第12話「私たちの秘密、守り抜くわ」
アカデミー・ルミエールの図書館は、魔法の知識の宝庫だった。天井まで届く本棚には、古今東西の魔法書が並び、それぞれが微かに輝いている。エリオット(エロイーズ)とルーシー(ルシアン)、そしてクロエは、奥まった一角で古代魔法に関する調査を進めていた。
「ねえ、この本に面白いことが書いてあるわ」
クロエが指さす頁には、古代の封印魔法に関する記述があった。
「どれどれ……」
エリオットが身を乗り出した瞬間、彼の袖が引っかかり、積み上げられていた本の山が崩れ落ちた。
「あっ!」
三人は慌てて本を拾い始めた。その時、一冊の古い本が開いた状態で床に落ちた。そのページには、変身魔法に関する重要な情報が記されていた。
「これは……!」
ルーシーの声に、エリオットとクロエが振り向く。しかし、その瞬間、彼らは背後に人の気配を感じた。
「へえ、面白そうな本だね」
振り返ると、そこにはノエル・オンブルヴォワールが立っていた。彼の目は、開いた本のページを食い入るように見ていた。
「ノエル! いつからそこに……」
エリオットの声には、明らかな動揺が混じっていた。
「さっきからずっとね。君たち、随分と熱心に古代魔法を調べてるみたいだけど……何か理由でもあるの?」
ノエルの口調は軽いものの、その目には鋭い光が宿っていた。エリオットとルーシーは、思わず顔を見合わせた。
「別に……ただの課題研究よ」
ルーシーが取り繕おうとしたが、ノエルの視線は二人の間を行ったり来たりしていた。
「そう? でも、その本に書かれてる変身魔法の詳細って、普通の課題研究には必要ないよね?」
ノエルの言葉に、三人は凍りついたように動けなくなった。クロエが、慌てて本を閉じようとする。
「ちょっと、のぞき見はよくないわ!」
しかし、ノエルはすでに十分な情報を得たようだった。彼の唇が、不敵な笑みを形作る。
「君たち、何か隠してるよね? 特に、エリオットとルーシー。君たちの様子、最近おかしいと思ってたんだ」
エリオットは、ノエルに向かって一歩踏み出した。
「お前に関係ないだろう。俺たちのことは、俺たちで決める」
その言葉に、ノエルの目が危険な光を放った。
「そうかな? 学園の秩序を守るのは、俺たち生徒会の仕事だ。怪しげな秘密は、はっきりさせなきゃね」
ノエルの周りに、黒い霧が渦巻き始めた。エリオットとルーシーは、咄嗟に魔法の構えをとる。クロエも、二人の前に立ちはだかった。
「二人の秘密は、私が守るわ」
クロエが呟くと、彼女の周りの霧が、急速に濃くなっていく。それは、ノエルの闇の霧と拮抗するように広がっていった。
図書館の静寂が、一触即発の緊張感に包まれる。エリオットとルーシーは、互いを見つめ、小さく頷いた。
「行くぞ、ルーシー」
「ええ、エリオット」
二人の魔法が解き放たれた瞬間、図書館は魔法の嵐に包まれた。彼らの秘密を守る戦いが、今始まろうとしていた。
図書館内に魔法の嵐が吹き荒れる。エリオットの風の刃がノエルの闇の霧を切り裂き、ルーシーの雷が書架の間を縫って飛んでいく。クロエの霧が、二人を守るように広がっていた。
「なかなかやるじゃないか」
ノエルの声には、焦りよりも興奮が滲んでいた。彼の手から放たれた闇の矢が、エリオットたちに向かって飛んでくる。
「させるか!」
エリオットが風の盾を展開し、闇の矢を弾き返す。しかし、その衝撃で彼は後ろに吹き飛ばされた。
「エリオット!」
ルーシーの叫び声が響く。彼女の周りに、より強力な雷のオーラが現れる。
「雷鳴の舞!」
ルーシーの魔法が炸裂し、図書館内に眩い光が走る。ノエルは一瞬たじろぐが、すぐに闇の霧で身を包んだ。
「まだまだ! 闇の牢獄!」
ノエルの魔法が三人を包み込もうとする。しかし、その時だった。
「もう、やめなさい!」
クロエの声が響き渡る。彼女の霧が急速に広がり、ノエルの闇を押し返していく。
「記憶の霧!」
クロエの魔法が、ノエルを包み込む。彼の目が一瞬、焦点を失う。
「な、何をした……」
ノエルの声が震える。クロエが一歩前に出た。
