第7話「私たちは、私たちのままでいいのよ」

 アカデミー・ルミエールの中庭は、春の陽光に包まれ、色とりどりの魔法の花々が咲き誇っていた。空中には、小さな光の精霊たちが舞い、学生たちの間を飛び交っている。そんな中、エリオット(エロイーズ)とルーシー(ルシアン)は、ベンチに腰かけ、フィールドワークの報告書を仕上げていた。


「ねえ、エリオット。この部分、どう書けばいいと思う?」


 ルーシーが、報告書の一部を指さす。エリオットは、少し体を寄せてそれを覗き込んだ。


「ここか? そうだな……こう書くのはどうだ?」


 エリオットが提案すると、ルーシーは目を輝かせた。


「さすがね! その表現、完璧よ」


 二人が顔を見合わせて微笑む。その瞬間、近くを通りかかった学生たちが、クスクスと笑い声を立てた。


「ねえねえ、あの二人、またイチャイチャしてる」


「羨ましいわね。エリオットとルーシーって、本当に仲がいいのよね」


 その言葉を耳にし、エリオットとルーシーは慌てて体を離した。顔を真っ赤に染めながら、互いに視線を逸らす。


「違うの! そういうわけじゃ……」


 ルーシーが慌てて言い訳をしようとしたが、すでに学生たちは立ち去った後だった。


 エリオットは、複雑な表情を浮かべていた。彼女の心の中では、様々な感情が渦巻いていた。(みんなに、俺たちが付き合ってるって思われてる……でも、本当の俺たちは……)


 ルーシーも同じように、心の中で葛藤していた。(私たち、ただの友達よ。でも、なぜかこの誤解を否定する気にもなれない……)


 二人の沈黙を破ったのは、クロエ・ブルムリエールの声だった。


「あら、エリオット、ルーシー。二人とも、顔が赤いわよ? 何かあったの?」


 クロエの問いかけに、エリオットとルーシーは慌てて首を振った。


「い、いや、何でもないさ。ただ、報告書を書いてて……」


「そうよ。ちょっと集中しすぎちゃって……」


 クロエは、不思議そうな顔で二人を見つめた。彼女の周りには、いつものように薄い霧が漂っている。その霧の中に、エリオットとルーシーの本来の姿が一瞬映り込んだように見えた。


「そう? でも、二人とも最近すごく仲良さそうね。みんなの噂になってるわよ」


 クロエの言葉に、エリオットとルーシーは再び顔を赤らめた。


「そ、そんなことないさ。俺たちは……」


「ただの友達よ。親友、ってところかしら」


 二人の言葉は、どこか空々しく聞こえた。クロエは、知っているかのような微笑みを浮かべる。


「そうね。でも、友情と恋愛って、時々境界線が曖昧になることもあるわ。気をつけなきゃね」


 クロエの言葉は、まるで二人の心の奥底を見透かしているかのようだった。


 その夜、エリオットは自室で、鏡に映る自分の姿を見つめていた。長い金髪を短く切った姿、胸を押さえつけた姿。それは、本当の自分ではない。


(俺は……私は、ルーシーのことをどう思ってるんだ? 友達以上の感情なんて、持っていいのか?)


 一方、ルーシーも自室で、同じように悩んでいた。彼は、長い赤褐色の髪を優しく撫でながら、深いため息をついた。


(エリオットは、私のことをどう思っているのかしら? 私たちの関係は、このままでいいの?)


 二人の心の中で、友情と恋愛の境界線が曖昧になっていく。それは、まるで魔法の霧のように、現実と幻想の狭間で揺らめいていた。


 翌日、魔法生物学の授業中、エリオットとルーシーは同じテーブルで作業をしていた。教室の中央には、巨大な水晶球があり、その中で様々な魔法生物が泳いでいる。二人は、その生物の特徴を観察し、記録する課題に取り組んでいた。


「ねえ、エリオット。この生き物、風の精霊に似てるわ」


 ルーシーが水晶球の中の小さな生き物を指さす。それは、半透明の体を持ち、風のように自由に泳ぎ回っている。


「本当だな。でも、よく見ると雷の粒子も纏ってるぞ」


 エリオットが指摘すると、ルーシーは驚いた表情を浮かべた。


「あら、本当ね。風と雷の属性を併せ持つなんて、珍しいわ」


 二人が顔を寄せ合って観察していると、周囲から再びクスクスという笑い声が聞こえてきた。エリオットとルーシーは、慌てて体を離す。


「あ、あの、ルーシー。昨日の噂のことだけど……」


 エリオットが言葉を探していると、ルーシーは優しく微笑んだ。


「気にしないで、エリオット。私たちは、私たちのままでいいのよ」


 その言葉に、エリオットは安堵の表情を浮かべた。しかし、二人の心の奥底では、まだ言葉にできない感情が渦巻いていた。


 授業が終わり、二人が教室を出ようとしたとき、ガエル・シエルダンスが近づいてきた。彼の周りには、いつものように小さな風の渦が漂っている。


「ルーシー、ちょっといいかな?」


 ガエルの声に、ルーシーは少し驚いた表情を見せた。


「ええ、いいわよ。何かしら?」


「実は、今度の魔法祭で……」


 ガエルの言葉を聞きながら、ルーシーはエリオットの方をちらりと見た。エリオットの表情が、微妙に曇るのが見えた。


(なぜだろう? ガエルと話すのを、エリオットは嫌がってるみたい……)


 その瞬間、ルーシーの心に小さな動揺が走った。それは、まだ形にならない、新しい感情の芽生えだった。

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