第5話 雨音がする朝

 窓の外から聞こえてくる大雨の音で雄飛は目を覚ました。普段はソファで寝落ちすることなんてないので、慣れないせいか身体が少し痛む。

 蜜璃はまだ寝ているのだろうかと思い、様子を窺いに立ち上がろうとソファに手を付いた。


「ん……?髪?」

 

 梅雨の時期なので雨が降るのは当然だ。しかし雄飛の横には当たり前とは程遠い存在が静かな寝息を立てて、その体勢とは裏腹に気持ちよさそうに眠っている。


「朝から心臓に悪いことは止めてくれ……全く」


 蜜璃は雄飛が眠っていたソファに突っ伏す形でまだ眠っていて、もちろん雄飛もずっと眠っていたのでここに居る理由は知る由もない。昨日の記憶と今の現状から推測するに雄飛が何かした訳ではないと分かり、思わず胸を撫で下ろした。

 この体勢のまま放置する訳にも行かないので、軽く声をかけて起こそうと試みる。


「日下部さん……日下部さん起きて」


 声をかけてみても一向に起きる気配がしない。雄飛は次に肩を揺らしながら引き続き声をかけてみるが、結果は同じで調子良く眠ったまま笑みまで浮かべる始末だ。


「本当に無防備すぎるんだよ……。俺に襲われたらどうするつもりなんだ」


 同級生の男子を目の前にしてこの無防備さに呆れながら溜め息をついていると、蜜璃のベージュがかった銀髪が目に入ってきた。雨のせいで曇った外からの淡い光が蜜璃の髪をより際立たせる。

 長く艶やかな銀色の髪はどこか浮世離れをしていて見入ってしまいそうだ。

 そして雄飛は思わず蜜璃の頭に手を伸ばす。着地した手で頭を撫でてみれば、見た目通りの艶やかさで驚きながらも撫で続けた。


「あ、あの……凪瀬くん?」

「起きたか、おはよ」


 蜜璃は朝から昨日通りだ。顔を真っ赤にして雄飛を見つめている。元気だなと思いながらこの無防備さを一言言ってやろうしたのだが、先に蜜璃が口を開いた。


「凪瀬くんに頭を撫でられるのは……その……悪い気はしないのでいいんですけど……ちょっとまだ恥ずかしいです」


 雄飛は言ってることの意味が最初は分からなかったが、無意識に動いていた右手を見て、すぐに我に返った。


「ごめん!そんなつもりじゃ……いや、何と言うか……つい――」

「つい……何ですか?」


 寝起きだというのに蜜璃はやけに迫って聞いてくる。

 もしかしたら蜜璃は最初から起きていて寝たフリを決め込んでいたのかもしれない。

 言い訳を必死に考えるが、余計なことばかり頭が回って思い付きそうにない。

 それに蜜璃は気付いていないのか、それとも気付いた上でわざとしているのか定かではないが、ジャージのファスナーがかなり際どいところまで下がっている。下着を付けていないことを忘れているほどのポンコツではないと信じたいが、わざとならわざとで心臓に悪い。

 質問の答えをまだかまだかと上目遣いで迫ってくる蜜璃の肩を持って突き放す。


「そ、その前にジャージのファスナー……上げてくれないか?目のやり場に困る」

「へ……?」


 雄飛に言われて蜜璃はゆっくりと視界を下に落とす。顔は見えないが、蜜璃の耳がみるみるうちに赤くなっていき、雄飛に背を向けた後で勢い良くファスナーを上げる。

 ぷるぷると震える様子から見て、わざとという線はなくなって安心すると同時に、下着を付けていないことも忘れてしまったポンコツであることが証明されてしまった。

 ペースの主導権を握り返した雄飛が焦ることはない。


「その……今のは忘れて下さい……。でもっ――」


 蜜璃は雄飛の方へ向き直して、真剣な表情のまま続ける。


「昨日のことは覚えていて下さい!」

「いや、忘れた方がいいだろうし、今後はその話題には――」

「あれは凪瀬くんの度量を軽んじた私への戒めです。だから私は忘れません」

「俺はあんな恥ずかしいことを言ったのを今すぐにでも忘れたいよ」


 蜜璃の話で遠ざけていた昨日の夜を思い出して雄飛は頭を抱える。咄嗟のことで言葉を選ぶこともできずに少しだけ羞恥心から後悔をしていた。


「凪瀬くんが昨日、私にかけてくれた言葉は本心じゃなかったのですか……?」


 忘れたいと言った言動を聞いて寂しそうに蜜璃は俯く。雄飛は少し悩んだ末に黙って蜜璃の頭を撫でる。


「本心だよ……言わせないでくれ。後、頭を撫でたことだけど――」


 雄飛はあさっての方向を見て、蜜璃から顔を逸らす。


「可愛いなって……思って。手入れされた髪も綺麗で触り心地も良くてさ……その……そういう感じだ」


 言葉の締め方が分からずに最後は濁した。しばらくは蜜璃の顔を見れそうにないので、そのままソファから立ち上がる。


「朝食の準備するから……日下部は座ってて」


 早くその場を立ち去ろうと足を進める。

 頭から今にも蒸気でも出てしまいそうだ。全く自分らしくもない。


「その……可愛いってどういう分類ですか……?見た目がですか?それとも……女性として――」


 突然の質問に雄飛は固まってしまった。

 下心があると疑われてしまったかもしれない。そうなれば今後の生活に支障をきたすことも最悪の想定として考えられる。

 

「小動物みたいで可愛いって意味だ……!ほら、ハリネズミ的な感じでさ」


 最後まで発言を貫き通す度胸もなく咄嗟に曖昧な誤魔化し方をしてしまった。

 蜜璃からの反応はなく、洗い場についてから恐る恐る見てみるとなぜか少しだけ不満気なように見える。何が波風を立てない正解だったかを考えてみても全く思いつかなかった。


 簡易的な朝食を作っている最中もずっとクッションを抱えながら何か不満気な顔でチラチラと見てくる。女性が考えていることは特に分からない。

 朝食にトーストしたパンに目玉焼きとベーコンを乗せて食べる雄飛のお気に入りを振舞ってみると、最初は不満気だった顔もすっかり幸せそうになった。

 

 今日は蜜璃の部屋の片付けと鍵の問題の解決と休日なのにゆっくりできそうもない。

 溜め息をつく雄飛を見て蜜璃は小さく首を傾げたがすぐに次のひと口を頬張ってまた笑みを零している。

 そんな幸せそうに食べてくれるだけでも十分かと考えながら、雄飛もトーストを口の中に運び入れた。

雨はまだ止みそうにない。

 ――――――――――――――

 後書き


 お疲れ様です。

 作者の廻夢(かいむ)と申します。

 前作の指摘で後書きは近況ノートなどに移すようにしていたのですが、今回はここに書くことをお許し下さい。


 前話の4.5話ですが、一部蜜璃のセリフを差し替えております。大きな変更ではありませんので、今後のストーリーに影響はございません。

 勝手な変更でご迷惑をお掛けします。


 レビューや応援がモチベーションなってます。本当にありがとうございます。

 今後とも、今作、私とも共を宜しくお願い致します。

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