「あなたの中にある、孤独や恐れの記憶を呼び覚ましたの。ノエル、あなたも誰かを信じ、誰かに信じてもらいたいんでしょう?」
ノエルの表情が、一瞬柔らかくなる。しかし、すぐに打ち消すように首を振った。
「黙れ! 俺は……俺は……」
彼の言葉が途切れる。闇の霧が薄くなっていく。
エリオットとルーシーは、互いに顔を見合わせた。そして、ゆっくりとノエルに近づいていく。
「ノエル、俺たちは敵じゃない」
「そうよ。みんな、同じアカデミーの仲間じゃない」
二人の言葉に、ノエルの体から力が抜けていく。
「なぜ……なぜ俺に優しくする? 俺は、お前たちの秘密を暴こうとしたんだぞ」
エリオットが、静かに言った。
「みんな、何かしら秘密を抱えている。でも、それを理解し合えるのが、本当の仲間だと思うんだ」
ルーシーも頷く。
「私たちの秘密も、いつかはあなたに話せる日が来るかもしれない。でも今は……」
クロエが、二人の肩に手を置いた。
「今は、お互いを信じることから始めましょう」
ノエルは、三人を見つめた。彼の目に、涙が光る。
「俺も……仲間に入れてくれるのか?」
エリオットとルーシー、そしてクロエは、優しく微笑んだ。
「もちろんよ」
図書館に、静かな空気が流れる。魔法の嵐は収まり、代わりに新たな絆の光が、四人を包み込んでいった。
外の空は、夕暮れに染まっていた。アカデミー・ルミエールの塔に、希望の鐘が鳴り響く。
この日、エリオットとルーシーは、自分たちの秘密を守りつつ、新たな仲間を得た。そして、彼らの前には、まだ見ぬ冒険が待っているのだった。
……しかし新たな絆が生まれた喜びもつかの間、図書館の入り口から厳しい声が響いた。
「いったい、何をしているんですか!」
振り向くと、そこには顔を真っ赤にした司書のマダム・リーブルが立っていた。彼女の視線が、散乱した本や、魔法の痕が残る壁、そして4人の生徒たちを順に見渡す。
「あ、あの……マダム・リーブル、これは……」
エリオットが言い訳しようとしたが、マダム・リーブルは厳しい目つきで彼を制した。
「言い訳は結構です。見れば分かります。図書館で魔法の争いですって? 前代未聞ですよ!」
ルーシーが小さな声で言った。
「申し訳ありません……」
マダム・リーブルは深いため息をついた。
「エリオット、ルーシー、クロエ、そしてノエル。貴方たち4人は、この図書館を元通りにするまで帰れません。一冊残らず、きちんと正しい場所に戻すのよ」
4人は顔を見合わせ、小さく頷いた。
「「「「わかりました、マダム・リーブル」」」」
マダム・リーブルは、最後に厳しい視線を投げかけると、踵を返して去っていった。
エリオットは、散らばった本を拾い始めながら言った。
「さて、みんな。片付けるぞ」
ルーシーもすぐに動き出した。
「魔法は使わないようにしましょう。せっかく直したのに、また何か起こしたら大変だわ」
クロエは、破損した本を丁寧に直しながら言った。
「本当に申し訳ないことをしたわね。これから気をつけましょう」
ノエルは少し戸惑っていたが、すぐに他の3人に倣って片付け始めた。
「俺も……手伝うよ」
4人は黙々と作業を続けた。本を拭き、破れたページを修復し、一冊一冊を正しい場所に戻していく。時折、本の内容について小さな会話を交わすこともあった。
何時間もの作業の末、ようやく図書館は元の姿を取り戻した。
「やっと……終わったな」
エリオットが額の汗を拭う。
「本当に大変だったわ。でも、みんなで協力したからできたのよね」
ルーシーの言葉に、他の three 人も同意するように頷いた。
マダム・リーブルが戻ってきて、図書館を細かくチェックする。
「ふむ……まあ、よろしいでしょう。次からはこのようなことがないように」
「「「「はい、約束します」」」」
4人は揃って頭を下げた。
図書館を出る時、夜空には星が輝いていた。四人は疲れた表情を浮かべながらも、どこか達成感に満ちた顔で互いを見つめ合った。
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