1-2:腐れ縁

 横山芳市との付き合いは、本当に『腐れ縁』としか言いようのないものだ。

 向こうはどう思っているかは知らないが、自分は本当に相手との縁は『腐っている』ものだと感じている。


 最初に知り合ったのは幼稚園の頃だった。通っていた幼稚園が同じ組で、家も比較的近所。親同士も交流ができるようになり、互いの家に遊びに行く関係ができあがった。


 友達、と本当に呼べるような人間はもっと別にいた。一緒に遊んでいて楽しい相手は幼稚園でも小学校でもすぐに見つかった。一方で芳市と遊ぶのはどことなく抵抗を覚えている部分があった。


 一言で言うと、彼はワガママな人間だった。


 なんでも自分が中心でないと気が済まないところとか、皆が順番を待っているところに平気で割り込んでくるとか、砂場で人が作ったものにジャンプしてくるとか。一緒に何か始めてもすぐに飽きてしまって別のことをやろうと喚き立てるとか。


 多くの子供が、幼いながらに『こいつは違う』と判断するようになった。芳市と一緒にいると楽しくない。だから仲間には入れない。少しでも気に食わないとすぐに泣き出して大人に言いつけるし、関わると必ずトラブルを招くことが本能的に理解できていた。


 小学校に上がった頃には、とある怪談と絡める形で『聞く耳なし芳市』と呼ばれたり、よく教師に言いつけることから『聞き耳芳市』とかあだ名されたりすることもあった。


 でも、そんな中でも自分だけは彼を振り払うことはしなかった。

 理由は別に、彼への同情や優しさとかではない。


「ナオくんは、人に仲間外れにされたら嫌でしょう? だから、芳市くんともちゃんと遊んであげないとね」


 いつかそんな風に、母がにっこりと笑ってきたのを今でも鮮明に思い出せる。


 幼稚園でも小学校でも、芳市は他に友達がいなかった。でも、そんな自分でも『瑞原さんちの直斗くん』だけは仲良くしてくれる。その事実は揺るぎないと確信し、何かとついて回るようになってきた。



「ウチの学校って、なんかくだらない奴が多いよな」

 七月になった段階で、彼はふとそんな言葉をもらしてきた。


 彼の性格は、高校に入った後でも本質部分は変わらなかった。一学期の中間試験が終わる頃にはクラス内での彼の評価は定まっていき、完全に浮いた存在になってしまっていた。


「今の時代って、なんか不幸だよな」

 ある日、帰り道を歩きながら芳市はそんなことを呟いてきた。


「九〇年代の人は幸せだったと思うんだよ。『ノストラダムスの大予言』ってあったじゃんか。ああいう感じでさ、少しすると世界が滅びるって言われて人生送るのってどんな風だったのかなって思えてさ」


「別に、普通だと思うけど」


「でも、やっぱり『区切り』があるっていいじゃんか。いつまでもこういう下らない毎日が続くのかなって思うと、なんか気が滅入るっていうかさ。学校なんかつまらねえし、なんか嫌な奴ばっかだしさ。どこかで一回全部ぶっ壊して、何もかもやりなおした方がいいに決まってるじゃん」


 その日は家に帰りつくまで、延々と学校生活の愚痴やクラスメートの批判を聞かされた。

 それから間もなく夏休みに入ったが、九月になってから芳市は学校に来なくなった。



 きっとこれは、良くある話なのだ。

 そういう風に考えて、直斗は割り切ろうとしていた。


 そんな矢先のことだった。


「実は、最近面白い奴を見つけたんだ」

 学校から帰ってきたところで、芳市が家の近くで待ち構えていた。


「自分だけの秘密にしても良かったんだけどさ、直斗は親友だからな。特別に紹介してやろうと思って待ってたんだ」

 上からの感じのする言い方だった。不快に感じつつ、何を見つけたのかを聞いてやる。


「とりあえず、ついてこいよ。公園に今もいるからさ」

 そう言い、三鷹市内にある公園の敷地へと案内してくる。中央にあるジャングルジムの方へと招き、その上にいる存在に注意を促してきた。


「最近ずっと、この公園に来てるんだ。こいつ、カラスのくせに全然仲間と群れないんだ。いつもひとりぼっちでその辺うろうろしててさ。なんか気になって観察してたんだ」


 彼の示す先には一羽のカラスがいた。外見的には特になんの特徴もない。しかしこちらの話がわかっているかのように、ジャングルジムを少しずつ下へと降りてくる。


「こいつ、頭がいいみたいなんだ。俺が話しかけるとちゃんとわかってるみたいだし。他の鳥なんかと違って群れなくても生きていけてる感じでさ。そのせいで、周りからはハブられてるのかもしれないんだ」


 得意そうに言い、芳市は肘を突き出す。カラスはそれを見て取り、軽やかに彼の肘に降り立った。


「だから俺はこいつを『ハーブ』って呼んでる。いい名前だろ?」

 そう言って頭を撫でようとする。しかし嘴を振られ、拒否されていた。


 その段階では、なんだか『末期状態』になってきたなと感じていた。


 しかし、そう思っていられたのも束の間だった。


「更にさ、こいつは凄い力を持ってるんだぜ」


 話は終わりかと思って帰ろうとした時だった。芳市は更に得意げに話を重ねてきた。

 なんだよ、と問い返す前に、芳市はぐるりと公園の中を見まわす。夕方過ぎで人の数はまばらだったが、ちらほらと子供や主婦の姿が見て取れた。


「ハーブ、そこのおっさんに逆立ちをさせてくれ」

 やがて、芳市はおもむろにベンチで寝ているホームレスらしき男を指差す。カラスもそれに応えて小さく羽ばたき、「カァ」といななきを発する。


 その次の瞬間、男は唐突に立ち上がり、近くの木を使って逆立ちを始めた。


「じゃあ次。今度はそこのおばさんに反復横とび三十回」

 入口付近で井戸端会議をしていた主婦を指差す。カラスはまたそれに応え、甲高く鳴き声を発してくる。


 今度も結果は同じだった。話をしていた主婦は突然その場を離れると、急に左右にせわしなくジャンプを繰り返し始めた。近くにいた女性たちは急な変化についていけず、無言で目を見開いていた。


 何が起こっているのか、すぐには理解できなかった。

 異変の起こった二人を交互に見やり、そっと眉をひそめる。何かの仕掛けがあるのだろうかと疑うが、説得力のあるカラクリは何も浮かんで来なかった。


「わかるか」と芳市はこちらを向いて口元を緩めてくる。カラスを乗せた肘を間近に示し、よく顔を見るように促してきた。


 カラスもじっと目を見返してきた。直斗は小さく息を呑み、目の前の生き物を凝視する。


 少しして、芳市は『種明かし』をしてきた。


「こいつにはさ、人の意識を操る力があるみたいなんだ」


 かすかな興奮を声に滲ませ、芳市は『発見事実』を告げてきた。

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