第11話「お前を守るのは、俺の役目だ」
アカデミー・ルミエールの中庭に、不吉な影が忍び寄っていた。夕暮れ時の空は、魔法の光で彩られた幻想的な風景を作り出していたが、その美しさとは裏腹に、空気が重く澱んでいるのを感じ取ったのは、エリオット(エロイーズ)とルーシー(ルシアン)だった。
「ねえ、エリオット。なんだか変な感じがしない?」
ルーシーの声には、微かな不安が混じっていた。彼女の周りに漂う雷の粒子が、普段よりも激しく明滅している。
「ああ、俺も感じてる。まるで……」
エリオットの言葉が途切れた瞬間、地面が大きく揺れ始めた。中庭の石畳が割れ、そこから巨大な影が現れる。それは、まるで岩と樹木が融合したような姿をした魔物だった。その体は、エーテリアの大地そのものを模しているかのようで、背中には小さな森が生え、腕は巨木のようだった。
「くっ! こんなところに魔物が!」
エリオットは即座に身構え、風の魔法を展開した。風の刃が魔物に向かって飛んでいくが、その堅牢な体には傷一つつけられない。
「私も!」
ルーシーの雷の魔法が、魔物の体を包み込む。しかし、魔物は痛がる様子もなく、むしろ怒りを増しているようだった。
「チッ、効かないのか……」
エリオットの表情に焦りが浮かぶ。魔物の巨大な腕が、ルーシーに向かって振り下ろされる。
「ルーシー、危ない!」
エリオットの声が、緊迫した空気を切り裂いた。ルーシーが反応する間もなく、彼女の体が宙を舞う。次の瞬間、彼女はエリオットの逞しい腕の中にいた。
「エリオット!」
ルーシーの驚きの声が響く。彼女の背中には、エリオットの胸の鼓動が伝わってくる。その力強い鼓動に、ルーシーの心臓も呼応するように激しく脈打ち始めた。
エリオットの体温が、薄い制服を通してルーシーの肌に伝わる。彼の腕の筋肉が、ルーシーを守るように強く、しかし優しく彼女を抱きしめている。ルーシーの頬が、意識せずに熱くなっていくのを感じる。
周囲では、魔物の咆哮が響き渡り、地面が揺れている。しかし、ルーシーの意識は、不思議なほどにエリオットとの接触に集中していた。彼女の鼻腔には、エリオットの香り??微かな汗の匂いと、彼特有の清々しい風のような香りが満ちている。
ルーシーの心臓の鼓動は、さらに激しさを増していく。それは確かに、目の前に迫る危険への恐怖からくるものでもあった。魔物の巨大な影が二人に迫り、その威圧感は尋常ではない。
しかし、それ以上に、ルーシーの心を乱しているのは、エリオットとのこの突然の密着だった。彼女は、自分の体が微かに震えているのを感じる。それは恐怖からくる震えではなく、むしろ興奮や高揚感からくるものだった。
「大丈夫か、ルーシー?」
エリオットの声が、ルーシーの耳元で囁くように響く。その低く、少し荒い声に、ルーシーの体が反応する。彼女は、自分の心臓の鼓動が、エリオットにも伝わっているのではないかと心配になった。
「え、ええ……大丈夫よ」
ルーシーの声は、自分でも驚くほど上ずっていた。彼女は、エリオットの胸に顔を埋めそうになる衝動を必死に抑える。この状況下で、なぜこんな気持ちになるのか、ルーシー自身も理解できずにいた。
魔物の脅威と、エリオットへの想い。二つの激しい感情が、ルーシーの中で渦を巻いていた。彼女の心臓は、まるで胸から飛び出しそうなほどに激しく脈打ち続けている。
ルーシーの頬が、薄っすらと赤くなる。しかし、そんな和やかな空気も束の間、魔物が再び襲いかかってきた。
「くそっ、このままじゃ埒があかない。ルーシー、俺たちの魔法を合わせるぞ!」
「え? でも、どうやって……」
「信じろ! お前を守るのは、俺の役目だ。だから、俺に力を貸してくれ!」
