第36話・死んだのなら黙って死んどけ!
私は校門にいる野次馬を睨み付けた。無意味だとわかっていても、そうしなければ気が済まなかったからだ。
――攻撃的で悲しい言葉を散々浴びせて来る人たち。言葉すら交わしたこともないのに、罵詈雑言でぶん殴ってくる。
それでもこの人たちを守らなければならない。それはわかっている。いや、わかっているつもりだった。
感情が拒否して思考と噛み合わなくなり、精神が削られていく。それは私だけではない。クミコもレナも同様に感じているのは顔を見ればわかる。
なぜ、なんのためにここまでやらなきゃならないのか? と、私の中で
……そんな時に校門から聞こえて来たのが、彼女たちの声だった。
「うっせーよ、厚化粧ババア」
「キンキンやかましいっての」
「バリ萎えるわ~」
テレビカメラの正面に立って女性レポーターに文句を言うミーハーズ。
「あんたらだって、あの人たちに助けられたよね」
「恩を仇で返すとか、ダサイっすね~」
「マジ大人のくせにかっこ悪い」
女性レポーターはかなり感情的になりながら、三人の女子中学生に向かって声を荒げた。
「子供が報道に口を挟まないで。なにもわからないくせに」
……このひと言は火に油だった。
「はあ? 子供とか言ってなめんなし!」
「それ、マウントとってるつもりっすか~?」
「怪獣がこっちに攻撃してこないのは、あのケモミミ超イケメンさんが戦ってくれているからじゃん。そんなこともわからないの?」
「私たちは国民が知りたがっていることを、代表して取材しているのです。邪魔すると逮捕されますよ」
テレビカメラの前でしれっとウソをつく女性レポーター。相手が女子中学生だから軽くあしらえると思ったのだろうか。
しかしその嘘は、ミーハーズにあっさりと見破られていた。
「国民の代表って選挙でもしたの? ねぇ、どうなの」
「してないよね? うちらアンタたちを選んだ覚えないし」
「つまり、一般人同士が場所取りをしているだけだから、逮捕なんてありえない。騙せると思ったんでしょ」
カメラに向かってドヤ顔を決めるミーハーズ。実際鮮やかな連携にはクミコですら感心していた程だった。……そして、彼女達の勢いはまだ止まらない。
「そこの脚立、点字ブロックまで塞いでんけど? それ、なんのためにあるかわかってる? 常識なさすぎっしょ~」
「厚化粧ババアさ、下地厚すぎて毛穴見えねぇし」
「うわ、目の下ヒビ入ってるじゃん。カメラさ~ん、これ4Kで放送してる?」
ミーハーズの口撃が凄まじい。マスコミやマスコミと一緒になって罵詈雑言の限りをつくしていた野次馬は、彼女たちの勢いに押されて無言になってしまった。
そして女子中学生の堂々とした態度は、周りの大人たちも巻き込んで一つの大きな熱源となっていく。
「そうだよ。あんたら勝手なことばかり言って、あんな気の優しい娘になんてことするのさ」
「あれは惣田のおばちゃんにゃ……」
レナがよく買い物に行く惣菜屋のおばさん。他にも、雑貨屋のコスメお姉さんや、みんなで寄り道するお好み焼き屋のおっちゃんの顔まで見える。
あとで聞いた話だけど、あまりにひどい報道に腹が立って、商店街の人たちがみんなで押しかけてくれたそうだ。
「マスコミなんかになにがわかるってんだ。おいコラ、
無駄に強面のおっちゃんたちがマスコミと野次馬を取り囲んだ。
「さっき『腐ってる』とか『やらせろ』とか言ってたヤツはどいつだ。優しくなでてやるから手を上げろや!」
見た感じは”そのスジの人“だけど、みんな商店街の気のいいおっちゃんなんだってことを、私たち猫鍋高校の生徒はよく知っている。
「おう、キャスターの姉ちゃん。一発やらせてくれよ」
だからこのひと言も本気ではなく、さっき野次馬が言ったことへの仕返しの意味でしかない。……と思う。
「おまえ、こんなのが好みなのかよ。やめとけ、腐ってんぞ」
「ああ、ゾンビよりも中身が腐ってる
豪快に『ガハハ……』と笑って見せる強面のおっちゃん。みんなの存在がものすごく心強い。
そして、商店街の人たちの他にも励まそうとしてくれる人がいた。
「野球のお姉ちゃん、かんばって!」
包帯を巻いた右腕を振り上げる少年の声に、同じく右拳を振り上げて答えるレナ。笑顔を見せながらも『ソフトボールなんだけどにゃ~』とぼやいていた。
「レナ、あの子だれ?」
「中学校で倒れてた子にゃよ」
「ああ、あの時レナが助けた男子か」
デスショットが中学校を襲った時に、怪我をして動けなくなっていた子だ。律儀にも、叱られるのを覚悟で授業を抜け出してきてくれたのだろう。
――みんながここまでしてくれるのに、私たちがへこたれている訳にはいかない!
