第30話・初めて見るけど知っている

 翌日、猫鍋高校。


「ねえねえ、あれって不審者だよね?」


 三時間目の授業中、窓の外を見ていた誰かの話し声が聞こえてきた。


「え~、なんかヤバくない?」


 そして、ちらほらと反応する声。クラスの中、特に窓際の生徒が校庭を見てザワザワしている。


 普段ならスルーしそうなものだけど、今回そこにいたのは”明らかに異質な“二人組。


「なんでいるのにゃ」

「あいつら、こんな時間に乗り込んでくるなんて」


 校庭の真ん中に立っているのは、百鬼なぎりケンゴと姉小路あねがこうじリュウセイだった。


 それにしても、一目で不審者認定されるあたり、ある意味ただ者ではない。


「姉子……」


 クミコがレナにアイコンタクトを送る。


 ――その直後。


「先生!!」


 レナは元気一杯に手を振り立ち上がった。


「どうしたのですか、姉小路さん」

「あーし、めっちゃくちゃ具合が悪いので保健室にいってくるにゃ!!」 


 返事を待たずに駆け出す超健康優良児のレナ。そして私とクミコもそれに続いた。


「恐ろしく具合悪そうなので、私が付いて行きます!」

「姉子が死にそうに見えるので、ウチも保健委員として付き添います!」


 と、勢いだけで押し切って私たちは教室を飛び出した。『宝生さんって保健委員だっだっけ?』とか聞こえてきたけど放置。


 ……あとで“風紀委員の”クミコが上手くやるだろう。


 私たちは階段をジャンプで降りて、玄関口に急ぐ。カカトがズキッと痛み、何度か転びそうになった。

 最後の階段を飛び越えて角を曲がると下駄箱が見え、そこから百鬼たちがいる校庭に出られる。


「――嬢ちゃん、ちょい待ち!」


 勢いそのまま校庭に飛び出そうとした私たちを、おいもさんが止めた。


「どうしたの?」

「ヤツらがなにを狙っているのか、確認してからでも遅くはないで」


 下駄箱の陰から二人の異世界人の動向を注視ししていると、突然地響きがして窓ガラスがビリビリと揺れた。


 どうやら百鬼の足元にある黒紫色の魔法陣が、この振動の発生源のようだ。


「なんかあれ、屋上のやつに似てない?」

「同じ種類の魔法陣や。生物を呼び出すのは知っているやろうけど、あの時と色が違やろ?」


 おいもさん曰く、屋上の時にデスショットが使った赤い魔法陣は、その世界の生物を召喚するものだそうだ。


 対して、百鬼の魔法陣は黒紫。これは異世界の生物を転移召喚するためのものだという。


「異世界から仲間を呼ぶつもりなのかな」

「いや、それなら普通に転移してくるやろ。わざわざ召喚するってことは、人間以外やと思うで」


 おいもさんは、なにかモンスターの類ではないかと予想していた。転移門ゲートを通れるのは一体だけだから、それなりに強いヤツが現れるだろうと。 


「ケルベロスやヒドラみたいな、一筋縄ではいかんヤツやと思うわ」

「名前くらいは聞いたことあるけど……強いんだよね?」

「安心しとき。それでも今の嬢ちゃんたちなら負けることはないで」

 

