第8話「お前のことが、気になって仕方ないんだ」

 アカデミー・ルミエールの図書館は、まるで異世界のような空間だった。天井まで届く本棚には、魔法で浮遊する古書が並び、それぞれが微かに輝いている。空中には、小さな光の精霊たちが本の案内役として飛び交い、静寂を保つための結界が張られていた。


 エリオット(エロイーズ)は、魔法史の課題に取り組むため、古代魔法に関する本を探していた。彼女の手には、すでに数冊の重たそうな本が抱えられている。


「この本も必要かな……」


 エリオットが手を伸ばした瞬間、別の手が同じ本に触れた。


「あ、すみません」


 振り向いた先には、ガエル・シエルダンスがいた。彼の周りには、いつもの風の渦が静かに舞っている。


「おや、エリオットか。珍しいな、君がこんな古い本を探すなんて」


 ガエルの言葉に、エリオットは少し戸惑いを見せた。


「ああ、魔法史の課題でね。古代の風の魔法について調べているんだ」


「そうか。僕も同じようなテーマで調べものをしていたんだ。よかったら、一緒に研究しないか?」


 ガエルの提案に、エリオットは一瞬躊躇した。しかし、彼の純粋な眼差しに、断る理由も見つからなかった。


「ああ、そうだな。助かる」


 二人は、図書館の奥にある研究スペースに向かった。テーブルに本を広げ、互いの発見を共有しながら課題を進めていく。エリオットは、ガエルの風の魔法に関する知識の深さに感心した。


「ガエル、君の風の魔法の理解は本当にすごいな」


「ありがとう。でも、エリオットの風の扱い方も独特だよ。まるで、風そのものになっているかのようだ」


 ガエルの言葉に、エリオットは少し緊張した。


(もしかして、俺の本当の姿に気づいているのか?)


 その時、図書館の入り口からルーシー(ルシアン)が入ってきた。彼女の目が、エリオットとガエルに止まる。その瞬間、ルーシーの表情が微妙に曇った。


(エリオットとガエル……二人で何をしているの?)


 ルーシーは、自分の中に湧き上がる不快な感情に戸惑った。(私、嫉妬しているの……? でも、なぜ?)


「あ、ルーシー! こっちだ」


 エリオットが手を振ると、ルーシーは少し躊躇いながらも近づいてきた。


「エリオット、ガエル。お二人とも、こんなところで何を?」


「魔法史の課題をね。ルーシーも一緒にやらないか?」


 エリオットの誘いに、ルーシーは微かに安堵の表情を浮かべた。


「ええ、そうさせてもらうわ」


 三人で研究を進める中、エリオットはルーシーの様子が少し違うことに気づいた。彼女の瞳に浮かぶ不安げな色。それは、エリオットの心に微かな痛みをもたらした。


(ルーシー、何か悩んでいるのか?)


 一方、ガエルはルーシーに熱心に話しかけていた。


「ねえルーシー、この前言ってた魔法祭のことなんだけど……」


 その言葉に、エリオットの耳がピクリと動いた。彼女の中で、何か言いようのない感情が湧き上がる。


(俺は……嫉妬してるのか? でも、それはおかしいはずだ。俺とルーシーは……)


 エリオットの心の中で、感情の嵐が渦巻いていた。彼女は、自分の気持ちが何なのか、はっきりとは分からなかった。ただ、ルーシーのことが気になって仕方がないという事実だけは、はっきりしていた。


 研究が終わり、三人が図書館を出ようとしたとき、エリオットはルーシーの袖を軽く引いた。


「ルーシー、少し話があるんだ。二人きりで」


 その言葉に、ルーシーは少し驚いた表情を見せたが、すぐに頷いた。


「ええ、いいわ」


 二人は、アカデミーの中庭へと足を向けた。夕暮れ時の空は、魔法の光で彩られ、幻想的な雰囲気を醸し出していた。エリオットは、深呼吸をして言葉を紡ぎ出した。


「ルーシー、最近……お前のことが、気になって仕方ないんだ」


 エリオットの言葉に、ルーシーは息を呑んだ。彼女の頬が、夕日の色よりも赤く染まる。


「エリオット……私も、あなたのことが……」


 二人の視線が絡み合う。そこには、友情以上の、まだ名前のつけられない感情が浮かんでいた。しかし、その瞬間、


「おや、二人とも何をしているんだ?」


 プロフェッサー・アメリー・ルーンクラフトの声が響き、エリオットとルーシーは慌てて体を離した。


「あ、いえ、何でもありません!」


 二人は同時に言い、顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。教授は、意味ありげな目で二人を見つめている。


「そうか。では、そろそろ夕食の時間だ。食堂に向かいなさい」


 エリオットとルーシーは、言葉にできなかった気持ちを胸に秘めたまま、別々の方向に歩き出した。しかし、二人の心の中では、新しい感情の芽が確実に育ち始めていた。

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