第9話 お掃除作戦ですっ!②
蜜璃は一向に起き上がろうとしない。
体温が上がって、心臓の鼓動が早くなっているのを感じる。
「鼓動……速くなってます」
「そ、そりゃ……俺だって人間だし……男だし……」
ゆっくりと顔を上げる蜜璃はむすっとしていて何か不機嫌そうに見える。
そのまま蜜璃は雄飛の胸に手を付いて続けた。
「昨夜……私があんなに頑張ったのに雄飛くん……眉一つ動かさなかったのはなんでですか?」
「あれは……日下部が投げやりみたいになってたからで……」
昨夜の蜜璃は明らかに怖がっていたと思う。
雄飛の腕を掴んでいた手は震えていて、今にも泣きそうだったのも鮮明に覚えている。
「その……俺も後悔はしたくないし、日下部にも後悔して欲しくなかった。それだけだ……」
一時の過ちは一生の後悔に繋がりかねない。
ましてや昨日に会ったばかりでこれからも少なからず付き合いはある。そんな相手に手を出せば関係の悪化、日常生活への支障をきたしてしまう。
蜜璃には格好をつけたものの、結局は保身の為だと改めて感じて自己嫌悪する。
「勇気を出した甲斐がありました。おかげで凪瀬くんが……誠実な人だって分かったので」
「あの時はたまたま理性を制御できただけだ。だから二度とあんな軽々しい真似をするなよ。もっと自分を大切にしてやれ」
昨日の反省の色が見えずに思わず強めに諭す。
イタズラっぽく笑う反面、雄飛にはもう一つの表情が見えた気がした。
「凪瀬くんは私を大切に思ってくれるのですね……」
「当たり前だ」
雄飛はほとんど無意識に間髪入れず応えていた。
寂しさの中に安心感を織り交ぜたような複雑な表情をしている蜜璃を見て、なんとなく思った。
誰かが傍に居てあげないと駄目だなと。
そう思った途端に溢れ出しそうになっていた理性が凪のように収まった。
蜜璃には蜜璃を支えてあげられる誰かが必要だ。その誰かを蜜璃が見つけるまでは……。
「なんでも頼ってくれ。俺ができる範囲だけど支えてやるから」
誰も頼ることができなかった幼少期があったからこそ、誰かに傍にいて欲しい気持ちは痛いほど知っている。要らぬお節介だと阻まれるならそれでもいい。
「私は何もできないので……たくさん頼ってしまいますよ?」
「そりゃ……この惨状を見れば分かる」
「昨日、会ったばかりの私にどうしてこんなに良くしてくれるんですか?」
「まあ……ただの気まぐれかもな。正直、深い理由はないし分からん!」
蜜璃がバランスを崩して倒れないように支えながら立ち上がる。急に動いたことで驚いたのか肩に触れた瞬間にビクンッと震えた。
そんな様子を見て雄飛は立ち上がった蜜璃の頭を優しく撫でる。
「そんなにびっくりするなよ。ちゃんと面倒は見るから安心していいぞ」
撫でられて最初は照れるように顔を赤くしたが、すぐに不満そうな面に変わっていった。撫でる雄飛の手を阻むことはしなかったかが、ちょっと不機嫌そうに見える。
「雄飛くんは察しがいいのか……悪いのか分かりません」
「どういうこと?」
「いいえ、なんでもありません。今日のところはこれで許します」
そう言って蜜璃は甘えるようにニヘラと笑って見せる。
「私は向こうの荷解きから始めますね」
蜜璃は雄飛の位置から真反対のダンボール群を指をさす。
止める理由もないので快諾すると逃げるように雄飛から離れていった。
やっぱりおこがましかったか……。
蜜璃の逃げるような態度に自問自答しながら悩見続けるのだった。
その後、掃除はつつがなく進み、終わる頃には日が沈みかけていた。
見違えるように綺麗になった部屋を見渡せば、如何に散らかっていたか分かる。
「ようやく終わりそうだな……。それにしても大変だったぞ」
「本当に手伝っていただきありがとうございました。私一人では絶対にできませんでした」
「俺も同意見だけど……何より無駄なものが多すぎる」
あまりにも無駄なものが多すぎて、部屋の片付けが上手くいかないのも納得がいく。今の蜜璃には絶対に必要のない物がチラホラと出てきていた。
百歩譲って、『宗教勧誘の断り方』や『ゼロから始める一人暮らし生活』といった分厚い書籍に防犯ブザーのセットや簡易マッサージ器具は理解できる。
「『毒キノコの見分け方』『世界のお祭百科事典』、木刀に雛人形セット……。いや、これいるか?」
「母が心配だからと言って色々と持たせてくれたので私も詳しい中身は知らなかったんです」
どれだけ心配性なんだと思いながらも更に問題のありそうなものを蜜璃に見せて問い質す。
「なんだこの……『初めての子作り生活』って。絶対要らないだろ!」
「わ、私……そんな本知りません!きっと母が持たせたんです!」
「高校一年生の娘に子作りのススメを渡す親が居てたまるか!」
これだけ訳の分からないものを持たせる母親だ。有り得るかもしれないと思ってしまう。
本人が自分のものではないと言っているのなら、間違いを起こす心配も――
「いや、心配しかないわ……」
昨夜、蜜璃にそういう意味で誘われたことを思い出し、頭を抱えた。幸いにも昨夜の雄飛は下着を身に付けていない美少女同級生の誘惑にも耐えられたので大事には至らなかったが、こんな本があればポンコツな蜜璃ならいつ間違えるか分かったものじゃない。
ん……?下着?
「そういえば日下部、昨日の濡れた下着の件だけど……」
「わ、忘れてました――!見ました?!見ましたよね!?違うんです、いつもならもっと可愛いのを――」
「ストップ!これ以上、墓穴を掘るな……。大丈夫、すぐに目を逸らしたからほとんど見てないよ」
「見てるじゃないですか――!」
ポコポコと叩く蜜璃を見て少し安心する。
優しく蜜璃の腕を静止させて、落ち着かせるように頭を撫でた。
「今日もうちで食べていくだろ。まあ、昨日のカレーだけどそれでもいい?」
恥ずかしさで怒る顔からパッと明るい表情に変わっていく。
素直な性格が顔に出るところも蜜璃の魅力の一つだと思う。下着のことを忘れていそうなところを見るとやはりポンコツ具合は否めないが、それでもいいかと雄飛は蜜璃の手を引くのだった。
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投稿が遅れてしまい申し訳ありません。
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