第39話・成仏してくれるかな……

「超必殺、おいもパ~~ンチ!! ……やで!」


 今までに聞いたことがない様な、凄まじく、それでいて表現の出来ない断末魔が響き渡る。

 

 そしてゆっくりと、ズン……とほこりを舞い上げながら倒れるドラゴン。脳天の鱗は砕け、吹き出した血が校庭を黒く染めていた。


 落下する私を受け止めてくれたのは、あまぐりとタケル。相変わらず張り合いながら唸り合いながらで、良く落とされなかったものだと思う。


「私たち、ドラゴンを倒した……んだよね?」

「多分……?」


 それはつまり、ドラゴンが提示した『力を見せる』って条件はクリアしたわけで……


 私は無意識に、おいもさんを握りしめたままの右拳を突き上げていた。



 ――そして、一斉に声援が上がる。



「うおおおおおおおおおおおおお」

「やったーーーー!!!」

「マジすげえーーーーー」

  

 校舎や校門、体育館の裏まで。前からも後ろからも歓喜の声が響き渡った。クミコ、レナ、タケルにあまぐりミーハーズまで。

 みんなの喜ぶ顔が、これほどうれしい瞬間はない。達成感と安堵感がぐちゃぐちゃになって、私の感情をかき混ぜていた。


 私は左拳も振り上げて歓声に答える。気分はあの名作ボクシング映画のワンシーンだった。


 ――しかし。


「……にゃ?」

「姉子どうしたの?」

「なんか、ドラゴンが動いた気がするにゃ」


 そのひと言でみんなの目が一斉にドラゴンにむいた。まさか、まだ終わっていないのか?


 ドラゴンは倒れたままビクビクッと数回身体を震わせると、いきなり嘔吐し始めた。ゴボッと吐き出される胃液、そしてその中から出て来たのは……


「——ヒポ丸⁉」


 目の前には胃液まみれのヒポ丸。状況がのみ込めていないのか、キョロキョロと辺りを見回していた。


「ヒポ丸~、生きていたのにゃ~」

「田丸先生、本当に、本当に心配していたのですよ」


 と、相変わらずあざとい態度を見せるクミコ。これがヒポ丸を動かすコツらしい。


「お、おう。なんかよくわからんがありがとうな」


 あの状況で怪我ひとつないなんて……実はヒポ丸が最強なんじゃない? と思わずにはいられなかった。


「なんだろな~、なんか死にかけた夢を見たんだが……」


 それ、大体合ってます。


「それはそれとして……なんでみんな離れているんだ?」

「……」

「あ~、いや、特に深い意味はないですよ」

「う、うん。ないにゃ~ないない」


 ……仕方ないよね。『胃液まみれのヒポ丸が臭い』なんて言えないもの。


「しかしやな~。このドラゴン、マナーがなっとらんわ」

「モンスターにもマナーなんてあるの⁉」

「食べ物を丸呑みしたらあかんで。ちゃんと八十八回かまんと食材に失礼や」


 ……その食材ってヒポ丸のことなんですけど。


「おいもさん、それ怖いって……」



 ヒポ丸を吐き出したドラゴンは、ブルッと震えて動かなくなった。そしてその姿はスーっと薄くなって光の中に消えて行く。


「異世界に帰ったのかな?」

「気持ちはわからんでもないけど、さすがにそれは虫が良すぎるやろ」


 ドラゴンを放っておいたら、人の命も街並みも大きな被害を被っていたことは間違いがないと思う。自分や家族、友人たちを守る為には倒すしかなかった。


「ドラゴンさん、成仏してくれるかな……」


 それでも私は『生き物を殴り殺してしまった』という現実に、なにかスッキリしない嫌な気持ちを感じていた。それなのに……


「なんでそうなるのよ!!」


 成仏なんてどこ吹く風。

 サンダードラゴンが消えた場所から、手のひらに乗るくらいのトカゲが走ってきた。堅そうな鱗をびっしりと生やして、小さいのに物凄い存在感だ。


「お、おいもさん……ドラゴンってこういうものなの?」

「いや、さすがにこれはないで。いくらなんでもこれはめちゃくちゃや」


「もしかしてさ、おいもで殴った影響とかありえるんじゃない?」


 そうクミコは予想した。タケルもあまぐりも、おいもさんの影響で覚醒変身したのだから、と。


「お? こいつはアルマジロトカゲじゃないか。面白いものに擬態したな」


 そして、解説員・琴宮ショウマ登場。世界中を飛び回っているだけあって、その知識は半端ない。


「へ? なにそれ」

「南アフリカの固有種でな、このトゲトゲした鎧みたいな鱗が人気のレアトカゲなんだ。ちなみに、この大きさでも100万円くらいするぞ」

「ひゃく……」

「嘘でしょ? こんなちんちくりんが?」


 みんなが絶句する中、驚きの声を上げたのはクミコだった。手のひらに乗る20センチくらいの生き物が100万円なんて言われたら、驚いて当然だ。



 ――そしてさらに驚くことが!



