第28話・この名前って……

 私がレナの家に着いた時には、すでに警察が家を取り囲みパトカーの警告灯が赤く光っていた。


「すみません、なにがあったのですか?」


 なりふりかまっていられず野次馬に質問してみると、『押し込み強盗らしい』とか『親子喧嘩みたいよ』とか、まとを得ない返答ばかり。


 二~三人話を聞いたところで、ちょんちょんっと後ろから服を引っ張られた。


「——アカリちゃん」


 そこにいたのは息を切らしたタケル。彼もまた慌てて走ってきたのだろう。


「なにがあったの?」

「それがわからなくて……」


 中をのぞこうにも”立入禁止-KEEP OUT-”と書かれた黄色いバリケードテープで近づけないし、レナやおばさんの安否が気にかかってしょうがない。


「二人とも、ここからちょいと離れや」

「おいもさん?」


「落ち着いて話せる場所で情報をまとめた方がええ。ギャル子に集合場所を連絡しとき」





 ――レナの家から5分ほど歩いた公園。


 昔からあるこの公園は、昼間は子供の笑い声が絶えない賑やかな場所だ。地域の大人たちの理解もあって、[ボール遊び禁止]といった無粋なルールはない。


 しかし、夜になれば静寂が支配して人影がまったくなくなるのは、どこの公園も同じなのだろう。

 

 私とタケルが公園に着いてから、3分もしないうちにクミコが小さな赤いバイクで到着した。


 普段はスクーターにすら乗らないクミコだけど、今回ばかりは父親が趣味で改造したものを借りてきたらしい。


「アカリん、なにがあったの?」


 エンジンを切る間も惜しんで質問してくるクミコ。


「まあ、ギャル子落ち着けや」

「はぁ? 無理!」


 こればかりはクミコの言う通りで、私もタケルもモヤモヤして溜息をついたり、意味もなくそわそわと歩いたりしていた。


「もしかして、さっきの……百鬼なぎりって人の仕業なのかな?」


 十数秒の沈黙のあと、話を切り出したのはタケルだった。


「私もそう思う。レナの名字にこだわっていたし」

「ひっかかるのが、なんで姉子の家がわかったのかってことかな」


 モサモサ族のお守りで魔力を感知されることはないはず。それに、昨今の事情もあって、今は名前から住所を割り出すのも簡単じゃない。


「もう一つは、あの男、アカリんの名字には反応しなかったじゃん?」

「うん」

「それも妙なんだよね……」


 異世界人が転移してくる目的は“おいもさん”のはず。それ以外に、魔力補充をしようとしてタケルが狙われるケースもあった。


 でも、クミコやレナみたいに“一時的に少量の魔力を得ただけの人間”が狙われる理由がわからない。



 ピロロ〜ン



 その時、全員のスマホが一斉に鳴りだした。メッセージアプリの着信音だ。


 チャットグループに入っているのは、私とクミコ、タケル、そしてレナの四人だけ。


 つまりこのタイミングでメッセージを送れるのは……


「え……」

「なによこれ……」

「レナさん……?」


 みんなのスマホ画面に表示されたのは、たった一言だけ。



【第二グラウンド】

 


「どう考えても姉子じゃないよね」

「でもレナさんのスマホからだし……やっぱりなにかあったんだ」


「なあ、嬢ちゃん。第二グラウンドってなんや?」

「サッカー部用のが、校舎から少し離れた場所にあるんだよ」


 他に、ラグビー部用の第三グラウンドやテニス部用のグラウンドも同じくらい離れた場所にあった。


 学校の施設がいくつも点在しているのは、狭い土地にむりやり高校を建てたからだと角センが言っていた。


「クミ、タケル、急ごう」


「ちょい待ち。みんな落ち着けって」

「なによ……」

「敵を知らないまま突っ込んでも。返り討ちに合うだけやで」


 そんなことは言われなくてもわかっている。だけど大事な仲間が誘拐されているんだ、のんびりしていられる訳がない。


「ええか、嬢ちゃんたちの学校に第二グラウンドがあるなんて知っているのは、生徒や学校関係者、近隣住人だけやろ?」


 私は『なんで今そんな確認をするのだろう?』と漠然と思っていたけど、実はここに百鬼の正体をとくカギがあった。


「問題は、なんで異世界人がそんなことを知っているのか、ってことや。学校説明会の事も含めてな。加えて屋上でのヤツの発言を思い出してみい」


「……つまり?」

「百鬼は元々、猫鍋高校の関係者やとワイは思う」

「そうね、そこまで状況が重なるとウチもその答えになるかな」


 私たちは第二グラウンドにむかいながら、おいもさんが提示した『百鬼、猫鍋高校』を含めた、いくつかのキーワードで検索をかけた。


 と言っても私は相変わらずの全力疾走。クミコはバイクの運転に集中している。


 よって検索役は、タンデムシートに座ってクミコにしがみついているタケルだ。


「あった……」

「読んでみて」

「えと、十五年前のトラック事故で、猫鍋高校の男子生徒が二人亡くなってるって」

「二人?」


 当時私たちは一歳か二歳、タケルに至っては生まれていないかもしれない。だから、知らなくて当然の事故だった。


 しかし……


「うん。一人は百鬼ケンゴ、もう一人は……え……」

「どうしたの? タケル」


 走りながらだから表情は見えなかったけど、私はその時、タケルの声になにか戸惑いみたいなもの感じていた。


「この名前って……」


 その事故で亡くなったもう一人の名前。



「……姉小路リュウセイ」

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