お転婆な箱入り娘

「それで、アランは何ができるわけ?」



 ローズは、そんな言葉を投げかけてきた。俺のスキルや実力を試すような目つきだ。「ラノベの力を使って現実にする」なんて言えるはずもないし、そんなこと言ったら怪しまれるだけだ。俺は一瞬言葉に詰まるが、無難に「魔法だ」と答えた。これは嘘じゃない。ラノベの力を借りて、魔法っぽいことをしているんだから、嘘は言ってないはずだ。



「じゃあ、見せてよ。魔法が使えるなら、今すぐ見たいわ」



 ローズは期待に満ちた目でこちらを見ている。だが、そう簡単に魔法が使えるわけでもない。



「いや、魔力には限りがあるからな。今は使えないんだよ」



 適当な言い訳でごまかす。ローズ少し不安そうな顔を見せるが、それ以上は突っ込んでこない。よし、どうにかごまかせた。



「で、アランは私をどこまで連れていってくれるのかしら?」



 その問いかけに俺は一瞬考え込む。正直、行先なんて全く考えていなかった。今の俺の目標は、あの商人から六法全書を取り戻すこと。それがなければ、この世界で生きていく手段はほぼ皆無だ。でも、ローズにそんなことを話すわけにもいかない。俺は適当に話をそらすことにした。



「そうだな……商人が集まる場所――つまり、市場はどこにあるんだ?」



 そう聞けば、王女の身分を考えると、多少は情報を知っているかもしれないと思ったからだ。だが、俺の予想は甘かった。ローズは首をかしげ、困惑した表情を浮かべる。



「市場? ごめんなさい、私は市場の場所なんて知らないわ」



 ああ、やっぱりか……。王女が市場の場所を知っているわけがない。王宮の中で暮らす箱入り娘にとって、市場は縁遠い場所なのだろう。俺は軽くため息をつき、どうするべきか考え込む。だが、彼女は続けて口を開いた。



「でも、話では聞いたことがあるわ。確か、王宮から西に行ったところに市場があるって」



 王宮から西か……。だが、俺はそもそも王宮の位置すら把握していない。西に行けと言われても、どの方角が西なのかも怪しい状況だ。町に入ったばかりの俺にとって、方向感覚なんてものは存在していないに等しい。



「なあ、ローズ。どの方角から逃げてきたかは分かるか?」



 俺は不安を抱えながらも、彼女に頼るしかないと悟り、恐る恐る質問を投げかけた。王女なら少なくとも、自分がどの方角から逃げてきたくらいは覚えているだろう……いや、覚えていてほしい! 俺は祈るような気持ちで彼女の返事を待つ。



「多分……あっちから!」



 。彼女はそう言って、指差す方向を示した。が、なんて頼りない返事だろう。こころもとないにもほどがある。だが、俺に選択肢はない。彼女を信じるしかないのだ。俺は深呼吸をして、気を取り直すと、その方向へと一歩踏み出した。



 視線の先には、遠くに広がる砂漠が見える。乾燥した風が吹きつけ、砂が舞い上がる。そこに商人がいるかどうかは分からないが、とにかく進むしかない。もし何もなかったら……その時はまた考えればいい。俺は足元に気をつけながら、砂の中へと一歩一歩歩みを進めた。この広大な砂漠のどこかに、俺の目的――六法全書を持つ商人がいると信じて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る