「おい、オマエ」

「え……」

「ちんちくりん言うな。このサンダードラゴン様に向かって不敬なのじゃ」

「うそぉ~、しゃべるの⁉」


 しゃべるトカゲなんて『さすがファンタジー世界の生き物だ』と一瞬思ったけど……そもそも珍しい話ではなかったとすぐに気が付いた。


「ま、石がしゃべるんだし、そんなに驚くこともないか」

「ああ、言われてみればそうね」


 ……おいもさん以上に不可解な生物は存在しないのだろうから。


「それから、そこのアンデッド女」

「え……私?」

「いきなり一発目から卑怯じゃよ」

「……はい?」


「せっかくワシが王者の貫禄で一撃を受けて見せようとしたのに、最初から全力の最終奥義を打つのはおかしいじゃろ」

「え~と、そんなこと言われても……」

「最初は小手調べの一撃、ジャンケンで言えばグーじゃ。常識ないのかバカ娘」


 非常識な存在に常識を語られるというなんともおかしな状況に、私は怒るどころか笑いが漏れていた。


 そしてこのひと言にキレたのはクミコ。私がのほほんとしているから代わりに怒ってくれたのだろう。


「はあ? なに言ってやがるのですかこのちんちくトカゲは。数百年も生きているクセに、自己責任って言葉も知らないの? 無駄に生きてきたのね」


 そしてあまぐりとタケルも続く。


「お主の油断でしかないでござる。武士もののふにあるまじき行為、猛省すべきであろう」


「だいたいさ、力を見せろって言ったのは自分でしょ? それでいて油断するとか心得がなってないし、そんなんでアカリちゃんを馬鹿にするとか許せるはずがないよね」


 小さなトカゲ相手に、圧をかける男二人。なんか、タケルが妙にたくましく見える。


「ん~、そこまで言うとちょっと可哀想にゃよ」


 と、ちんちくトカゲの擁護をするレナ。兄貴のこともあってか、今は感受性が強くなっているのかもしれない。


「いきなり知らない場所に召喚されて捨てられたのにゃ。文句は百鬼なぎりとバカ兄貴に言うべきにゃ」

「それはそうだけどさ~」


 アルマジロトカゲはスススーっとレナの足元に行き、『ワシ、さみしいねん』と言いながら猫みたいにスリスリと身体をこすりつけていた。


「こすっからいな~、このちんちくトカゲ」


「お、レナ子なつかれたみたいやな」

「あーし、犬しか飼ったことないにゃよ」


「大丈夫。アルマジロトカゲは飼いやすい品種だし、そもそもそいつはサンダードラゴンだからな。多分この中の誰よりも長生きするはずだ」


 不安気なレナに声をかける親父。いつになく真剣に勧めるな~と思っていたら、そこにはちゃんとした考えがあったようだ。


「そうにゃのか……」

「頼むよレナにゃん。ワシ、いくとこないんじゃ」


 親父は苦笑いしながらも、レナに飼う様にと促した。それを見たおいもさんは、ボソッと『護衛や番犬の代わりにするつもりや』と言っていた。


 姉小路家の場所は完全にバレているから、特に警戒しておかなきゃならない。またいつリュウセイが襲ってくるかわからなのだから。


 そして、サンダードラゴンがレナの護衛につくのなら、これほど心強い味方はいない。……住宅街でドラゴン化しないように念押しはしておかなきゃだけど。


「せっかくだ、そいつに名前付けてやりな」

「ん~……」


 レナは腕を組みながら目をつむり考え始めた。——そして数秒後。


山田やまだ。にゃ」


「なんじゃと?」

「だって、サンダードラゴンにゃよね」

「そうじゃ。それでなにゆえに山田やまだになるのじゃ」

「サンダー……さんー……で山田やまだにゃ!」


 プルプルと震える山田やまだドラゴン。


「待ってくれやレナにゃん。なんかこう、ビシッとバチッとカッコイイ名前がほしいのじゃが……」


「あ~、このトカゲさん可愛い~」

山田やまださんって名前なんだって~」


 ごねる山田やまだドラゴンではあったが、ミーハーズにはかなわなかったようだ。


「えへへへへ。そうでっしゃろ。山田やまだですやん。ところでみなさん美人でおますな」


 ……名前が確定した瞬間だった。


「え~なんかエロ親父っぽい~」

「でもそういうところもかわいいよね」


「ところで、かわいいワシとお茶でもどうですかいな~」


 ……なんなのこの軽さは。


(おいもさん、本当に護衛の役に立つの?)

(頼む、ワイに聞かないでくれ……)






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アルマジロトカゲ(山田さん)→https://kakuyomu.jp/users/BulletCats/news/16818093091468940445


※アルマジロトカゲの画像はフリー素材を使用させていただいています。もし当方の未確認で著作権等の問題があるようでしたら一報いただけると幸いです。


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