笑顔

寿鈴すずが驚いて顔を上げ、大樹だいきを見た。


「だいちゃん、今の……?」

「あっ、えっと、違うんだ」


“違う”と口に出した途端、寿鈴の眉が僅かに下がって見えた。



違うって何だよ!?

全然違わないじゃないか。


俺、寿鈴が好きなんじゃんか!



「…………違わない。俺さ、寿鈴のこと好き」

「私もっ」


意を決して言ったのに、食い気味に寿鈴が答えたので、大樹はとても驚いた。

さらさらの前髪の下で、寿鈴の真剣な瞳が真っ直ぐ大樹を見ていた。


「私も、だいちゃんが好き」

「ホ、ホントに?」

「うん…………好き、なの」


大樹は一気に舞い上がるような気持ちになった。

しかし、寿鈴は徐々に下を向いていき、小さく続けた。


「でも、ね、……私達、まだ幼馴染じゃだめかな」

「え?」

「告白し合ったら、“彼氏と彼女”、とかじゃなくて……私、まだ幼馴染でいたい……」


すっかり俯いてしまった寿鈴の姿に困惑して、大樹は固まったまま頭の中でぐるぐると考える。


これはもしかして、やっぱり男として見られてないのか?

寿鈴の“好き”は、友達としての“好き”なのか?


「もしかして俺、男友達として好かれてる?」

「違う!」


寿鈴は弾かれたように顔を上げた。

でもその目線は不安気で、一所ひとところに落ち着かない。


「違うの、そうじゃないんだけど……でもね……」



好きだと気持ちを伝え合ったのに、すっかり笑顔の消えてしまった寿鈴を見て、大樹の困惑は増すばかりだ。

一体どうして寿鈴はこんなに苦しそうなのか。


ふと、ストローを持っている寿鈴の手が、緊張からなのか強く握られていることに気付いた。

その細い指が、節を白く染めていることが痛々しく、堪らず大樹は口を開く。


「寿鈴、そんなに握ったら、ストロー折れちゃうよ」

「あ……」


咄嗟に離したストローは潰れていて、くるりと角度を変えて、項垂れるように斜めになった。


「新しいストロー、もらって来るよ」

「え? あっ、いいよ、だいちゃん!」

「大丈夫。待ってて」


大樹は「すぐ戻るから」と言って席を離れた。

少し間を置かないと、色々と問い質してしまいそうだったからだ。

多分、何をどんな風に聞いても、寿鈴を困らせてしまう気がする。



カウンターの列に並ぶと、新製品のポスターが並べて貼ってあるのが目に入った。

マンゴーフラッペと、有名チョコレートメーカーとコラボした、フローズンドリンク。

マンゴーフラッペの券をもらったから一緒に行かないかと誘ったら、「どちらも食べてみたかったんだ」と、とても嬉しそうにしていた寿鈴。


席の方を振り返ると、肩を落として俯いている寿鈴の横顔が見えた。

今日を楽しみにしていたと言っていたのに、なぜあんな寂しそうな顔にさせてるんだろう。


……バカか、俺。

せっかく一緒にいるのに、何やってんだ。

だいたい、今日告白するつもりじゃなかっただろうが!


「あーっ、ホント馬鹿!」


ガシガシと頭を掻いて、大樹はカウンターの前に進んだ。




「寿鈴、新しいのもらって来た」

「ありがとう。……ごめんね」

「いいよ。それよりこれ、チョコレートのやつ飲んでみたくなって買ってきた」


大樹はフローズンドリンクを持って席に座り、ズズッとストローを吸う。


「うんまっ! 寿鈴、これ超美味ちょーうまい! 飲んでみ?」


大袈裟に言って、大樹はカップを持った手を、ズイと寿鈴の前に突き出した。


「ほら」

「え、でも、ストロー……」

「いいから! ほら」

「あ、うん」


勢いに負けてか、寿鈴が受け取ってストローをくわえた。

ゴクンと飲み込んで、少し表情を緩める。


「……美味しい」

「な、美味うまいよな。あ、そっちも一口ちょうだい」

「だいぶ溶けちゃったよ?」

「いいよ」


言って大樹は半分溶けたマンゴーフラッペを受け取り、潰れたストローを整えてズーと吸った。


「こっちも美味うまいね」

「う、うん」


大樹はストローをわざと共有したが、寿鈴は嫌がらなかったし、どことなく、照れたように頬を染めている。

大樹は内心ホッとした。


寿鈴の“好き”は、寿鈴自身が言ったように、友達としての“好き”じゃない。

ちゃんと、男として見られてるんだ。



寿鈴はもしかしたら、の先へ進むことが怖いのかもしれない。

男性不信気味であったことが影響しているのかどうかは分からないけれど、寿鈴の中では、幼馴染という関係が、俺との繋がりとして一番安心できて、嬉しく思えるんだ。


なら、それでいいじゃないか。

急いで変えようとする必要がどこにある?



「寿鈴」


ゆっくりマンゴーフラッペをすくっていた寿鈴が、視線を上げる。


「びっくりさせてごめんな。俺達、これからも幼馴染でいいよ」

「……本当?」

「うん、ホント。なんにも変えなくていいよ」


まだ張り詰めていた寿鈴の雰囲気が、ふっと緩んだのが分かった。


「あっ! めちゃくちゃ長いの発見した!」


大樹は、目の前の冷めたポテトの残りから、一番長いものを発見して摘み上げた。


「寿鈴が見つけたやつより長い」

「えっ? そうかな?」

「そうだよ。俺が一番長いの発見しましたー、俺の勝ちー!」

「勝負してないよ!?」

「ハイ、俺優勝ー!」

「だからしてないってば!」


寿鈴がようやく笑ったので、大樹は嬉しくなって、冷めたポテトを頬張った。



姉の優樹ゆきが言った『ちゃんと付き合えよ』ってことは、自分だけの気持ちを押し付けるなよってことだったのかもしれないと、大樹は思った。


俺の“好き”だけが先走っても、寿鈴の笑顔は見られないんだ。

だったら、ゆっくりでいい。


「彼女だよ」って誰かに宣言することよりも、寿鈴が笑ってくれる方が、俺は、ずっと嬉しいんだ。





バーガーショップを出て、駐輪場で自転車に荷物を乗せる。


「だいちゃん、夏休みは部活で忙しいの?」

「うん。あと、数学と科学の補習も受けないといけないんだよ。期末テストが悪すぎて!」

「そっか……」


何か言いたいけれど、寿鈴は言葉を飲み込んだように見えた。

大樹は腰を曲げ、小柄な寿鈴の顔を覗き込む。


「寿鈴、なんか言いたいことあるだろ」

「え、別に」


寿鈴がうつむき加減に前髪を触る。


「寿鈴、いいから言って?」


寿鈴は何度か口をパクパクと動かしたが、決意したように一息で言った。


「一回だけでいいから夏休みだいちゃんと一緒にお出かけしたい」

「えーっ! 一回だけなの!? 俺、もっと一緒に出かけるつもりだったんだけど!」


目を丸くした寿鈴が、一拍置いてぷーっと吹き出した。



しばらくして、ようやく笑いが収まった寿鈴は、涙目の笑顔で大樹を見上げた。


「だいちゃん、夏休みに一緒にお出かけしよ」



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