第27話・姉小路レナ
「あああ、もおおおおおお!」
私は屋上の扉をバンッと開け、目の前の人影に思いっきり怒鳴った。
「なんで異世界人と煙は高い所が好きなのさ!!」
「はぁあ?」
振り返った男が睨み付けてくる。見た感じは三十歳手前、“覚醒したあまぐり”くらいだ。
「知るかよ、ボケが」
「お前、どっちやねん?」
「どっちってなんだよ」
「デスショットか藤田か、どっちの仲間かって聞いとんのや」
ルーズなデニムボトムから垂れ下がるベルト、そして赤や緑が派手なオーバーサイズのジャケット。なんと言うか、どことなく古臭いファッションに感じる。
「そうか、アイツをやったのはお前らか……」
と、ギロリとにらんできた。
特に危険を感じた訳じゃないけど、私は右足を引きながら一歩下がって構えた。異世界人がやることは予想がつかないからだ。
「敵討ちってこと?」
「……おまえアホか?」
「はあ? ……ア、アホって言う人がアホなんですぅ」
「嬢ちゃん、それ小学生レベルやで~」
「……うっさい」
「なんであんなクズの敵討ちしなきゃならねぇんだよ」
男はわざとらしく、『ふぅ……』とため息をひとつついて見せた。
仲間のはずなのにクズと呼んでいるあたり、相当仲が悪いようだ。
「なら、アンタはここでなにをやってんのよ」
「お前らに話す必要があるのか?」
「あるに決まってんでしょ、私たちの学校なんだから。不法侵入じゃん」
しかし男はまったく動じる様子もなく、平然と聞いてきた。
「ここ、お前の土地か? お前が建てたのか?」
「そんな訳ないじゃん」
「じゃあ、お前の学校じゃねぇ」
「――っ」
「それに、不法でもなんでもねぇよ」
それってどういう意味なんだろう? どう考えても許可をとっているとは思えないし。
ってかさ……
「あ~、なんかムカつく。今迄で一番ムカつく。なんなんコイツ」
「アカリん、おちつけ~」
「相手のペースに乗せられてるにゃ」
レナのこのひと言にハッとさせられた。親父に言われたばかりなのに、また敵の言葉に乗せられてしまう所だった。
「お~い、そこでなにをやって……って〜」
その時、階段の下から角センの声が聞こえてきた。
「……またお前たちか」
最初は誰かわからなかったみたいだけど、私たちだとわかった瞬間、呆れ声に変わっていくのがわかった。
「あ、先生」
「バタバタ走る生徒がいるって言われて来てみれば、まったくもう」
「角セン、働きすぎにゃよ。たまには休んだ方がいいにゃ」
「働かせてるのはお前たちだろ。たまには休ませてくれ」
……ごもっともです。毎度毎度申し訳ない。
「ここは案内していい場所じゃないぞ。琴宮、姉小路、さっさと中に入れ」
「は~い、今いきま~す」
とは言ったものの、この男を放置する訳にもいかない。
「おい……」
どうしようかと思っていたら、男はなにか思うところがあったのか、私たちに向かって質問を投げてきた。
「なによ」
「姉小路ってのはどいつだ」
「――は?」
なぜレナなのだろうか? ヤツらの目的は、おいもさんかタケルのはずなのに。
疑問に思ったままレナは進み出て、左手を腰に当てると、右手親指で自分を指差した。
「あーしだにゃ」
「へぇ~。この辺りじゃ珍しい名字なんだよな」
「それがどうしたのにゃ?」
この辺りどころか都内だと非常に珍しいと思う。京都の地名姓で、全国的にもかなり少ない名字なのだから。
「なんだ? 他に誰かいるのか?」
と、階段を上がり始める角セン。
「先生、なんでもないですから~」
「な、なにもいないにゃ、です!」
クミコとレナは慌てて角センを止めようとしていた。
立ち入り禁止の場所に入り込んで、怒られるのが嫌だからか?
それとも、謎の男を見られたら言い訳ができないからか?
……いや、そのどちらでもない。
ただ単に、恩師を危険な目に
「しっかし、なんも変わんねぇな。このクソみてぇな街は」
だから男が立ち去ろうとして
「待ちや、名乗りくらいしていけ」
「めんどくせぇな」
「なんや、他人に名乗れないほどチンケな名前なんか?」
その瞬間、窒息するかのような鋭い殺気が私たちを襲う。
レベルが違うと言えばいいのか、魔術師の時も白装束の時も、ここまでの息苦しさを感じることはなかった。
ビリビリと肌を刺してくる空気。初めて師匠と立ち合い稽古をした時以来の感覚だ。
「……
男は一言だけ発すると、そのまま黒い
「なんだったの、今のは?」
「姉子、知り合い……じゃなさそうね」
「ん~、全然知らないにゃ」
レナの名字の”姉小路”に反応した謎の男。私達を待ち構えていた訳でもなく目的すらわからない。
「……あれ?」
「先生どうかしました?」
「宝生、今そこに誰かいなかったか……?」
「え~と……なんだろう? 私は気がつかなかったけど。レナは?」
「あ、あーしもなにも見えなかったにゃ~」
と、音の出ない口笛を『ふゅ〜ふゅ〜』と吹くレナ。
ちょっとわざとらしかったかな? と思いはしたけど、この場を誤魔化せればそれでいい。
「まあ、お前たちがそう言うのなら、そうなんだろうけど……」
角センは釈然としないながらも、『疲れが溜まってるのかな』とボヤキながら、屋上のドアを閉めて鍵をかけた。
♢
——その日の夜。
夕食を食べながら、親父に屋上での出来事を報告している時、レナからメッセージが入った。
普段あまり使わないのに珍しいな~と思いつつアプリを開くと、そこに表示されたのは猫のスタンプがひとつだけ。
「おい、アカリどうした?」
「ちょっとレナのとこ行ってくる」
私は心がザワつき、食べかけの唐揚げをテーブルに吐き出して、外に飛び出した。
レナが送ってきたのは伏せて泣いている猫のイラスト。
――そしてその猫の吹き出しに描かれていたのは、『助けて』の文字だった。
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