第32話・招かれざる客

「宝生〜、早くお前達も避難しろ!」


 うしろから聞こえてきた声に、クミコは慌てて中指を隠した。チラリと視線を向けると、玄関から走ってくる角センが見える。


 どうやら生徒の避難誘導中に私たちを見つけて、そのまま外にでてきてしまった様だ。


「ヤバイのにぃ……」


 状況が見えていないのだから仕方がないけど、あまりに無防備。このままだとヒポ丸みたいに食われてしまう。


「角セン逃げて!」

「バカ、逃げるのはお前たちだろう」

「出てきちゃダメにゃ~」

 

「いいから、そこの君たちも早く校舎の反対側へ……」


 と、百鬼なぎりにまで声をかけた。彼らが異世界人でこの騒ぎの首謀者だなんて思いもしなかったのだろう。


「え……おまえ、百鬼か? そっちは姉小路あねがこうじじゃないか」


 驚いた様子で足が止まる角セン。


「そうか……昨日屋上で見たのは気のせいじゃなかったのか」

「先生、この不審者を知っているのですか?」


 わざと『不審者』と表現したクミコ。この騒動の首謀者なのだと遠回しに伝えようとしたのだと思う。


「ああ、俺が教育実習で受け持った初めての生徒だ」


 それでも角センは、疑うどころかむしろ嬉しそうな表情で百鬼たちを見ていた。


「お前たち今までなにを……」


 しかしその声はすぐに懐疑的かいぎてきな色を見せ、言葉が途切れてしまう。


「いや、そんなはずがない。生きているわけが……」


 ——15年前の事故で二人とも死んでいるのだから。


 角センはありえない相手との再会に驚き、目の前の二人に思考を全て持っていかれたのだろう。ドラゴンの視線が自分を捕らえていることに、まったく気がついていなかった。 


「危ないっ!」


 私は咄嗟に走り出した。ドラゴンが角センに狙いをつけ首を動かしたからだ。


 校舎の中に引っ張り込めばなんとかなる。そう思って踏み出したんだけど……その時『ズキッ』と右のカカトに激痛が走り、次の一歩が踏み出せなくなってしまった。


「あっ――」


 そして私は足がもつれ、勢いそのまま角センのみぞおちに……頭突きをぶちかましたのだった。


「ぶふぉっ!!」


 うめき声を上げてヒザから崩れ落ちる角センと、地面にディープキスをする私。


「……なにやってんのよアカリん」

「しっかりするにゃよ」


 いきなりの出来事にドラゴンも面食らったのだろうか。一瞬ビクッとなって動きが止まっていたが、すぐに気を取り直して二つに増えたエサにかぶりつこうと顔を近づけて来た。


 そして、その牙が私のすぐ目の前に迫ってきたその時――。


「神楽流・虎閃脚!」


 逆光の太陽を背に受けて、美しいシルエットの飛び蹴りがドラゴンの横っつらに炸裂する。


 真っ赤な炎をまとった“それ”は、まるで虎が竜の喉元に噛みつくかの様だった。


「アカリちゃん、大丈夫?」

「タケル⁉ どうして……って学校は?」


「ああ、ボクが呼んだのニャ~」


 と、わざとらしく両手を上に向けて肩をすくめてみせるリュウセイ。どうやらここに来る前に、中学校に寄って来たようだ。


 きっとタケルのことだから、みんなを巻き込まないようにと飛び出してきたのだろう。


「昨日の借りはちゃんと返さなきゃだからニャ」


 マジで余計なことしかしないな。こんな危険な場所には来てほしくなかったのに。

 

 さらには、校門からひょこっとのぞく見慣れた三つの顔。


「キャー! 見た見た? 今の飛び蹴り。カッコいい〜」

「あ〜ん、動画撮っておけばよかったぁ〜」

「あたしも蹴ってほし~~」


「うん、なんかミーハーズもいそうな気がしてた」

「ごめん、ついて来ちゃった」


 だからと言ってそのままにしておく訳にはいかないんだよな。


「タケル、あの子たち守ってあげなさいよ」

「うん、わかってる」


 ……それはそれとして。


 タケルの蹴りがドラゴンの横っ面に炸裂した時、もう一人、攻撃をしかけていた男がいた。


 ――百鬼なぎりだ。


 虎閃脚に重なって見えた真っ赤な炎は、アイツが放った攻撃魔法だった。


百鬼なぎっち、なにやってんのニャ」

「うるせぇ。……あいつは無関係だ」


「百鬼、お前……」

 

 情報量が多すぎて、多分頭の中はぐちゃぐちゃしていたと思う。それでも角センは彼らにニカッと笑いかけた。


「助けてくれてありがとうな! 琴宮も立てるか? ほら、みんなさっさと逃げるぞ」


 この期に及んで百鬼たちにまで逃げろと言う角セン。『生きているはずがない』と頭でわかっていても、元教え子には特別な感情が先に立ってしまうようだ。


「角せん、お人好しすぎるにゃ」

「それがいいところだけど、時と場合がね~」





 校門の外は、いつの間にか近所の人やたまたま通りかかった野次馬であふれ返っていた。   

 

 パトカーや救急車の音が混ざり合いながら近づいてくる中、スマホカメラを向けて動画撮影に大忙し。


「もう、動画なんて撮ってないでさっさと逃げてよ……」

「ま、しゃーないで。玉子ワンパック床にぶちまけても、片付けるより先に写真撮ってSNSにアップするのが現代人やからな」


 それはわかる。多分私もそれやりそうだし。でも正直、早く逃げてくれと思う。


 しかしそんなギャラリーよりも、もっと厄介な人たちがいた。


 ——招かれざる客、マスコミだった。


「なんや、面倒なのがおるな」

「なんでこんなにタイミングよく現れるのよ」


 テレビカメラがドラゴンを映し、マイクを持った女性が無責任な言葉でまくし立てている。脚立に乗ったカメラマンもちらほらと見える。


「もちろん、これもボクが呼んでおいたのニャ」


 と、腕を組んで得意げな姉小路リュウセイ。こいつの目的がわからない。なんのためにこんな余計なことを……


「これはヤバイで。ここまで大事おおごとになると認識阻害スタンド・ジャマーなんて効果ないわ」


 このままでは全国放送で素顔をさらすことになってしまう。でも……


「そんなこと、どうでもいいよ」


 今やらなきゃならないこと。その優先順を間違えてはダメだ。


「そうだね。こうなった以上はこいつら止めないと」

「みんなが逃げる時間をつくるにゃ」


 今ここで逃げても、どうせあとで戦うことになる。その時には被害が増えて取り返しがつかなくなっているかもしれない。


 ――身バレの心配なんて二の次でいい。


 私は、胸の前でグローブを打ち合わせてから一礼した。


 誰に対してではなく、これは礼三息れいさんそく(注)。上体を倒すとき息を吸いながら礼をし、ゆっくりと吐き出したあとに戻しながら吸う。


 細かいことは抜きにして、これをするだけで背筋が伸びて気合が入る。



 ……そして私は腰を落とし、目の前の敵を見据えて構えた。






――――――――――――――――――――――――――――

(注)礼三息(れいさんそく/れいみいき)

 古来からある礼儀作法の小笠原流礼法のひとつ。日本の武道において重要視される“礼”として使われている。

 この礼三息をすることで、お辞儀のタイミングを揃えることが出来るそうです(ただし、相手も礼三息をしていれば、ですが)

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