第10話「本当の自分を、受け入れてくれるの?」

 アカデミー・ルミエールの秘密の練習場。月明かりが、古い石壁に刻まれた魔法陣を照らし出している。エリオット(エロイーズ)とルーシー(ルシアン)は、向かい合って立っていた。二人の周りには、風と雷の魔法が渦巻いている。


「エリオット、私……もう我慢できないの」


 ルーシーの声は、感情に震えていた。彼女の琥珀色の瞳には、決意の色が宿っている。


「ルーシー、俺も同じだ。もう、隠し立てはやめよう」


 エリオットの言葉に、ルーシーは大きく頷いた。

 二人は同時に、情事発動している変身魔法を解いた。

 二人は魔法だけではなく、物理的にも男装・女装をしていたが、変身魔法をそれを大きく補強するものだった。


 エリオットの短い金髪が伸び、豊かな胸が服を着ていてもはっきりと露わになる。

 一方、ルーシーの長い赤褐色の髪は短くなり、体つきもいつもよりやや男性的になっていく。

 月光の下、二人の本当の姿が明らかになった瞬間だった。


「エロイーズ……」


「ルシアン……」


 二人は、互いの本当の名前を呼び合った。

 その声には、これまでにない親密さが込められていた。


「本当の私を、受け入れてくれるの?」


 エロイーズの問いかけに、ルシアンは真剣な眼差しで応えた。


「もちろんだ。僕は君のすべてを愛している。エリオットとしての君も、エロイーズとしての君も」


 初めて聞くルシアンの毅然とした男言葉に、エロイーズの目に涙が浮かんだ。


「私も同じよ、ルシアン。ルーシーとしてのあなたも、本当のあなたも、大切なの」


 二人は、ゆっくりと歩み寄り、抱き合った。その瞬間、練習場全体が柔らかな光に包まれた。壁に刻まれた魔法陣が輝き、二人の魔力が共鳴するかのように、風と雷の魔法が美しく交わる。


「でも、エロイーズ。僕たちの秘密は、まだ誰にも……」


 ルシアンの言葉を、エロイーズは優しく遮った。


「勿論よ。でも、大丈夫よ。私たちには、お互いがいるもの。きっと乗り越えられるわ」


 二人は再び見つめ合い、そっと唇を重ねた。その瞬間、練習場の魔法陣が一斉に明滅し、二人を祝福するかのような光の雨が降り注いだ。


 しかし、その幸せな瞬間も長くは続かなかった。突如、練習場の扉が開く音がした。


「やっぱりここにいたのね、エリオット、ルーシー……って」


 クロエの声が途切れた。

 彼女の目の前には、エリオットでもルーシーでもない、エロイーズとルシアンの姿があった。


「クロエ! これは……」


 エロイーズが慌てて言葉を発しようとしたが、クロエは静かに手を上げて制した。


「説明はいいわ。私、うすうす気づいていたの。二人の本当の姿に」


 クロエの言葉に、エロイーズとルシアンは驚きの表情を浮かべた。


「気づいていた……って?」


 ルシアンの問いに、クロエは微笑んだ。


「私の霧の魔法は、時々他人の本質を映し出してしまうの。二人の周りにいると、いつも不思議な霧が現れてたわ」


 クロエの説明に、二人は言葉を失った。しかし、クロエの次の言葉が、彼らの心を温めた。


「大丈夫よ。あなたたちの秘密は守るわ。それに……二人の気持ち、私、素敵だと思う」


 エロイーズとルシアンは、安堵の表情を浮かべた。しかし、その安堵も束の間、再び扉が開く音がした。


「おや、ここで何をしているんだ?」


 プロフェッサー・アメリー・ルーンクラフトの声だった。エロイーズとルシアンは、凍りついたように動けなくなった。


 教授は、驚いた表情を一瞬見せたが、すぐに優しい笑みに変わった。


「やはりそうだったか。エロイーズ・ラルーン、ルシアン・トネール。二人とも、本当の姿を見せてくれてありがとう」


 教授の言葉に、エロイーズとルシアン、そしてクロエは驚きの声を上げた。


「先生、私たちのこと……ご存じだったんですか?」


 エロイーズの問いに、教授は静かに頷いた。


「ああ、最初から知っていたよ。しかし、それは二人自身が乗り越えるべき課題だと思っていたからね。そして今、二人は大きな一歩を踏み出したんだ」


 教授の言葉に、エロイーズとルシアンは感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。


「先生、これからどうすれば……」


 ルシアンの問いに、教授は優しく微笑んだ。


「それは、君たち次第だ。ただ、覚えておきなさい。真実の愛は、どんな姿でも変わらないものだということをね」


 教授の言葉に、エロイーズとルシアンは強く頷いた。二人の手がそっと触れ合う。


 月明かりの下、エロイーズとルシアンの新たな物語が始まろうとしていた。それは、困難も多いだろう。しかし、二人の心は固く結ばれ、どんな試練も乗り越えていく覚悟ができていた。


 クロエと教授は、その二人を優しく見守っていた。練習場の古い魔法陣は、二人の未来を祝福するかのように、静かに輝き続けていた。

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