聖典を取り戻せ!

 砂嵐の中を何とか切り抜け、俺たちは騎士たちの追撃から逃げ切った。辛うじて無事だったものの、全身が砂まみれで、顔を覆った布の隙間からも砂が入り込んでいる。正直、全身が砂漠そのもののような気分だ。それでも、目の前に広がる街の門が見えた瞬間、少しだけ希望の光が差し込んだ。



「本当にここに市場があるのだろうか……」



 俺は自問自答するように呟く。だが、そんな不安を吹き飛ばすように、ローズが元気よく声をあげた。



「アラン、あそこ!」



 彼女が指さす先には、確かに賑やかな市場が広がっていた。色とりどりのテントや屋台が立ち並び、商人たちが物を売り買いしている。香辛料の匂い、焼きたてのパンの香り、雑多な人々の声……この活気溢れる市場はまさに俺たちが探していた場所だった。



 しばらく市場を歩き回ると、ついに目的の商人を見つけた。彼は前回と同じように、胡散臭い笑みを浮かべながら商品を並べている。だが、いざ商人の前に立った瞬間、俺はとんでもない事実に気づいた。



――買い戻す金が、ない。



 胸ポケットを探るが、もちろん何も出てこない。俺の顔が青ざめたのを見て、ローズが怪訝そうにこちらを見上げる。



「アラン、どうしたの? 何か困っているの?」



 俺は一瞬躊躇したものの、覚悟を決めてローズにすべてを打ち明けることにした。



「実はな、俺には『書物の具現化』という力があるんだ……そして、あの商人に六法全書を売り払ってしまった。俺にとってあれは、とても大事なものなんだ。どうしても取り戻さないと、この先何もできない」



 ローズは驚きの表情を浮かべたが、すぐにその目が真剣なものへと変わった。



「つまり、あの商人から六法全書を買い戻したいってことよね? でも、お金がない……」



 その通りだった。いくら市場が目の前にあっても、金がなければ何も手に入らない。俺はローズに肩を落として告げた。



「ごめん、俺、もう一文無しなんだ」



 しばらく考え込んでいたローズは、急にニヤリと笑った。まるで何か策を思いついたような顔だ。



「お金がない? それなら問題ないわよ」



 そう言うと、ローズはポケットから一枚の紙を取り出した。それは、どこか見覚えのある、豪奢な装飾が施されたものだった。商人に差し出されたそれを見て、商人は驚きの表情を浮かべる。



「おや、あんたはこの前の……」



 俺が話を切り出す前に、商人はローズに気づいたようだ。彼の顔には明らかな警戒心が表れていた。さっきまでの余裕たっぷりの態度はどこへやら。



「買い戻したいんだ。六法全書を」



 商人はしばらく沈黙していたが、やがて面倒くさそうに口を開いた。



「……まぁ、売ってもいいが、なかなかの額になるぞ? あの本、貴族の間でも評判なんでな」



 提示された金額は途方もなく高かった。俺は顔をしかめたが、ローズはそんなことはお構いなしに、にこやかに微笑んでいた。彼女は再びポケットから何かを取り出し、商人の前に差し出した。それは、金額の記載がない小切手だった。



「じゃあ、これでお願いするわ」



 商人は一瞬驚いた様子を見せたものの、すぐに表情を変え、丁寧に頭を下げた。そして、俺たちの前に、ついに六法全書が差し出されたのだ。



 無事に六法全書を取り戻すことができた俺は、ローズに深々と頭を下げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る