「嬢ちゃんたち、あとで店寄ってくれよ!」
「レナちゃん、つぎはコロッケサービスするからね!」
手をブンブン振ってこたえるレナ。もうここには、さっきまでの重苦しい空気はなかった。
「なんか、みんなからパワーをもらえた気がするよ」
削られた精神も、無駄に疲れを感じていた身体も、今はスッキリと回復した感じがする。
「よし、ここから仕切り直しだね!」
♢
「ニャ~、作戦失敗したかニャ」
「めんどくせえな。さっさと終わらせるぞ」
と、魔法カードを取り出す
少し前に彼が放ったドラゴンへの攻撃は、明らかに角センを助ける為だった。
散々この街や学校に悪態をついていながら、恩師が目の前で捕食されることには抵抗があったのだろうか。
だとすると、百鬼にはまだ”人としてのまともな感覚“が残っている可能性がある。もしかしたらその辺りにウィークポイントがあるかもしれない。
とは言え、こんな凄まじい殺気を放つ百鬼に、私は勝つことが出来るのだろうか。
「——おい、百鬼、姉小路」
なんで角センが? 校門にいたと思ったのに、いつの間にでて来たのよ……。
「お前らいい加減にしろ。あの事故に関しては恨みも悔やみもあるのはわかる。だがな……」
角センは二人の前に行くと両手で彼等を抱きしめる。十数秒の間、時が止まったようだった。
そして……
「死んだのなら黙って死んどけ! 今の教え子に手をだすな!」
そして『このバカちんが!』と言いながら百鬼とリュウセイの頭を
驚いたのは、それに対してまったく怒る様子もなく、むしろ素直に叱られていたことだった。
「……なんかしらけたニャ」
リュウセイが呪文を唱えて指を動かすと、彼のすぐわきに黒い
「
「マジわがままだな、おまえは」
「——ちょっと待つにゃ!」
レナの声に、足を止めて振り向くリュウセイ。
「昨日、本当は母ちゃんに会いに来たんじゃないのかにゃ? ……兄ちゃん」
はじめて『兄ちゃん』と呼んだレナ。かなり複雑な表情に見える。多分、リュウセイと向き合う為に必要なけじめなのだと思う。
「母ちゃんはあの時、『幽霊』なんて言ってないのにゃ……」
「はあ? 言っただろ」
「兄ちゃんは……リュウセイと幽霊を聞き間違えただけなんにゃよ……」
その時一瞬、リュウセイの顔に動揺の色が見えた。話の内容としては『そうなのかもしれない』って程度だけど、彼の中ではなにか引っ掛かっていたのかもしれない。
「……くそっ、知るかよ」
それ以上なにも言葉が出てこなかったのだろう。リュウセイはさっさと黒い門に足を踏み入れ、それをみた百鬼も溜息をつきながら
「ちょっと、
「……やるよ」
「こらこらこら『やるよ』じゃないだろ、バカーーーーー!」
「「ペットの飼育放棄や
私たちの言葉に振り返りもせず、門に吸い込まれるように消える百鬼。
……いや、マジでドラゴンなんて置いて行くなよぉ。
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ご覧いただきありがとうございます。
みなさま、良いお年を^^
残り四話です。
最終話は1月4日(土)更新。そこで一旦完結となりますが、以降、サイドストーリーを2本を追加して完結します^^
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この先も、続けてお付き合いください。
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