 召喚するモンスターの力は、魔法陣の大きさに比例するそうだ。そして大きくなればなるほど、術式構築のために時間がかかる。


 だからおいもさんは“中型の獣”が出てくると予想していたのだが……それは最悪の方向に外れてしまう。


「……ありえへん。ここまで巨大な魔法陣がこんな短時間で展開できるはずはないで」


 百鬼の魔法陣はひと呼吸のうちに広がり、今まさに校庭を覆いつくそうとしていた。それは、おいもさんの予想をはるかに上回る大きさだったらしい。


 すでに『相手の狙いを探る』なんて状況ではないと判断し、私たちは外に飛び出た。


 その時、魔法陣が鈍く光り大気が揺れた。いくつもの読めない文字が浮かび上がっては消えるを繰り返している。


 ——召喚魔法が発動したのだ。


「なにあれ?」

「……っ」


 大穴にも見える黒い魔法陣の中心辺りに、鋭くとがったなにかが出てきた。


「おいもさん?」

「……初めて見るやろうけど、多分、みんなが知っている生き物やと思うで」


 最初に見えていたのは、頭部に生える二本のツノだった。


 硬質な輝きの黒い鱗に覆われた巨体、なまめかしく弧を描くツメと牙、すべてを薙ぎ払う太く強靭な尾。


 そしてその長い首は、三階建て校舎の屋上にまで届いていた。


「こいつは雷竜、サンダー・ドラゴンや」


 おいもさんの言うとおり“初めて見るけど知っている”。


 漫画でもアニメでもゲームでも映画でも、いままで散々目にしてきたファンタジー世界最強の超大型生物だった。


 ドラゴンは目を開き辺り一帯をギロリと見渡すと、その巨大な翼を開いた。“ブオッ”と生じた突風は校庭の砂を吹き飛ばし、壁や窓、そして私たちにバチバチと当たってきた。


「痛っ……」

「口の中にはいったにゃ」

「ありえん……そもそもドラゴンを召喚するなんて不可能やで」


 召喚魔法で消費する魔力はとんでもなく多く、もしおいもさんに体があったとしても、ドラゴンなんて巨大な生き物は簡単に召喚できるものではないらしい。


 ――しかし百鬼は、私たちの目の前で召喚してみせた。


「百鬼は魔力量も質も、デスショットの半分程度しかあらへん。なのにあんなことができるのはおかしいって……」


 魔法って数学みたいなもので、数式と答えが常に等式として成立するものらしい。だから、百鬼がやってみせた法則無視の召喚魔法が不可解なのだと。


 そんな不可解な事態に悩む私たちをよそに、校舎から歓喜の声が聞こえてくる。


「うお、スゲー。映画? これ映画?」

「どこかにカメラあんじゃね?」

「うそ~。今日メイク手抜きなのに~」


 恐怖におびえるどころか、教室の窓から身を乗り出してスマホ撮影を始める生徒もいた。


 多分みんな、これが本物だなんて微塵も思っていないのだろう。



「おい、お前ら。これはなんの騒ぎだ!」


 と、正面玄関の中から私たちを怒鳴りつける田丸先生。真冬でも『心頭滅却すれば火もまた涼し!』とか言いそうなガチムチ体育教師だ。


 通称、ヒポ丸。体格と言い顔つきと言い、どことなくカバに似ていることからついたあだ名だった。


 ……もちろん本人の前では禁句である。


「田丸先生、ウチらも驚いて見にきたんですぅ」


 と、あざとく甘い声を出すクミコ。そしてあっさりと納得するチョロいヒポ丸。


「お、おう、そうか。……ったく、誰がやったんだ。学校の許可とってないだろ」


 と言いながら、ヒポ丸はまったく無警戒なまま表に出てきてしまった。


「——ヒポ丸、危ないにゃ!」

「おい、姉小路。次にそれ言ったらバツとして……」


 と、ヒポ丸がレナに視線を向けたその時。



 ――パクッ!!



「にゃ⁉」

「うそ……」

「ヒポ丸が食われ……た?」


 ドラゴンはヒポ丸をくわえたまま顔を上げ、水鳥が魚を食べる時のように上を向くと……そのまま、ゴクリと飲み込んだ。


「キャーーー、せんせー」

「うあああああ!!」

「ヒポが食われたぁ!」


 校内から悲鳴が上がった。ヒポ丸が捕食されるのを目の当たりにして、一気に恐怖が噴き出したのだろう。


 ――みんなそれまでは『作り物なんだ』『映画の撮影なんだ』と、疑いもなく思っていた。


 でもそれは”非現実的な状況を、常識という思考で理解しようとした結果“にすぎなかった。


「ヒポ丸が……」

「嬢ちゃん、気持ちの切り替えや! ギャル子もレナ子もしっかりしろって」


 ドラゴンが動く姿に圧倒された。加えて目の前で人が飲み込まれ、学校中がパニックにおちいり悲鳴が聞こえてくる。


「そんなこと言ったってさ……」


 私はその負の感情に襲われ、すぐにもこの場を逃げ出したい衝動に駆られていた。


 しかし――。


「嬢ちゃんたちが動かへんかったら、教師もクラスのみんなも街の人も、全員コイツのエサやで!」


「——っ」


「放っておけば自衛隊が来て退治してくれるやろうな。それを待つのもええ。だがな、嬢ちゃん。……それまでに、いったい何百人が死ぬと思う?」


 その通りだ。怖気おじけづいていた自分が情けない。異世界人もドラゴンも、この場は私たち以外に誰も対応できないんだ。 



 ……でも、こんなのどうすればいいのよ。


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