3-4:霊能者、町に消ゆ
宍戸の話が真実であると、思わぬ場所から確認できてしまった。
翌日は約束通りに、また芙美の家へと招かれた。先日と同様に直斗は父親の吉嗣と向かい合い、芙美が緑茶の湯呑みを出してくれる。
「偶然の可能性も高いんだが、実は気になる事実がある」
前置きの段階で、もう話の先が読めてしまった。
「例の有明も、殺害される直前にこの近辺で霊能者と言われる人間と会っていたらしい」
やっぱりか、と思いながら聞く。
「最近は下火になっていたが、二年ほど前にも何度か幽霊騒ぎが起きていた。有明がそれと絡んでいるとは思えないが、なぜかあの男は、町で幽霊を目撃したという人々に話を聞きに現れていたのが目撃されている」
「そうなんですか」と素知らぬ顔で相槌を打つ。
うむ、と吉嗣は深々と頷いてきた。
「それだけではなく、世間で活躍している著名な霊能者とされる人々が、当時町を訪れていた。幽霊騒ぎの調査に来たのかもしれないが、そのうちの何人かが、有明と思われる男と会っているのが見られているそうだ」
実際に証拠写真もあるのだと、吉嗣は示す。テレビなどでも活躍する著名な霊能者や占い師が町に現れ、珍しがった人間が即座に携帯電話のカメラで撮影した。
そうして撮影された写真の中に、有明拓郎の姿も写り込んでいたのだという。
「でも、どういうことなんでしょうか」
「それはわからない。だが、この町にやってきたのを最後に、行方をくらましてしまった霊能者もいることは確かだ。何かの事件が起きて、それに巻き込まれたのではないかとも考えられる」
直斗は小さく唸った。
とりあえずということで、失踪したという霊能者についても聞いておいた。
その米山桜花は一年半前にこの町を訪れており、それを最後にぱったりと消息を絶った。
それだけが、確認されている事実だった。
「お父さんはあんな風に言ってるけど、あんまり気にしない方がいいよ」
アパートの階段を下りたところで、芙美は苦笑いを浮かべていた。
夕方の六時数分前。せっかく来てくれたから、という名目のもとに、芙美は帰り道を送ると言い出してきた。食べ物の買い出しも必要だったので、ついでに近くのスーパーで買い物をしていくのだという。
「お父さん、最近ちょっとオカルト方面に行っちゃってるから、あんまり昔の知り合いとかと話が合わないみたいで。誰でもいいから自分の考えを聞いて欲しいみたいなの」
「そうなんだ」
「そうなのよ。さすがにちょっと心配なんだけどね。新聞社やめてフリーになったはいいけど、そんなオカルト記事みたいなの書いてたんじゃ、生活苦しくなっちゃうし」
だが、吉嗣はこの町の裏側に近づこうとしている。
放置しておくと危険ではないのか。
「とりあえずさ、僕で良かったら今後も話を聞きにくるよ」
思い立ち、芙美に笑いかける。「ん?」と柔らかく首をかしげられた。
「実を言うと、結構好きなんだ。そういうホラー話みたいなの。なんか楽しそうじゃない。町の裏にある陰謀とか、あとは幽霊話とかさ」
傍にいて話を聞いていれば、吉嗣の行動を把握できる。
「ふうん、そうなんだ」
隣を歩く芙美はにんまりと頬を緩めてきた。なぜか嬉しそうにし、空を見上げる。
「じゃあさ、良かったらウチの新聞部にも入らない? 一応は学校や町の事件を扱うのがメインなんだけど、なんか先輩の代からの伝統で、定期的に怪談特集みたいなのばっかりやるようになってるから」
「へえ」と作り笑いで相槌を打つ。
「お父さんと話が合うくらいだから、結構向いてるかもしれないよ。瑞原くんってなんか聞き上手な感じするし、入るんだったら歓迎するよ」
「う、うん」と曖昧に返しつつ、気まずさで目を逸らす。
「この町って結構凄いんだよ。変なジンクスとか噂とかいっぱいあって。しかも本当に不思議な体験をした人もいるっていうし。浦沢神社って知ってる? ちょっと山の方にあるんだけど、そこで縁結びをお願いすると本当に叶っちゃうっていう噂もあって」
芙美は興奮した面持ちで、町の噂を語り始めた。「へえ」とか「そうなんだ」と適当に返しながら、直斗は平静を装おうとする。
「あ、そうそう。噂というか不思議スポットというか、駅の反対側の国道のカーブは事故が多いらしいから、近くを通る時は気を付けた方がいいよ。緑の看板のとこなんだけど」
青信号を渡ったところで、芙美が駅の方向を指さす。
「なんでか知らないけど、その辺りを通りかかるとなんだかぼおっとしちゃってハンドルを切り損ねる人が多いんだって。道路の作り方が何かまずいのかもしれないけどね」
ふうん、と気のない返事をする。
「そうだね。それからやっぱり気になる話と言えば、今から行くスーパー。ここも実は怪奇スポットでね。なぜかお会計の時になると、店員がしょっちゅうお釣りを落っことすの。だからお買い物する時は、絶対に油断してちゃダメだよ」
歩道を進みながら、進行方向に見える看板を示す。「それは酷いね」と言い、直斗も声をあげて笑う。
それはどう見ても確実に、店員がドジなだけだろう。
もはや噂でも怪奇でもないレベルの話だった。そんな話を芙美はどこまでが冗談かわからない口調で次々と語ってくる。自然と口元が緩んできた。
おかげで今日は、だいぶ気分が軽くなった。
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