第29話・余裕ぶっこいているからですわ

「君たち遅いニャ~。レナちゃん、見捨てられたのかと思っちゃったニャ」


 私達が第二グラウンドに着くと、そこには満面の笑みを浮かべ、なれなれしく『レナちゃん』と呼ぶ男がいた。


 どこかのクラスから持ってきたのだろうか。生徒用のスクールチェアにあぐらをかいて、落ち着きなく体を揺らしている。


「え……誰?」

 

 初めて見るその男の左側には、両手両足を縛られたレナが横たわっていた。なにかを叫んでいるけど、声がまったく聞こえて来ない。


「あれは音声遮断されとるな。風魔法の一種や。多分、こっちの声も届かへんで」

「ふうん。一目で見破るなんて、さすが男爵ニャ」


「……お前、姉小路リュウセイやろ」


「あはは、当たりだニャ。よく調べたね」

「ええっ、マジなん?」


 おいもさんが口にした“予想外の名前”に思わず声が出てしまった。


 言われてみれば、薄明りの中に見える顔はどことなくレナに似ている感じがする。


 ……それに、『ニャ』の口癖。


「このスマホってのすごいね~。これで調べたんでしょ? ボクたちの頃ってまだガラケーが主流だったからニャ~」


 どうやら私たちは思い違いをしていたようだ。レナのお兄さんと百鬼なぎりは友人同士で、だから家の場所を知っていてもおかしくないだろうと考えていた。


 でも実際そこにいたのはお兄さんその人で、どうやら十五年前に百鬼と一緒に異世界転生していたらしい。


「ねぇねぇ、金髪ちゃん。物理的なボタンがついてないと不安にならニャい? 文字打ちにくいしさ~」

「は……? 意味わかんないし」


 クミコはスカートの下からエアガンを取り出すと、目の前の男に照準を合わせた。


「そんなことよりも、さっさと姉子を返して」

「え~、怖いニャ~」


 笑顔のまま『怖い』と言い、イスから立つ素振そぶりすら見せないリュウセイ。


 なぜだろう……レナの口癖は可愛く思えるのに、こいつの『ニャ』は妙にムカつく。


「笑いながら近づいて来るヤツは、絶対に信用したらあかんで!」

「そこはおいもに同意するわ!」


 言い終わると同時に、リュウセイの足元に一発撃ち込むクミコ。ボコッと音がして10センチくらいの穴が開いた。


「魔力で強化してるのか~。当たると痛そうだニャ……」

「なんで姉子を誘拐したのよ」


「誘拐だなんて人聞きが悪いニャ~。ボクの敵の顔を見ておきたかったのと、いつも妹がお世話になってるお礼を言おうと思っただけニャのさ」


「——ひとつ聞かせて」


 私はリュウセイに異常性を感じていた。


「なにかニャ?」


 だから、まともな返事は期待できないとわかっていたけど……それでも私は、どうしても聞かずにいられなかった。


「レナの……あなたのお母さんになにをしたの?」

「さあ、知らないニャ?」


「警察や近所の人が集まるくらい大騒ぎになってんだよ。知らないわけないじゃん」


 リュウセイは口に手をあてて『ん~』とうなると……


「十五年ぶりに家に帰ったら、幽霊って言われたぁ〜」


 ――突然叫びだした。


「だから足があるってわからせるためにぃ〜」


 そして、なにかのスイッチが入ったかのようにまくし立てはじめる。


「そのあたり蹴飛ばしていたらさぁ〜、ボロ屋だからさぁ~」


 こういうのを豹変と言うのだろうか、段々と異常性が増している感じがひしひしと伝わってくる。


「……

「な、なんかって、なによ」


「なんだろぉ~……ババアとか?」


 このひと言に対して、私よりも先に怒りをあらわにしたのはタケルだった。


「ババアなんて呼ぶな!」

「君はぁ〜、中学生か。こんな時間に出歩いちゃだめだろ〜」


 ……お前が常識を語るな。


「自分のお母さんを……そんな呼び方するのは許せない」

「お子様だねぇ。現実を見ろよ、ババアはババアじゃん。とっくにくたばってると思ったのになぁ~」


 タケルはリュウセイに向かって踏み出した。それに呼応したクミコは援護射撃にまわる。


 リュウセイは立ち上がるとイスの背もたれを掴み、そのままタケルに投げつけてきた。


 しかしこの行動を予測済みだったタケルは難なく避け、リュウセイの右手側に転がるようにして回り込んだ。


 クミコは連射しながらスマホのライトでリュウセイの目を照らし、視界の邪魔をする。

 

「まぶしいなぁ。挟み撃ちにしようっての?」

「あら、甘いわね」


 ――その時。

 多分リュウセイは、なにが起こったのかわからなかったと思う。


 なにもないはずのグラウンドで、足になにかが絡みついて動けなくなったのだから。

 

「なんだ?」

 顔にあてられた光を手でさえぎり、足元を見るリュウセイ。そこには涙目のレナが、ガッチリと足をつかんでいる。


「余裕ぶっこいているからですわ、お・に・い・さ・ま」


 クミコは下手な牽制射撃に見せかけて、レナを縛っている縄を狙って撃っていた。しかし、練習しているとは言ってもクミコは射撃の素人だ。当然最初から思い通りに当たるわけがない。


 ……縄を切るまでに、何発レナに当たったのだろうか。


「レナ子、アザだらけやないか。……涙目なわけやで」


 リュウセイがレナに気を取られて足元を見た瞬間、タケルは一気に、自身の間合いまで近づいた。


 そして左ひじから右の裏拳につなげ、側頭部をねらった左上段蹴りハイキックの三連撃を打ち込む。


 残念ながら最後の蹴りはガードされてしまったが、二発分のダメージはキッチリと叩きこんでいた。


「痛ててて……。君、やるねえ」


 タケルが回り込んだのも、クミコがその場を動かなかったのも、そしてスマホのライトで攪乱したのも、すべてはレナから注意を引きはがす為。


 ……親父のあっちむいてホイ理論がこんな所で役に立つとは。


「まあまあまあ、今日はこんなもんかニャ」


 まだまだ余裕があるのだろうか。軽口を叩きながら転移門ゲートに入っていくリュウセイ。


「また明日の夜にね~。チャオ!」


 ゲートに消える瞬間、彼は不敵な笑いを浮かべてタケルを指差していた。


「なにが『チャオ!』だよ」

「そやで、そこは『ニャオ!』やろ」

「え……そこなん?」


 よくも悪くもおいもさんのおかげで、一気に緊張の糸が切れた気がした。


「あれはそうとう魔力にあてられとるで」

「好戦的になるってやつ?」

「ああ、そうや。途中で口調が変わったやろ?」

「んと、『ニャ』って言わなくなったよね」


「その状態の時は、なんつーかその……スイッチが入るって感じやな。途端に魔力がトゲトゲしくなったで」


 おいもさんは『要注意や』と付け加えていたけど……なにをどう注意すればよいのか、誰にもわからなかった。


「レナさん、大丈夫?」

「あ、うん……平気」


 記憶にすらなかったとは言え、あまりに不快な自分の兄の姿に……レナは、哀しさと悔しさが混じった声になっていた。


「あんなのが、あーしの兄貴なのか」






――――――――――――――――――――――――――――

ご覧いただきありがとうございます。

この作風がお嫌いでなければ、評価とフォローを“ポチッ”とお願いします!

レビューもよろしければ是非(*´Д`)

この先も、続けてお付き合いください。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る