エリオットの真剣な眼差しに、ルーシーは一瞬言葉を失った。しかし、すぐに決意の表情を浮かべる。
「ええ、わかったわ。私も、あなたを守りたい」
二人は手を取り合い、魔力を解き放った。エリオットの風とルーシーの雷が、まるで螺旋を描くように絡み合う。その光景は、まるで天空の舞踏のようだった。
魔物に向かって放たれた風雷の渦は、驚くべき威力を発揮した。魔物の体が、少しずつ崩れ始める。しかし、それでもまだ完全には倒せない。
「もう少しだ! 諦めるな!」
エリオットの叫びが中庭に響き渡る。その声には、ルーシーを守り抜くという強い決意が込められていた。
「ルーシー! 諦めるな! 俺たちの力を、一つにするんだ!」
その言葉が、ルーシーの心の奥深くに届いた瞬間、彼女の体から青白い光が溢れ出した。まるで雷雲が凝縮したかのような、強烈な電気エネルギーが彼女を中心に渦巻き始める。
「エリオット……私、あなたを信じるわ!」
ルーシーの声が風に乗って運ばれる。その瞬間、エリオットの周りを取り巻いていた風の渦が、より激しく、より鋭く回転を始めた。風の一つ一つが、まるで意思を持っているかのように、ルーシーの雷に向かって伸びていく。
二人の魔力が触れ合った瞬間、驚異的な現象が起こった。風と雷が、まるで長年の恋人のように抱き合い、融合し始めたのだ。青白い稲妻が風の渦に巻き込まれ、風もまた雷に纏わりつく。その姿は、まるで天空の龍が舞い踊るかのようだった。
中庭の植物たちが、この前代未聞の魔法の融合に反応する。花々が一斉に開き、木々が枝を伸ばし、まるでこの瞬間を祝福するかのように輝きを放つ。
エリオットとルーシーの体が、徐々に浮き上がる。二人の目には、互いへの深い信頼と愛情が宿っていた。その眼差しが交わった瞬間、魔法の融合が完成した。
まばゆい光が、爆発的に広がる。それは純白の光でありながら、その中に風の青と雷の金色が幾重にも重なり、目も眩むような美しさだった。この光は、瞬く間に中庭全体を飲み込んでいった。
木々も、花々も、噴水も、そして石畳さえも、全てがこの光に包まれ、浄化されていくかのようだった。闇の気配は跡形もなく消え去り、代わりに希望と勇気に満ちた空気が中庭を満たしていく。
光の中心にいるエリオットとルーシーの姿は、もはや個別の存在ではなく、一つの輝きとなっていた。それは、二人の魂が完全に調和した証だった。
光が収まると、魔物の姿はなく、ただ砕け散った岩と、枯れた木々だけが残されていた。
「やった……私たち、やったのよ!」
ルーシーの声には、驚きと喜びが混じっていた。エリオットは、疲れた様子で微笑む。
「ああ、俺たちの力を合わせれば、何だってできるさ」
その瞬間、エリオットの体が揺らめいた。彼は膝をつき、苦しそうに胸を押さえる。
「エリオット! 大丈夫?」
「……魔力を使い過ぎたみたいだ。少し、休ませてくれ」
ルーシーは、慌ててエリオットを支える。彼女の腕の中で、エリオットの体が女性の姿に戻りそうになるのを、ルーシーは感じ取った。
(エリオット……いえ、エロイーズ。あなたは私を守るために、ここまでしてくれたのね)
ルーシーの心に、温かな感情が広がる。彼女は、エリオットの額に優しくキスをした。
「ありがとう、エリオット。私の英雄よ」
エリオットは、驚いた表情を浮かべたが、すぐに柔らかな笑みに変わった。
「俺が、お前を守る。それが俺の……いや、私の願いなんだ」
二人は、互いを見つめ合い、静かに微笑んだ。中庭に広がる夕暮れの光の中で、彼らの絆は、より一層強くなったのだった。
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