を受け取り、割れた陶器の手前に拡げた。


「新聞紙を拡げて……どうするんですか?」

「見たら分かるだろ、割れた破片を集めて新聞紙に包む」


 割れている大きな破片を拾い集めて新聞紙の上に集めていく。大まかに集め終えて掃除機を貰おうとすると蜜璃がとんでもないことを口走っていた。


「ただゴミ箱に捨てればいいって訳じゃないんですね。勉強になります」

「ちょっと待て……。一応、確認するけどゴミの分別って分かるよね?」


 雄飛の心配とは裏腹に蜜璃は自信満々に答える。


「ペットボトルのキャップは集めるんですよね!私、知ってます!」

「それで……肝心のボトル本体はどうするの?」

「え……?ゴミ箱に捨てるんじゃないんですか?」


 これは思った以上に重症のようだ。笑いを通り越して呆れから苦笑いしかできない。蜜璃の親もよくこの状態で一人暮らしを許したものだ。


「日下部、両親とは家ではどうやって過ごしてきたんだ?」

「家事全般は主にお父さんがしてくれていました」

「さては日下部の親父さん……日下部に甘いだろ」

「パパ……お父さんは私に一切怒ったことがないのでそうなのかも知れません」


 一人暮らしの《ひ》の文字も知らない蜜璃の一人暮らしを認めた理由は分からないが、蜜璃がどうしてこうなったか分かった気がする。


「だったら最初から教えてやる。日下部が一人暮らしができるようになるまでな」


 蜜璃は雄飛の宣言に少し驚いていたが、すぐにイタズラな笑みを浮かべる。そして雄飛に聞こえないくらい小さな声で何かを呟いた。


「私ができなければ……いつまでも一緒に居てくれるのかな」

 

「ん?なんか言ったか?」

「いえ、なんでもありませんよ!」


 やけに機嫌のいい蜜璃に疑問を持ちながらも部屋に入っていこうとする背中を追った。

 

 

「掃除機をかけて割れた陶器の処理を終えた雄飛は更に奥地へと進む」

「そのナレーションみたいなの止めてください……まるでジャングルみたいじゃないですか」


 やや恥ずかしめに話す蜜璃は足の踏み場を作りながら先へ進む。それにしても越してきたばかりだと思えないほど物が散乱している。何かを探した跡のような場所も散見できた。


「ここから片付けたいです……」


 辿り着いた先は雄飛の部屋のリビングに限りなく似た、全く違う空間だった。

 棚は倒れて、山積みになったダンボール箱は今にも崩れそうだ。


「俺、この危険地帯から逃げていいか?」

「手伝ってくれるって言ったのは凪瀬くんですよ!じゃないと私はいつまで経っても片付けられないです……」

「だろうな……」


 今にも崩れそうなダンボールの一角を下ろしながら蜜璃に笑いかける。


「今のは冗談だ。まずはこのダンボールの処理だが――」


 問題が一つある。相手は女子で男子が見ては行けない物があるかもしれないということだ。迂闊に箱も開けられなければ片付けも一向に進まない。


「その前に俺に見られたくないものは退避させてくれ。退避先はそうだな……あのタンスとかにしてくれ。それは触らないようにするから」


 颯爽と蜜璃に背を向けて玄関に繋がる廊下に向かう。


「俺はそれまで廊下とか洗面所で退避してるから」

「お気遣いありがとうございます。全然気が回っていませんでした……」

「だと思ったよ……。じゃあ終わったら呼んでくれ」


 しばらくの待ち時間があるだろうと思い、明日の夕食の献立を考える。

 今日は二日目のカレーが残っているはずなので考えずともいいが、前日から準備しておくと美味しくなる物もあるので今のうちから考えておく。


「きゃ――!」


 ドンッ……ガラガラ……。


 リビングから大きな物音と蜜璃の悲鳴が聞こえて急いで向かう。そこには横になり中身が溢れ出たダンボールと尻もちを着いたような蜜璃が居た。

 見たところ大きな怪我もないようでひとまず安心する。


「気を付けてくれよ……」


 小言を零しながら蜜璃に手を差し伸べる。蜜璃はその手を取って立ち上がったのだが、予想外なことが起こった。

 そこまで強く引いていなかったはずだが、蜜璃は引っ張られた反動で雄飛の胸に飛び込んだ。

 雄飛は一瞬、何が起こったか分からなかった。胸から腹にかけて伝わる柔らかな感触と長い銀髪から薫る甘い匂いに頭がクラクラとしてバランスを崩す。


「痛て……日下部は大丈……夫……か?」


 倒れ込んだ胸の中には驚いたまま固まってしまった蜜璃が居て、目と鼻の先で蜜璃がこちらを見つめていた。

 改めて見ていると、やはり整った顔立ちに触り心地が見て伝わってくるような肌は少しだけ火照っている。ふっくらとした紅い唇はどこかあどけなさを残したままで思わず手を伸ばしたくなる。


 何を考えているんだ……。

 

 理性を解こうとする自分を必死に抑え込む。

 そんな中蜜璃は突然、雄飛の背中に手を回して胸に顔を埋めた。


「ちょ……日下部、何を――」


 その一瞬はとても長く感じて、あとから見た時計の時間でほんの数秒の出来事だったことに気付いた。

 蜜璃はその手をゆっくりと解いて顔を上げる。そしてイタズラっぽく、小悪魔のように微笑んだ。


「ちょっと怖くなっちゃって……ごめんなさい凪瀬くん。大丈夫でしたか?怪我はしてないですか?」

「お、おう。日下部こそ大丈夫だったか?」


 雄飛は蜜璃が上に乗っていて動けそうにない。なので蜜璃からすぐに顔を逸らした。顔が熱くなって見せられないほど赤いと容易予想ができたからだ。


「凪瀬くんもそんな顔をするんですね」

「そりゃ……俺だって人間だからな……当たり前だろ」


 精一杯の声を振り絞って受け答えをする雄飛だが、正直限界だった。その様子を見てかは分からないが、蜜璃は再び背中に手を回し、雄飛の胸に耳を当てる。

 蜜璃は黙ったまま動くことはなく、雄飛の理性は限界ギリギリになっていた。


→次話に続く

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